81,現在 黒輝の静寂、アローンの影
松原洋と小鳥谷琳は、別荘の外に響いた車の音に耳を澄ました。戻ってきた車の音は徐々に近づき、急なエンジン音が静寂を破る。琳はすぐに玄関へと駆け出し、洋も慌ててその後を追った。二人は玄関前に到着し、錠を外す琳の手に目を向ける。
「何、役得してるんですか!彰さん」
琳が思わず声を上げると、目の前には亜希を背負うように抱きかかえた彰と、その後ろに静かに立つ零の姿があった。
「馬鹿なこと言ってないで、手を貸せ、亜希さんを運ぶんだ」
彰の声は冷静ながらも急いでいる。琳と洋はその言葉に反応し、素早く動き出す。
彰が亜希を抱えて立っている姿、その周りを包む黒い輝きに、二人は驚きとともに目を見張った。
「彰くん、亜希さんは・・・?」
洋が不安そうに尋ねると、彰は黙って頷き、目で手を貸すように促した。洋はその視線を理解し、反対側に回り、亜希の身体を支える。
二人に抱えられた亜希の身体を、背後から指を当てた零が黙々と追いかける。その表情には汗がにじんでいるものの、冷静さを保ち続けていた。
そして、女性陣の部屋に辿り着いた五人。彰と洋は、慎重に亜希を中央のベッドに横たえた。
亜希は苦しそうに表情を歪め、ベッドに横たわる。零はその手を握りしめ、傍に控えていた。
「何があったの?」
洋が問いかけると、彰はドライブ中の出来事を簡潔に説明した。
「無限回廊?蛇謳のトンネルですか?あそこに教団の悪人が仕掛けをしてたんですか?」
琳が興奮して声を荒げるが、その顔には不安が色濃く浮かんでいた。
「僕たちが油断していたせいだ。それに、零さんがいればどんなことが起きても大丈夫だなんて、決めつけていたからだ」
洋は沈んだ声で続けた。
「でもさすが零さん、あんなに厳しい状況でも、あの気持ち悪い連中を打ち破ったんですね」
彰が溜息をつきながらも、少し安心した様子を見せる。
「そんな単純な事じゃねえよ。この亜希さんの身体を見て、何とも思わないのか?」
ベッドに横たわった亜希の身体からは、今にも黒い輝きが溢れ出しそうだった。
「彰の言う通り・・・私は敵の罠にかかってどうしようもなくなっていた。私は亜希さんに助けられた。全ては私が自分の力を過信して、自分の弱さを認めなかった事が原因」
零は静かに沈んだ声でそう言った。
「零さんが敵わなかった敵を、亜希さんが打ち破ったんですか?」
琳が驚きと疑問を込めて問うと、零は静かに頷く。
「だから、そういう単純な話でもないんだよ。亜希さんと零さんがいなきゃ、俺は今頃まだあの不気味なトンネルの世界に閉じ込められてた。二人のおかげで、今、こうしてここにいられるんだ」
彰は少し苛立ちながらも、琳に向かって声を荒げた。
「彰、庇ってくれなくていい、私は亜希さんがいなければ、他我の種を壊され、次の状態の波の崩壊で消えていた」
零は亜希の手を取ったまま、辛そうに言葉を絞り出す。
「零さん、亜希さんの力って全然知らなかったけど、零さんより強い力なの?」
洋が少し疑問を持って尋ねると、零は少し沈黙してからゆっくりと口を開いた。
「どうして亜希さんがこんな力を持っているのか、私にはわからないけれど、亜希さんの力は私など全く比較にならない強大な力。どんなものにも有無を言わせない絶対的な力。でも、亜希さんはその力をほとんど意識して使ったことがない。制御の仕方も知らない。私がこうやって触れて制御しないと、亜希さんの身体はその力に飲み込まれて、どうなるか分からない」
そう言って、零は亜希の手を強く握った。亜希は苦しそうに呻いた。
