24.いろはの話(8)‐サム視点‐
(※)本作品には、児童虐待・養育放棄の描写が含まれます。
幼少期の不遇な描写が苦手な方はご注意ください。
机に近づき木箱を確認する。
中には小さなチップ型のデータディスクが入っていた。
胸ポケットへ仕舞い、すぐにいろはの元へ戻る。
静かに眠っているようだが心配でたまらない。
手を握り、大丈夫、もうすぐ救急隊が来るよと声をかけ続けた。
そうしている間に緊急車両が到着し、すぐに2階まで救急隊が駆けつけた。
僕は搬送準備が行われている間に隊員からの質問に答える。
「あなたはこの子のお父さんですか?」
「いいえ、私は彼の父の友人です。」
「この家は、あなたの家ですか?」
「いいえ、友人の家です。」
「では、この子の保護者はどこに?」
「いろは君の父は事故に遭い意識不明で入院中で、母親は……どこにいるかわかりません。
僕が彼に付き添っても良いでしょうか?」
救急隊は家族でないサムが何故ここに居るのか、通報したのか怪しんでいた。
「家族でない方を乗せるわけには……困ったな。」
「それでしたら、この子の祖父が僕の上司なので、すぐに連絡します。」
「そうですか……ではお願いします。」
とだけ言い、僕を警戒しつつ部屋を出ていった。
その後からが大変だった。
警察、所長、シルエが同時に家に到着し大修羅場となった。
所長は怒り狂い、シルエに掴みかかろうとした所を警察官と僕で必死に止めた。
シルエはシルエで、お前!!勝手に家に入りやがって!!!と僕にブチギレでめちゃくちゃの大騒ぎだ。
いろはをあんな目に遭わせた女が何を言っているんだと、怒りが腹の底から沸き上がってきたが、子供を死なせかけたのだ。
僕が何かをしなくても警察が連行するだろう。
冷静なふりをし所長を宥めつつ暴れる女を眺めていた。
シルエが大きな宝石がついている重そうなハンドバッグを振り回すと、警察官の頭にヒットした。
今までは女性警官が暴れるシルエを牽制していたが、とうとう取り押さえられる。
男性警官に代わり、片手で軽々と腕を掴みながら歩かせられる。
「離しなさいよ!!!私何もしてないわよ!!!?」
「……あなた、飲酒してますか?
今車で帰って来ましたよね?
……聞かなくてはならない事が山程ありそうだ。」
大騒ぎするシルエの様子に少しも動揺することなく、淡々と言いながら車へ押し込める。
やっと静かになったところで、はっとセヴァの事を思い出す。
車の方を見ると開かれた車のドアの内側で、静かにチャイルドシートに座っていた。
女性警官が付いていてくれている。
「……セヴァ!待たせたね。いろはくんはもう大丈夫だよ。
所長……おじいちゃんも側についてるから、心配いらない。」
「本当?いろは、元気になる?」
セヴァの声は震えていた。
「なる、絶対なる。」
セヴァは声を出さず静かに泣いた。
抱き上げると緊張の糸が切れたのか、しがみつき、声を上げて泣きはじめた。
我が子をぎゅうとしながら
「セヴァ、がんばったね。偉かったぞ。
君が僕に教えてくれたからいろは君は助かったんだよ。
本当にがんばった。ありがとうな。」
この小さな息子は、一人でどんな思いでこの数日を過ごしていたのだろうか。
気づいてあげられず、申し訳ない気持ちでいっぱいにになる。
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その後、いろははしばらく入院する事となった。
シルエは飲酒運転、警察官への暴行で緊急逮捕。
そして子供を長期間放置、監禁、児童虐待の疑いでこれから時間をかけて捜査される事になるだろう。
僕は家の窓をやぶった事を罪に問われる事を覚悟していたが、緊急時であったこと、子供を救出するためにやむなく、という事でお咎めなしとなった。
