思い出した記憶
◇
――あなたは私の光だった。
いつだって、私の光だった。
だから――あなたを救いたい。
そう思ったことを覚えている。蛍の輝く美しい原野ではじめて――恋をした。
それまでは友情なのか思慕なのか曖昧だった感情が、はっきりと、恋として形作られた。
その恋は、湖の上を飛び回る青い蛍のような、空から降り注ぐ星の光のような、優しく美しく輝くものだった。
「カイネ様……」
全てを思い出したルティナは、カイネルードにぎゅっとしがみついた。
「ルティ、すまない。俺はいつも、役に立たない。……何もできなかった。君を守ると決めたのに、もう苦しめないと決めたのに――いつも、失敗してばかりだ」
深い悔恨と絶望に彩られた表情で、カイネルードはルティナを抱きしめる。
ルティナはその胸に顔を擦り付けるようにして、首を振った。
ずっと、一人で頑張っていたのだ。
離れていた四年間、カイネルードがどのように過ごしていたのか、ルティナは全てを知っているわけではない。
けれど、きっと、一人で頑張っていたのだろう。
ルティナが一人で怯えて部屋に籠っている間、ずっと。
「カイネ様が、ヴァレリー様を退けてくださいました。カイネ様がいなければ私はきっと、捕まった蝶のように、ヴァレリー様のお傍にいることになったのでしょう」
ヴァレリーからの愛は、とても有難いものだ。
けれど、ヴァレリーの感情は受け入れられない。
ルティナはカイネルードの傍にいたい。そう思えたからこそ、一歩踏み出すことができた。戦うことができた。
「私が、弱いから。カイネ様にはたくさん、迷惑をかけてしまいました。カイネ様を、たくさん傷つけてしまいました」
ルティナはヴァレリーに頼ってしまっている。それなのに、ヴァレリーの力を恐れている。
ルティナが弱いから――首飾りに頼り、自分は無害だと皆に知って欲しくて。
本当はそんなことをしなくてよかった。
カイネルードに理解をしてもらえさえすれば、他者からの理解など必要なかった。
皆に好かれる必要など、少しもなかったのに。
「君は、弱くない。弱いのは、俺だ」
「そんなことはありません」
「ヴァレリーの言う通りだ。俺は君を、守れない」
自嘲気味に笑って、カイネルードはルティナの体を離そうとした。
ルティナはその体を必死に抱きしめる。ルティナよりもずっと大きくて、逞しい――けれど、中身は、あの時と変わらない。
冒険だと言って連れ出してくれた。
好きだと言って、手を繋いでくれた。
ルティナの名前を必死に、呼んでくれた。
大好きだった少年の面影が、そこにあった。
「守ってもらう必要はありません。私は、魅了の魔女。皆が言うように、嫌われ者の魅了の魔女なのですから……!」
「ルティ、そんなことはない」
「それでいいのです。私は、それでいいのですよ、カイネ様。魔力を封じる必要はもうありません。私は、あなたに守ってもらわなくても大丈夫です。一方的な思いは、いりません」
「……そうか」
悲し気に、カイネルードは目を伏せた。
ルティナはその手を力強く掴む。
カイネルードはいつだって、ルティナの閉じられた部屋の扉を無理やり開いて中に入ってきた。
それがどれほど、ルティナにとって貴重なことだったか。
愛しいことだったのか、カイネルードには伝わっていないかもしれない。
今度は、私の番だ。
そう、ルティナは思う。
弱くて、誰かに頼ってばかりで、守られてばかりの自分では――大切なものが両手からこぼれおちていってしまうばかりだ。
「私があなたを守ります。カイネ様が私を守ろうとしてくれる分、私もあなたを……! だから、一緒に……今度は、あなたに引っ張られるのではなく、一緒に並んで歩いて行きたいのです。あなたと一緒に、私も頑張りたい。あなたが、大好きだから……!」
「ルティ」
「今まで黙っていました。私が悪いのだと思ってばかりいました。でももう、俯きません」
ルティナは二人を離れた位置から見ている人たちに向かい、毅然と顔をあげて声をはりあげた。
「私は魅了の魔女。ヴァレリーの加護を持つ、ルティナ・クワイエット。私を嫌うのならお好きになさい。それは、触れなければ大人しいばかりの蛇に、蛇だからといって石を投げるのと同じこと。ただし、誰に石を投げているのかを、自覚なさい。私は――」
「ルティ。あとは、俺が。ここで黙っていては、あまりにも情けない」
カイネルードは、ルティナの背中に手を置いた。
そして、その手でその体を引き寄せた。
「アルヴァイスは、皇帝とアラベルと共謀し我が母に毒を盛り、ステラを駒にして、ルティの力を手に入れようとした。どちらが悪かを理解しない愚か者は、我が国には必要ない」
王妃ミラに、毒を盛った――。
その言葉に、皆が青ざめながら顔を見合わせる。
ルティナも同様で、どういうことかと驚きながら、不安な顔でカイネルードを見あげた。
「文句があるのなら、俺に直接言いにくるがいい。後宮の女たちのような陰口を続けるようなものとは、話す気にもならないがな。俺や、次期皇帝の婚約者に対する不敬な態度を、今まで咎められなかったことを光栄に思え」
優しく穏やかなカイネルードとは違う。
冷酷で無慈悲な声音が、その場を凍り付かせた。
カイネルードの肩に、いつのまにか白い小さな竜がのっている。
その竜はアルヴァイスの元に飛んでいくと、小さな体を大きく膨らませた。
大人二人分ほどの大きさになった竜は、アルヴァイスの体をぱくりと咥えた。
カイネルードはルティナと竜に咥えられたアルヴァイスを連れて、その場から姿を消したのだった。




