第14話③ 少女の特訓
==カーティス=マクリルロ宅・リビング==
「ボクから研究の申し出をしておいて悪いけど、暫くは今見ている題材が終わるまで頼むことはないかな」
リビングへと戻って開口一番にマクリルロからそんなことを言われる。
「俺も見返りに何を求めるかは決めてないし、保留で良いんじゃないか?」
「だろうね」
マクリルロとのやり取りが済んだので、改めて今回の目的である彼女の相談に話を戻す。
「……随分寄り道したが、アヤリ」
「何?」
「この間、強くなりたいって言ってただろう? どういう経緯でそう考えたんだ?」
「……」
アヤリは、ベージルから戻る際の自分の考えについて話すべきか悩んでいるらしい。
「あー……。 別に話づらいなら無理に言わなくていいぞ。 唯、力を身に着けたいってんなら、俺が力になれるんじゃないかなって思ってな」
「……カティくんが?」
その言葉を聞いたアヤリは、一瞬いつも通りに「年下の君がー?」という表情になるが、すぐに真剣に悩む表情に切り替わる。
事実として俺の戦闘能力は彼女のそれよりは高いだろうし、少なからず彼女もそれを目撃している。
「……どうして、どうしてそんな風に思ったの?」
「それはだな……」
明確な理由があるわけではない。だが突然、特殊な環境に身を置かなくてはならなかった彼女に対して同情の念は少なからず存在するだろう。
それともう一つ――
「俺はアヤリやマクリルロとは別の、裂け目を通じてこの世界にやって来た奴を一人知っている。 あいつ自体は自由奔放に過ごしてたが、こっちに来たばかりのアヤリはそうでもないみたいだからな」
「私以外の人? まだ、そんな人が存在するの?」
アド。彼女はこの世界に一生身を置くと話していたが、アヤリの場合はどうなのだろう。
「アヤリ。 お前は戻れるなら元の世界に戻りたいと考えているのか?」
「……うん。 こっちで仲良くなった人も居るけど、向こうでやり残した事もあるし、知り合いにも心配をかけてるだろうしね」
「そうか……」
寂しげな表情のアヤリは、どこか不安定で心配になる。そんな彼女が望むなら特訓を付ける。それが、彼女の為に何かできないかと考えた末の答えだった。
(……宿命だな)
勇者としても宿命。ある適度親しくなった相手には、自らの能力でもって協力する。そんな信念が俺の中で渦巻いていた。
「で、そんなアヤリに特訓でもしてやろうかと思ってるんだが……、どうだ?」
「どうだって……。 私、騎士見習いとして訓練はしてるんだけど?」
「この国の騎士は複数人で対する剣術だからな。 アヤリみたいに特殊な戦い方にならざるを得ないタイプには向かないんだよ」
「……詳しいんだ」
「これでも経験だけは豊富だからな」
彼女は年下である俺のその言葉が引っ掛かるらしく、眉を顰める。
「経験経験って、それはカティくんが勇者なのと関係してるの?」
「……まぁ、それもあるな」
「ふーん……」
俺の素性を正しく認識したことで、彼女の受け答えにも変化があったらしい。
「……別に、今の騎士訓練が無駄って訳じゃない。 実際問題、正統な技術が根底にあると伸びが早いし、変な癖も付かないからな」
「そっか」
「その上で、様々な状況に対応できる技術を教えられるけど、やってみるか?」
「…………」
アヤリは手を首に添えて暫く考え込む。
「……確かに、私って剣が特殊だから他の人と並んで戦うとかって難しいと思う。 それに、、強くなりたいって気持ちはやっぱりあるからお願いしても良い?」
「あぁ、任せろ」
こうして、俺はアヤリに特訓を付けることになった。
……
「善は急げというけど……」
「良いだろ? 俺は今日一日馬車内で動きたい気分なんだよ」
早速とばかりに、俺とアヤリは庭を借りて特訓をすることにした。
「……やっぱり、アヤリの強みはその剣にあると思うんだ。 それを活かすには二つの方法がある」
「二つの方法?」
なんだかんだで学のある彼女には、感覚ではなく頭で理解してもらった方が上達が早いだろう。噛み砕いて一から説明していく。
「一つ目は『不意を衝く』だな。 幾ら特殊とはいえ、一見普通の剣にしか見えないからな。 武装解除なりなんなりをして、混乱を誘えばそのまま勝てることは多いだろう」
「……それって卑怯じゃない?」
「試合でもなければ勝った方が正義だ。 それに、相手が凶悪な人間でも同じことを考えるか?」
そう質問すると、彼女は頷く。
「……そうだね。 敵が犯罪者なら関係ないかも」
「当然敵が複数ならそう簡単にはいかないだろうが、一対一なら勝算は高いだろうな。 だが、当たらなけばどうしようもないからそこは鍛錬あるのみってとこだろ」
「そうだね」
「でもって二つ目だが、『意識させる』だな。 今度は逆に、特殊な剣である事を相手に強く強調するんだ」
「? それじゃあ、避けられちゃうんじゃない?」
「そうだな。 掠っただけで切断されると知られれば、回避に全力を注がれるのは当然だ。 だからこそ、その剣を強く意識させるんだよ」
「……どういう事?」
アヤリはまだ、いまいちピンと来ていないらしい。
「……例えばだが、こんな感じで剣を構えれば、敵はその剣を嫌でも意識することになるだろ?」
「うん」
「で、剣を振り上げたらそれを避けようと反対に動かないか?」
「……それはそうだよね」
「で、それを囮にして蹴りを入れれば、確実に一撃を与えられる」
「な、なるほど……」
見慣れない特殊な能力に気が付けば、当然それに注目することになる。だからこそ、それを意識させればそれ以外の攻撃を加えられ易くなるだろう。
「……これも卑怯じゃない?」
「さっきも言っただろ。 勝った方が正義だ。 大勢の観客に見守られて戦うんじゃないなら、そんな考えは捨て置け」
「えぇ……」
命の取りあいにおいて、そういった綺麗事は意味をなさない。争いの少ない世界から来た彼女はそういった認識が甘い部分があるらしかった。
「俺はアヤリに強要するつもりはない。 どうしても抵抗があるなら別の方法を探せば良いだろうしな」
「……抵抗は、ないよ。 私は手段に拘ってる余裕はないから……」
そう話す彼女に、どことなく危うさを感じた。
今日はちょっとした話をもう一話投稿します。




