第10.5話 ベージル影霧事件報告
==ディンデルギナ=エルリーン城・第一王子執務室==
「失礼します。 王国騎士団第七隊隊長、メルヴァータ・ナーバス。 ベージルで発生した影霧の件についての報告に参りました」
「入れ」
扉の前でその言葉を発するメルヴァータを室内へと招き入れる。
予定時間ピッタリに到着する此奴に物申したい気持ちを抑えると、控えていた側仕えの一人が余と奴との間に立つ。
それを待ってから、メルヴァータは室内へと入って膝を付く。
「では、今回の件の顛末までを説明させていただきます」
「申せ」
「はっ。 まずは、被害についてですが――」
彼は、事前に送られた報告書と同様の説明を語る。余は、手元の報告書と差異がない事を確認していく。
「――以上で報告を終了致します」
要約するならば、既に影霧がかの町に存在しないと判断された事。規模に対して犠牲者が少なく、その貢献にはあの少女の活躍がある事。才珠という出所不明の薬を服用した者が影霧に感染したという事。暴走感染者が出たが、それに関する情報は得られなかった事、だろう。
「して、ベージルの復興はどの程度の期間で可能か?」
「それは……、まず大規模の非合法集団が壊滅して、犠牲者の多くがスラム出身者です。 その為、町の急発展の弊害として肥大化したスラム街が縮小することになると思われます。 勢力争いも見込まれますが、影響は少ないかと」
「……続けろ」
「それに対し、表の住民の被害は最小で済みました。 感染していた者の体力も普通に回復が確認できたので、復興は順調に進められるかと……」
「結果を見れば、スラムの住民を処分できたと考えられる、か」
「! それは――」
「貴様がそう言った考え方を好まないのは理解している。 だが、多くの貴族はそのように考えるであろう?」
「……はっ」
歴代最年少で騎士の一隊を任せられることとなったメルヴァータは、正義感が強すぎるきらいがある。
だが、そんな事は彼を隊長に命じた余が最も理解してた。
「復興は問題なく進むと理解した。 だが、精神的疲労はあるであろう。 少し税を減らす見込みだ。 ……だから力を抜け」
「……申し訳ございません」
メルヴァータは、その言葉で出血しそうな程に強く握られた拳を解く。
「して、かの少女の剣についてだが……、箝口令は可能か?」
「それについてですが……、騎士だけなら兎も角、治療を受けた民の口に戸は立てられません。 可能な限り口外しないと伝えましたが、難しいかと……」
「で、あろうな」
かの少女の特異性は広まる可能性が高いが、最も隠さなければならない出自は誤魔化せるだろう。だが、この情報が他の貴族の耳に入れば、どのような事態になるかは想像に難くない。
(先手を打たねばならぬか……)
彼女と交流の深いレスタリーチェ家にも協力を仰ぎ、何としても貴族の魔の手から守らねばならない。そういう契約なのだ。
「……殿下、一つ聞きたい事が御座います」
「申してみよ」
メルヴァータからこういった発言は珍しい。彼の真面目すぎる部分は信頼に値するので、聞いてみることする。
「今回の遠征に同行したランケットの少年、カーティス殿について、殿下が知っていると申しておりました。 彼は一体……」
「メルヴァータよ。 かの者に関して詮索は不要だ。 詳しくは話せんが、この国に害をなす存在ではない」
「ですが……!」
「――余に二度言わせるつもりか?」
「…………申し訳ございません」
珍しく熱くなったメルヴァータを諫める。それだけ、かの勇者に興味が惹かれたのだろう。
「……それだけか?」
「はっ、聞きたいことは以上で御座います」
「そうか……。 ご苦労であった」
「! 有難うございます」
前代未聞の影霧の事件。それを解決するために、四半節近く隊を動かし続けた彼を労う。
「暫くは、隊の連中も含めて休暇を取れ。 過ごし方は任せるが、常務は他の隊で賄う」
「……承知しました」
報告を終えて退出するメルヴァータを見送って、自らの業務を再開する。
(ダルクノース教の襲撃に今回の事件。 この国で何が起きようとしているのだ……)
城の修復を終えて久しい現在。被害を受けた町のことを考えながら、書類に印を押した。




