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45、現在 警告と予兆

三日前、亜希の元に修一から連絡が入った。


「侑斗を連れて、ちょっと旅に出る」


それだけだった。


彼の言葉はいつも短い。聞けば答えるが、余計なことは決して言わない。何かを隠しているようにも思えたが、それを問い詰めるのは石に灸を据えるようなものだ。無駄なことはしない。


それにしても——空を見上げると、白い帯が夜空に鮮やかに浮かんでいる。


陽があるうちも、沈んでからも、その存在を誇示し続ける天空の白い帯は、決して息を潜めることがない。


まるで世界が何かを語ろうとしているようだった。


先日の金曜倶楽部でも、松原さんたちはその話題に気を取られていた。零さんは、どこか元気がなかった。


——世の中、吐き出していないことが多すぎる。


私自身も、まだ何もかも吐き出せずにいる。



私は自宅の部屋で寝転がりながら、スマホを片手に情報を集めていた。


……質が低い。


ニュースサイトを開いても、SNSを漁っても、何も核心に迫るものは出てこない。


「はあ……」


ため息とともにスマホを放り出すと、仰向けになって天井を見つめた。


部屋の隅に積まれた本の山。カーテンの隙間から漏れる街灯の光。


——日頃の不規則な生活と不摂生がたたったのか、急に眠気が押し寄せる。


意識が遠のいていくのを感じながら、そのまま目を閉じかけた——その時。


メールの着信音!



「……うーん?」


ぼんやりとした意識のまま、頭の上を探るように手を伸ばし、スマホを手に取る。


画面には**「(なぎ)」**の名前が表示されていた。


懐かしい。高校時代の友人で、今でも覚えている数少ない人間の一人だ。


(……新しいメアド、交換したっけ?)


考えてみれば、半年くらい前にサイン会に来て、さりげなく交換させられたのを思い出す。


『今通話できる?』


私はぼんやりとした頭で返信を打つ。


『大丈夫、いいよ』


送信した直後、コールが鳴った。



「亜希、半年ぶり」


「やあ、凪。久しぶりだね」


声が寝ぼけていたのか、すぐに指摘が入る。


「声が寝てるよ?」


「ごめん、今叩き起こしてる最中だから」


片手で頬を軽く叩きながら、なんとか意識をはっきりさせる。


「あー、起きた、起きた。で、どうしたの?」


一瞬の沈黙の後、凪が低い声で言った。


「いや、一応心配で連絡したんだけど」


「心配?私の?なんで?」


話が繋がらない。


私の人生は危なっかしいとはいえ、そこまで世間様に迷惑をかけているわけでもないはずだ。



「知らないんだ。先月出た雑誌で、亜希、邦錠邦之(ほうじょうくにゆき)先生と対談したでしょう?」


(したっけ?)


くにくにした名前だな……ああ、あの若い娘に絶大な人気を誇っているという、あの先生か。


作品を何冊か読んだけど、だんだん気分が悪くなったんだよなあ。押し付けがましくて。


締切期限を人質に取られた私は、「女性心理描写の鬼才と美人作家の対談」とかいう意味不明な企画に強制参加させられたんだった。


「……んんん、したようだね、どうも」


「対談の中で亜希、邦錠先生に、


『先生がご自身のお考えを、ご自身の作品や対談の席でおっしゃるのは、表現の自由で保障されていますので、それは自由です。けれども先生の思想を、自分で思慮に思慮を重ねず、言葉だけで受け入れてしまう方には、私の書くものは馴染めないでしょう』


って発言したでしょう?」


「……したような気がするよ」


雑誌には興味がなかったので買ってもいないし、読んでもいない。



「あの先生の熱烈なファンの娘たちが、SNS上で炎上しまくってるよ。『木之実亜希の不買運動』とか呼びかけてさ。……あ、亜希は見ないほうがいいよ。同じ女とは思えないくらい品性が低いから」


勝手にすればいい。


そんな読者、こっちから願い下げだ。


「それで心配して連絡くれたんだ。大丈夫、私は平気。ありがとう。じゃあ——」


「こら!話を終わらせようとするな」


声が鋭くなった。


「……あの先生のファンの娘たちって、ほぼカルトなんだよ。信者なんだよ。何するか分からないんだよ」


最近、信者って言葉をよく聞くなあ。ブームなのか?


適当に聞き流していると、凪がため息混じりに続ける。


「亜希、とにかく外出するときは十分気をつけて。というか、不用意に外出するな」


「はいはい、わかりましたよ」


「……まったく。あんたは本当に凪みたいにふらふらしてるんだから。私の名前、あんたにあげたいよ。だいたいペンネームくらい使いなさいよ」


懐かしい凪の声に、思わず笑う。


「ははは、そうだね。じゃあ次からペンネーム『浅川凪』でいこうかな」


ふざけて言った瞬間、凪が沈黙した。


「……それはダメ。私、来月個展やることになったから」


一瞬、心が温かくなった。


「そうなんだ。やったじゃん。絶対見に行くよ」


「不用意に外出するな!……でも、待ってる」


通話が切れる。


私は女の友情なんて信じていない。


でも、凪の友情は嬉しい。


——だが、彼女の不安は的中するのだった。

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