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第22話② 特訓の鬼


==杏耶莉(あやり)=マクリルロ宅・庭==


 庭へと出ると、早速とばかりにカティから提案を受ける。


「アヤリは基本的な型を騎士団の方でやってるみたいだしな。 俺との特訓では実践に近い形式で進めようと思ってる」

「実践に近い?」


 私が質問すると、カティは返事をするように頷く。


「そうだ。 百の鍛錬より一の実践なんて言葉があるぐらいだしな。 俺を本気で殺るぐらいの気概でやれば嫌でも身に付くだろ」

「え……」


 私が剣のドロップを使用した場合の特異性は彼も理解しているはずである。にも関わず、そんな単語が飛び出してくるとは……。


「危ないよ?」

「舐めるな。 アヤリのへっぽこな剣なんて、その気になれば掠りもしない」

「むっ……」


 そこまで断言されると、これでもそれなりに訓練したきた身としては黙ってられない。


「そこまで言うなら、試してみる?」

「それはこっちのセリフだ。 一応俺はアヤリの武器だけを狙う。 ディーター同士専用の模擬形式に武器破壊ってのがあるんだが、俺だけそれに沿って動く」

「武器破壊……」

「名前は物騒だけど安全な訓練方法だ。 ドロップで生成した武器は多少の損傷は自動的にエネルギーを消費して修復する。 だが、大きく破損したり、エネルギーが足りなくなった場合は壊れる。 それを利用して、武器同士だけを狙って戦い、先に武器が壊れた方の負けって形式だな」


 私は殆ど経験したことがないが、ドロップで生成した物にはそういう性質があるらしい。

 だが、その説明を聞いて、ある疑問が浮かび上がる。


「……それ、カティくんだけじゃなくて、私もそれに倣って訓練すれば良いだけじゃない?」

「アヤリの武器は特殊だろ。 この模擬形式に限ればアヤリは最強だよ」

「あ、そっか」


 武器同士で打ち合えば、ほぼ間違いなく私が競り勝つ。いや、勝負にもならないだろう。


「だからって、直接カティくんを狙うのはどうなんだろ?」

「そこは心配ないって」


 そう告げると、一定の距離を取ってドロップを手に取る。


「……危なくなったら、止めるから」

「そうなればいいな」


 私は剣のドロップを、カティは黄土色のドロップをディートする。それとほぼ同時に双方武器を生成した。

 彼の手には大槌が握られている。小さな背丈の彼に扱えるとは思えないサイズ感だった。


(カティくんはああ言ってたけど、あの大きさなら斬れる――)


 私は剣を手に、彼の持つ大槌を狙って剣を振る。


(捉えた――え?)


 そう思ったのは束の間。彼は重そうな大槌を手足の如く自然に動かして、剣の軌道から避ける。


「武器なんか狙っても当たらんぞ?」

「うっ……」


 私の狙いは当然読まれており、指摘を交えた煽りを受ける。


(それなら――)


 私は剣術の基本となる構えを取って、横薙ぎに剣を振った。

 抵抗も何もせずに剣が直撃し、彼の胴体が真っ二つになる情景が浮かび上がり、思わず目を瞑る。


「――戦闘中に目を背けるな」

「えっ――」


 私は訳も分からず空中を一回転して気が付けば地面に転ばされていた。

 手にしていた剣は吹き飛ばされて近くに落ちている。


「何で……痛っ!」


 立ち上がろうと地面に手を付くと、剣を持っていた右手の手首に強い痛みが走る。


「ちゃんと見てないからだ。 俺が大槌でアヤリの剣を弾いて、足で転ばしたんだよ。 その時の衝撃で手首を捻ったんだろうな」

「……転ばせる必要あった?」

「隙だらけだからだ」

「……」


 私は痛みのない左手を使って立ち上がる。そのまま剣を持つが、大きく支障がある程の痛みはなかった。


「もう一本行くぞ!」

「は、はい」


 先程と同じように対するように構える。


「今度はこっちから行くぞ――」

「うわっ!」


 カティは大槌を軽々しく持ち上げると、それを私の剣目掛けて振り下ろした。


「次、次。 次、次次!」

「ぐえっ」


 連続で振り回された大槌は剣だけを狙っているにも関わらず、私はそれを避けきれずに再度剣を弾かれる。それによって大きく破損したのか、剣は塵になって消失した。


「……」

「ドロップを出して、もう一度構え!」

「は、はいっ!」


 普段のカティと違い、鬼教官の様相で私を叱咤する。


(スパルタだ……)


 今度は私から攻める様にと無言で示される。手首も僅かに痛むので、遠慮なく大きく剣を振った。


(どうなっても知らない!)


 全力で倒す勢いで攻撃するも、それを簡単に避けられる。そのまま追撃で二度三度と一閃するが、どれも回避された。


「何……で……」

「それは、お前より()が強いからだ」


 最後の一撃は本来何でも斬れるはずの剣を、真っ向から大槌の柄で止められる。

 そして、大槌を器用に回転させて剣を弾き上げると、それを空中で叩き割った。


「貴様が()を殺せるなどと、思い上がるな!」

「す、すいません! すいません!」


 物凄い気迫に押さ、私が腰を九十度に折って謝る。すると、彼は声色を普段通りに戻しながら呟いた。


「あ……、すまん。 スイッチが入ってたな……」

「すいま――え?」


 どうやら勇者の記憶に引っ張られて、この性格が露呈したらしい。


「……アヤリ、手首大丈夫か?」

「まだ、大丈夫そうかな」

「……すまん」


 カティは大槌を消失させると、別のドロップをディートした。


「それは、縄?」

「あぁ。 武器を持つと、熱が入りそうだからな。 これでアヤリの剣を拘束する方針に切り替える」

「わかった」


 ……


 その後も模擬訓練は続いたが、私が彼に一太刀入れることは終ぞ叶わなかった。


「はぁ……はぁ……」

「一応わかったか? 俺は強いんだって」

「う、ん……」


 彼は後手に回り続けていた上、武器ですらない縄のみを使っていたにもかかわらず、私を圧倒していた。

 息も上がらず怪我どころか膝すらついていないカティとは対照的に、私は何度地面を舐めさせられたことか……。


「アヤリは病み上がりだし、これ以上続けても効果は期待できない。 今日は終わりにするか」

「りょ、りょーかい……」


 そのまま私は庭に寝転がり、空を見上げた。まだ日は高く。高温の気候で僅かに雲が歪んで見える。


「……お風呂入りたい」

「ん?」

「カティくん、一緒に入る?」

「……っ、帰る!」


 夏の様に暑い灼天の節の昼間。激しい運動後に火照った頭のまま何を発言したかすら覚束ない程に思考が定まらない。


「え? 帰るの? じゃーねー」

「あ、あぁ……」


 カティの姿が見えなくなって数分後、マークに冷水を掛けられるまでその場に寝ころんでいた。


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