そして事前にスマラグから預かっていたシルエの虐待に関する証拠を警察へ提出、聴取にもしっかりと応じ、いろはの置かれていた今までの状況を知りうる限り全て話した。
スマラグは正気に戻ってからは自宅に隠しカメラを取り付け、家の様子を録画。
保育園の先生や保護者に短期間で話を聞き周り、いろはの置かれていた状況を事細かに記録していた。
自分にいつ何が起こるか分からないと危惧していたスマラグは、証拠を自宅には保管せず、いざという時のために僕たちを頼る事に決めたのだった。
いろはが週末にうちで過ごすようになってからは、帰宅する時に日持ちする食べ物を沢山持たせていた。
シルエはそれが気に入らなかったようで、勝手に外へ出られないようにいろはを物置部屋へ閉じ込めたらしい。
そして、そのタイミングでスマラグが海に落ちた。
現場に一緒にいたシルエは連日の聴取で何度も警察に呼び出されていた。
その事にすっかり嫌気が指したシルエは、閉じ込めたいろはの事をすっかり忘れ、憂さ晴らしで遊び歩いていたのだ。
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セヴァを保育園へ送り、いろは君が入院している病院へ立ち寄る。
いろは君は手当を受けるとすぐに回復し、いつもの元気を取り戻しつつあった。
まだ検査がいくつか残っているようで、しばらく入院が必要とのことだった。
所長は泊まり込みで付き添っている。
あの日からずっと思い詰めた表情の所長を無理矢理病室から連れ出す。
病院内のカフェに付き合わせ一息ついてもらうことにした。
いろは君は明るく振る舞っているが、暗い顔の祖父が近くに居てはたまらないだろうと思ったのだ。
僕は勝手に2人分のケーキセットを注文し
「所長、ちゃんと休めてますか。」
と問う。
「休めているよ」
とやつれきった顔で返答するが全く説得力がない。
所長は運ばれてきたケーキセットを無言で見つめ続けている。
生気が抜けたように動かない。
しびれを切らした僕は遠慮なく手を付ける。
「お先にいただきます。
所長もお茶が冷めないうちに召し上がってください。」
温かい紅茶を身体に入れると、この緊張した空気もいくらかほどけていくような気がした。
「……私たちは、スマラグが海に落ちた後、いろはをうちで一時的に預かるとシルエに申し出たんだ。
だけど当たり前のように、また断られてしまった。
まさか部屋に閉じ込めていたなんて……思いもしなかった。
後悔ばかりで、いろはに顔向けできないんだ。」
黙り込んでいた所長が、とうとう思いを言葉にする。
「僕も週末にいろは君に会えなかった時点で、ちゃんと気にするべきだったんです。
ネグレクトされてるって知っていたのに。
本当に申し訳ないことをしました……」
所長は涙ながらに、いろはをもっと気にかけるべきだった、スマラグ達の言う事を真に受けないで、自分の目でしっかり孫を見るべきだったと、堰を切ったかのように話し始めた。
所長達は僕たち以上にずっといろはを気にかけていたし、どうにかしようと動いていたのを知っている。
小さい頃から知っているスマラグの父。
僕やパールにとっても父当然の人だった。
こんなに落ち込む姿を見るのは初めてのことだった。
「これからは、私たち2人が責任と愛情をもっていろはを育てるよ。
スマラグが目を覚ますことを信じて。」
「お父さん、僕たちももう大人です。
2人で背負おうとしないで。みんなで協力しましましょう。
それに、セヴァといろは君はとっても仲良しです。
みんなで、生きていきましょう。」
僕は、小さい頃と同じように、所長の事をお父さんと呼んだ。
「ありがとう、いろはを助けてくれて本当にありがとう。
感謝してもしきれない。
娘さんが生まれて幸せな時に、迷惑をかけたね……」
「いろは君はもうセヴァと兄弟みたいなものです!
スマラグは絶対に目を覚まします。信じて待ちましょう。」