「松原さん、悪いけど、零さんの車で、生活用品と食料を買いに行ってくれないか?今晩、続けて何かが起こるとは思えないけど、十分注意して」
彰が頼み、琳は少し不満そうに顔をしかめたが、頷いて洋と共に玄関へ向かう。
「それじゃ、彰くん、亜希さんと零さんを頼むよ」
ドアの近くまで来た洋が、彰にそう頼む。
「ああ、松原さんが戻ってくるまでここには誰も寄せ付けない。命がけで二人を守るよ」
「そういう格好いいセリフ、似合わないですよ」
琳が挑発的に言うと、彰はその言葉に反応せず、ただ真剣な眼差しで応じた。洋は彰の真剣さを感じ、静かに見守った。
◇
「アローンってのは、とても厄介な男の子でしてね。枝の神子の話、優香から聞いてますね?」
助手席で落合美沙が語り始めると、冬樹はその言葉に耳を傾ける。外の風景が徐々に夜の闇に包まれ、車のヘッドライトが薄明かりの道を照らしている。道路脇に木々が並び、風が少しずつその葉を揺らしている。
「枝の神子の中でも、最強の頭脳を持つ史音の次に年少で、史音に匹敵する頭脳を持っている。最初から女王の傘下に入らず、全ての行動を自分一人で決めて、一人で実行する。自分の価値観を全人類に植え付けるのを生きる目的にしている、そんな子供なんですよ」
美沙は静かな声で続けるが、その瞳には鋭い光が宿っていた。冬樹はその話を黙って聞きながら、少し困惑した様子で美沙を見つめていた。
冬樹は、これまで「枝の神子」と呼ばれる存在について詳しくは知らなかった。優香から『地球を救うことを託された存在』と聞かされていたが、実際にはその能力や考え方が極端に違い、女王の元にいる者たち以外とはほとんど敵対しているという。
「それに、アローンという少年は、女王との接点がまったくないんですよ。」
美沙は静かに続け、冬樹はその言葉に再び驚く。外の夜景がますます暗くなり、車内の明かりが二人の顔を柔らかく照らし出す。
「そのアローンという少年は、何故教団の、在城龍斗に就いたのですか?」
冬樹が思わず尋ねると、美沙は少し黙り込む。車がひときわカーブを曲がると、そのタイミングで美沙が口を開いた。
「別に、在城龍斗に就いたというわけではありません。ただ、あの子は自分の目的を達成するために教団を利用しているだけでしょう。」
落合美沙は車内の空気を重くしながら話し続ける。その声には確信と冷徹さが含まれていた。外の景色はすっかり夜に包まれ、街灯の光がぼんやりと道を照らし、車のエンジン音だけが響いている。
「ただ、あの子は自分の行動の障害になるものを、すべて自分を否定する敵だと思い込んでいる。そんな子どもなんです。」
冬樹は黙って聞いている。助手席に座る美沙の横顔が、街灯に照らされて浮かび上がる。その真剣な眼差しは、言葉以上に彼の心に迫る。
「この世界にいる者の中で、あの子の理解の及ばないと思っている人間は三人だけ。女王ベルティーナ、葛原零、そしてフィーネ・クローゼルの三人。」
美沙は少し間を置いてから言葉を続ける。車のタイヤが道路を踏みしめる音が、静けさの中に響く。
「女王の周りには私たち臣下がいるし、フィーネは教団と強い繋がりを持っている。そして、4年前に最初の崩壊を起こした葛原零をずっと疎ましく思っていたアローンは、彼女を打倒したいのでしょう……」
そこで、美沙の言葉が急に途切れた。彼女の表情は一瞬、険しくなり、口元を引き締めた。
冬樹はその沈黙を破り、静かに問いかける。「そうか、今回フィーネが画策した葛原零を封じる作戦は、あの子が発案したものだったのか、だからそれを破られて、いよいよあの子が乗り込んでくるということか。」




