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80,現在 闇を孕むんで黄糸を喰む

「私は葛原零の力を甘く考えていたようだ。空の滅びの狼煙から発せられる滅びの音によって強化した他我の種を縛る糸を、こんなにもたやすく消し去るとは。だがおまえはどうかな?」


フィーネの指先から黄色い糸が放たれる。細く輝くその糸は、鋭い閃光とともに冬樹の胸へと突き刺さった。瞬間、冬樹の全身が痙攣し、深い痛みが奔る。今まで感じようともしなかった、自らが操ってきた者たちの狂おしいまでの苦痛が、波のように押し寄せる。


「う、あぁ……!」


冬樹は崩れるように地面へと倒れこんだ。


「人間は簡単に感情を操られる。おまえもそうしてきたのだろう?なぜなら人間は操られたがっているからだ。人間は自分で現実を作ろうとしない」


その言葉が頭の奥で響く。確かに、人は自らの現実を創らず、他人の作った世界に安住する。


「おまえの他我の種はここで砕ける。普通の人間がそれを失えば、存在は極端に薄れ、やがて消え去る。その前に、おまえと落合美沙の目的と正体を聞こうか」


フィーネの指先から伸びた黄色い操作線が、滅びの音と共鳴しながら冬樹の他我の種をさらに強く締め上げていく。


視界が滲む中、冬樹はかすかにフィーネの背後を捉えた。その向こうには、どこまでも伸びる一本の黄色い糸。それは、ゆっくりと漆黒へと染まっていく。


「……何だ、私を否定するこの声は?他の地球から発せられる滅びの音よりはるかに強い……」


闇色の波がフィーネの身体を飲み込む。フィーネは声にならない悲鳴を上げ、その輪郭を失いながら弾け飛んだ。彼女の存在はちぎれ、霧散していった。


「ごめんなさい、貴女を助けるタイミングを計っていました。それにしても、フィーネがあんな消え方をするなんて……初めて見ました。あれが葛原零の力……」


地面に座り込んでいた冬樹の前に、落合美沙が現れる。


「あれは完全に消滅したのですか?」


冬樹はかすれた声で問いかける。


落合はわずかに瞳を曇らせながら答えた。


「あれは、この世界が存在する限り、多分消え去ることはないでしょう。今も世界のどこかで生まれ、不愉快な目的を達成するため暗躍している。在城龍斗は、正体の掴めないあの化け物を利用してまで己の目的を果たそうとしているのです」


冬樹は未だ震える手で落合を見つめ、問いかける。


「あの施設にいた信者たちは……?」


落合は微笑を浮かべながら答えた。


「フィーネが去った後、彼らが知成力を使い尽くし、完全に空っぽになる前に私が白亜の呪いを解き、解放しましたよ。それにね、こう言ってやったんです。『くだらないことを疑問も持たずにやっているあなたたちは馬鹿なのか?』ってね。貴女が偽った若槻真理の彼も、今頃は彼女の元に戻っているでしょう」


そう言った後、落合はポケットから振動する携帯電話を取り出した。


「ええ、彼女は無事です。葛原零を封じる作戦も、おかげで妨害することができました。……え?アオイ、それはどういうことですか?現状は問題がないように見えますが……」


落合はしばし沈黙し、それから電話機を冬樹に差し出す。


「椿優香からです。貴女に変われと言っています」


冬樹が受話器を取ると、冷徹な声が響いた。


『フィーネが本当に葛原零に直接手を出すとは思わなかった。あれの行動は、少しずつ大胆になっている。冬樹、私は貴女に葛原零の暴走を抑えるため、彼女の周囲の者たちを守れと頼んだけどね……フィーネを消し飛ばしたのは葛原零ではなく、木乃実亜希だよ。彼女の潜んだ力を、フィーネは引き出してしまった。葛原零は今度は彼女の暴走を止めるために力を使う。だから葛原零も木乃実亜希も、今はほとんどの力を使えない。二人を教団から守って。まだ“声”を導くには早すぎる。……それから、アローンがそちらへ向かった。美沙と二人で何とかして』


通信は素っ気なく切られた。


「アオイは……優香は何と?」


冬樹が電話機を返すと、落合が問いかける。木乃実亜希のことは、椿優香は他人に知られたくないようだ。ここは黙っておこう。


「アローン……とかいうものがこちらへ向かっているから、私たち二人で何とかしろ、と」


冬樹がそう伝えると、落合美沙の顔が凍りついた。


「……アローン……もはや新しい尊師を自称しているあの子が、こちらへ来ると……」



「零さん、身体と心は大丈夫?」

亜希は心配そうに後部座席に座る零へと声をかける。


「私はもう大丈夫……亜希さんのおかげ。でも……」


零の言葉が曖昧に濁る。彼女の視線は車のフロアマットへと落ち、何かを考えているようだった。車内の微かな振動が、沈黙の重みをより際立たせる。


ハンドルを握る彰が、ちらちらと亜希の方を横目で見ている。信号が赤に変わると、彼は深く息を吸い込み、慎重に言葉を選びながら口を開いた。


「亜希さん……サンバイザーを下げて、裏の鏡で自分を見てみて」


運転席のミラー越しに映る彰くんの顔には、わずかに緊張の色が浮かんでいる。


「え?」


何のことだろうと思いながらも、助手席のサンバイザーに手を伸ばす。だが、その瞬間、違和感が走った。


――何かおかしい。


自分の腕が……熱い。


いや、それだけじゃない。異様なほどに熱を帯びた身体の感覚に、胸がざわつく。


指先が震えながらも、私はサンバイザーを下ろし、その小さな鏡を覗き込んだ。


「!……」


鏡の中には、見慣れたはずの亜希とは違う何かが映っていた。


亜希の身体が黒い輝きに包まれている。まるで闇が光を帯びたかのような、奇妙な輝き。皮膚の下から何かが湧き上がる感覚に襲われ、全身が軋むように熱を持つ。何かが溢れ出そうとしている。


――駄目だ。抑えないと。


本能が警鐘を鳴らす。これを解き放ってはいけない。そう思った瞬間、背中にふっと何かが触れた。ひんやりとした感触。指だ。誰かの指が私に触れている。


意識が朧げになる中で、それが零の指だと気づいた。けれど、その理解が届くよりも早く、視界が暗闇に塗りつぶされていく。


「亜希さん!」


遠くで声がする。誰の声だろう。


「亜希さん!」


今度ははっきり聞こえた。彰の声だ。零の声もする。けれど、呼びかけに応えようとする前に、亜希は深い闇の中へと沈んでいった。


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