カイネルードとルティナ
ルティナはその日から、公爵家の者たち以外とは誰にも会わないようになった。
互いの家を行き来していた者たちとの交流はなくなり、新しく来るお茶会の誘いは断った。
けれど――。
ただ一人だけ例外がいた。
「ルティ。魅了の魔法が使えるのだと聞いたぞ!」
あのことがおこってから、数日後。
ルティナは扉に内鍵をかけるようになっていた。
クオンツには公爵令嬢としての立場を忘れるなと言われたが、やはり部屋の外に出ることは極力したくない。
体が、心が冷えてしまう。
自室の壁と、それから一枚の扉だけが、ルティナを外界から守ってくれる。
そして、外界をルティナから守る役割もある。
無遠慮に誰かが入ってこないように鍵をかけていたのに、やたらと明るく元気な声と共に窓が開いたのである。
部屋に籠っていると息が詰まる。そのために、窓を薄く開いていた。
だが、ルティナの自室は二階にある。
とても外から登ってくることができる場所ではないのに。
「おかしいと思っていたんだ。あのように君をほめそやし、好きだ好きだとさえずるのは、クワイエット公爵家の栄華を狙ってのことではないかと。だが、ルティの魅了だったのだな!」
窓を勢いよく開いて無遠慮に中に入ってきたのは、金の髪に碧眼の美少年だった。
「か、カイネルード様……っ」
ベッドの上に座ってウリちゃんを抱きしめながら小さくなっていたルティナは、口をぱくぱくと開いた。
なんとか絞り出すような声で名前を呼ぶ。
カイネルードはまるで自室にでも戻ってきたかのようにごく自然に、窓をしめて、ルティナの隣に座った。
ルティナはじりっと後退りをした。
自室に異性と二人きりになったのははじめてだ。しかも、ベッドの上に座っているというのは、厳しく躾けられてきたルティナにとってはあり得ないことだった。
「ど、どうして、どこから……」
「君は誰にも会おうとしないのだとクオンツに聞いた。扉には鍵が。僕が行ってもあけないだろうと言うから、窓から来た」
「は、はい、窓から入ってきたのは見ました……けれど、どうやって」
「そこに木があったから、登った。まぁ、そんなことはいい」
ちっともよくない。
ルティナはそう思ったが、言えなかった。
元々口数が多いほうではなかったが、あの日以来さらに口下手になってしまっている。
カイネルードは何も気にしたようすもなく、美少女みたいな愛らしい顔に満面の笑みを浮かべた。
近くで見ると、つくづく美しい顔をしている。
暗い色合いで、不気味な私とは大違いだと――ルティナはその姿を見てますます落ち込んだ。
「魅了ごときに惑わされるとは、情けのないことだ。まぁ、僕としては邪魔者たちがいなくなってよかった」
「……はい」
ルティナは落ち込んでいたので、カイネルードの話をあまり聞いていなかった。
同意を求められたような気がしたので頷くと、カイネルードがぐいっと顔を近づけてくる。
金の睫毛に縁取られた瞳が、あまりにもきらきら輝いている。
どういうわけかウリちゃんが、カイネルードの腕をがぶっと噛んだ。
「ウリちゃん、駄目……っ、カイネルード様は、皇太子様なのよ……ではなくて、人を噛んだらいけないわ……」
「ふふ、痛くないから大丈夫だ。よしよし、いいこだ。よしよし」
「か、カイネルード様、あまり撫でないでください……っ」
守護聖獣に触れることができるのは、基本的には主であるルティナだけである。
ウリちゃんは愛らしい姿をしているが、公爵家の者たちは撫でたりしない。
ウリちゃんは尊い存在だからということもあるが、物理的に撫でることが不可能なのだ。
誰かが触れようとすると、その手はウリちゃんの体をすり抜けてしまうのである。
けれど、ウリちゃんはカイネルードを噛んだ。その上、カイネルードはウリちゃんを撫でている。
ルティナは激しい羞恥心を感じた。
生まれてからずっと傍にいた半身のようなウリちゃんを撫でられるという行為が、まるで自分自身を撫でられているように感じられたからだ。
「すまない。あまり可愛いから撫でてしまった。ルティによくなついている」
「それは、守護聖獣ですから……」
「では、先程噛んだのは、主を傷つけられないようにか。どうやら、友人たちにひどいことを言われたらしいな、ルティ」
カイネルードはウリちゃんをひょいっと抱きあげると、ルティナの腕の中に戻した。
ウリちゃんは珍しく、不愉快そうな顔をしている。
カイネルードのことがあまり好きではないようだ。
「……それは、私が悪いのです。カイネルード様も、私に魅了をされているのかもしれません……」
「そうかな。まぁ、それでもいい。というか、そんなことはどうでもいい。今日はルティを冒険に誘いに来た」
「ぼ、冒険……?」
「あぁ。今日もまた、母上は君の母との雑談に夢中だ。僕は夕方までここにいなくてはいけない」
「で、では、お兄様と二人で」
「ルティも一緒がいい。さぁ、行こう!」
渋るルティナを、カイネルードは強引に抱えた。
その細く小さい体のどこにそんな力があるのかというぐらいに軽々と。
そして、ルティナを抱えたまま、カイネルードは窓から外に飛び出したのである。




