第一章:歪な足音と冷たい指先
実家とも、あの騒がしかった過去のすべてとも絶縁したリリエ(25歳)は、夜の街の片隅にいた。自ら独自のルートで調達した違法な医薬品を売り捌き、「東横の薬屋さん」として暗闇に同化する日々。歩くたびに、彼の右足はカチ、カチと歪な音を響かせる。かつて、誰かの圧倒的な熱量をすべて吸い尽くし、冷え切ったままこの傷を負った自分。その罪悪感という名の呪いだけが、今の彼を動かすエネルギーだった。
ある夜、彼の前に現れたのは、息をのむほど白い肌と黒髪を持つ少女だった。メイクをほとんど必要としない、透き通るような肌。彼女はリリエの前に立つと、感情の消えた声で短く言った。
「……私の震えを、止めてくれる薬をちょうだい」
差し出された少女の指先は、凍りつくように冷たかった。リリエが自ら調達した薬を渡すと、彼女はそれを愛おしそうに握りしめた。それが、白妙 雫(しろたえ しずく・17歳)との出会いだった。
その後、薬のやり取りが繰り返される中で、リリエは雫という少女の輪郭を少しずつ理解していくことになる。雫は、表の世界では新進気鋭のファッションモデルとして活動していた。誌面では一切の汚れもない白い服を纏い、完璧な美しさを体現している。しかし、その輝かしい「白」の裏側で、彼女は周囲との間に埋められない溝を感じ、深い孤独を抱えていた。誰にも明かせない葛藤を抱え、夜の街に足を踏み入れなければ、彼女はかろうじての均衡すら保てなかった。
「その足、変な音がする」
「ああ、昔の傷だ」
カチ、カチと響く不規則な足音を、雫は静かに聞き入るようになる。かつて熱量を奪われ、冷え切った心で生きてきたリリエと、凍えるような孤独を抱える雫。二人は言葉を交わすごとに、互いの境遇がどこか似通っていることを感じ取っていった。世界の理不尽に傷ついた雫にとって、リリエの歩く歪なリズムは、偽りのない現実として響いた。二人は、社会の枠組みから外れた場所で、静かに時間を共有していく。
「どこまで行くの?」
「夜が続く限り、先へ進むだけだ」
しかし、周囲の状況は二人の逃避を静観してはくれない。雫をプロデュースする側が求める完璧な偶像像や、世間が向ける無機質な関心は、今の二人にとっては平穏を乱す要因でしかなかった。遠くから聞こえるサイレンの音が、二人を現実のルールへと引き戻そうと迫る。赤色灯の光が、夜の闇を不気味に切り裂いていく。押し寄せる現実の波に抗いながら、リリエは右足を引きずり、雫と共に歩みを進める。二人は互いの存在を唯一の道標として、夜の深淵へと消えていく。




