第10話⑩ 苦悩のアヤリ・新たな決意
==カーティス=ベージル・臨時治療家屋==
アヤリの剣によって重症化前の感染者を治療したのち、当初感染者を集めていた建物へと来ていた。
この町に到着して時間がかなり経過しており、外を見ると夕暮れ時となっている。
人海戦術によって残っている感染者を現在も探しているが、時間経過を考えると既に重症化している可能性が高いのでアヤリの仕事は終了したとみて問題ないだろう。
「嬢ちゃん、本当にありがとうな」
「い、いえ。 とんでもないです……」
この場には彼女の剣によって救われた人達が多く残っていた。騎士達が見回っているので待機を命じられているというのもあるが、まだ体力が万全でない人も少なくない。
明確な治療方法がなく、唯耐えることのみを強要されていた人達にとって彼女は救世主なのだろう。この場の人々から感謝の言葉を伝えられるが、それを謙遜で返していた。
(それよりも、元気がないのが気になるな……)
誰かと会話をしている時には普段通りに見えるが、それ以外の時は目線を落として考え込んでいる様子だった。
(何か、あったのか……?)
そこまで深い中というわけではないが、それなりに交流する機会があった彼女がどうしても気になる。
そう考えていると、第七隊隊長のメルヴァータが到着する。あの後もスラム街の建物を調査していたはずだが、それが終了したのだろう。
「カーティス君、改めて今回はありがとう。 君が居なければこの町の存続すら危ぶまれていたかもしれない」
道中の協力はそこまで貢献したという記憶がないので、あの建物での出来事を指しているのだろう。
「騎士に感染経験者は居ないのか?」
「……残念ながらそうなる。 感染状態から復帰できるのがごく一部だ。 元々感染しないように対処しているという理由もあるが、建物内の探索が出来たのはこの場で君だけだ」
「そうか……。 とはいえ元凶と思われる裂け目は勝手に消えたわけだしな」
「……君が地下にたどり着いてすぐに消滅したという事はそれなりの理由があるのだろう。 やはり君に頼まなければ成せなかったと考えているよ」
メルヴァータはそこまで話して、アヤリにも向き直る。
「そしてアヤリ君。 君の力も今回の遠征ではとてもしてくれた、ありがとう。 君のお陰で多くの民が救われた」
「……はい」
「だが、君はまだ見習いであるし……」
言葉の途中に言い淀んでメルヴァータは俺を見る。どうやらアヤリの出自について話せないという事なのだろう。
「……俺はアヤリについての特殊な部分は知ってるぞ」
「そうか……。 その特殊な部分もあるので、早めにエルリーンに戻ってもらいたい」
「! でも私じゃないと治療が――」
「もう治療が必要な感染者は居ない。 君がこれ以上この場で出来ることはない」
「っ……!」
確実に重症化していない感染者が居ない。と断言できるわけではないのだろうが、そういうことになったという事だろう。それだけ彼女が異世界人であり、要人として扱われているのが見て取れた。
「それとカーティス君。 君は元々彼女と知り合いの様なので送ってもらえないだろうか?」
「それは、構わないが……」
メルヴァータの言葉を聞いてアヤリを見るが、不服そうな表情をしている。
だが、自分が経験不足を感じているので反論するつもりはないらしい。
それに、俺自身も彼女の様子に違和感を感じている。直感でアヤリはこの場から離れた方が良いのではないかと思ったのだ。
「……わかった。 責任をもって送り届ける。 アヤリもそれで良いか?」
「…………はい」
後ろ髪を引かれているアヤリだが、そんな彼女の手を引いて列車に乗り込んだ。
……
「…………」
「…………」
列車に乗り込んで、アヤリと対するように座っている。彼女は暗い窓の外を無言で見続けていた。
明らかに元気がない状態が、嫌でも目に付く。疲労とも違うそれが気になるので、思い切って尋ねてみた。
「どうかしたのか?」
「……どうかって?」
「……様子が、おかしいだろ?」
「……べつに普通だけど」
「そうでもないだろ?」
「…………」
中身のない会話を繰り返した後に、彼女は黙ってしまう。
「俺でよければ相談に乗るぞ?」
「…………私……。 きっとカティくんには理解できないと思う」
目を伏せてまた暗い窓の外の方を向く。
「……こう見えて他人よりは経験豊富だから、何か力になれるかもしれないぞ?」
「……」
その一言で再度俺を見て、ほんの少しクスリと笑った。
「私より、年下なのに?」
「……そうだな。 俺は普通とは違うからな」
顔だけ向けていた彼女は、しっかりと全身を俺に向き直して、話を始めた。
「それじゃあ、少しだけ私の話を聞いてくれる?」
==杏耶莉=内回り路線の国営列車内==
「……こう見えて他人よりは経験豊富だから、何か力になれるかもしれないぞ?」
「……」
そんなカティの言葉に少し笑ってしまう。
「私より、年下なのに?」
「……そうだな。 俺は普通とは違うからな」
確かにカティは普通の男の子より大人びているというか……時折ジジ臭さすら感じることがある。
「それじゃあ、少しだけ私の話を聞いてくれる?」
その一言に彼は頷く。年下に吐露する内容ではないかもしれないが、彼の言葉を信じて話してみることにした。
「私が異世界から来ていることは話してるよね。 私の世界はとても平和で、殆どの人は目の前で殺されたりとかしないで一生を終えるぐらいなの」
「……」
「それで、私は今回の遠征で……初めて人を殺した」
「……」
「相手はカティくんよりも小さな男の子だった。 明らかに重度の感染状態で、助けるのは無理だと思った」
「……」
「その子、助けて。 って言ってたのに、私は……。 私はそれ以外の方法を思いつかなかった……」
気が付けば、私はまた涙を流していた。声もかすれて途切れ途切れになる。
「ご、ごめん、ね……。 カティくん、は……、そんなこと、で悩んでって……、思うよね……」
「……俺は。 俺はそんな風には思わない」
カティは真剣な眼差しで私を見る。
「俺も初めて処したのは影霧感染者の女の子だった。 だからアヤリの気持ちは理解できる」
「……」
「それに影霧に感染すると、とてつもない苦痛に見舞われる。 俺は重症化しなかったが、その状態になると更に強烈だという。 だから、その男の子をアヤリが救ったんだ」
「そう……なの?」
そう尋ねるとカティは深く頷く。
「それに、俺は戦争で大勢の人を処している記憶がある。 だが、その行為を軽んじるつもりは一切ない。 今回の作戦でも何も思わずにやっていたわけじゃないし、それは騎士も同じだと思う」
「……」
「お前の世界でどうかは知らないが、少なくとも俺は苦しんでいる人を開放するため。 罪のない人を助けるために武器を振るってる」
子供とは思えない意志の強い答えに私は驚いた。
「でも、それをアヤリに強要するつもりはない。 事実一度戦場に出てから戦えなくなる人間は存在する。 だから――」
私は涙を拭うと真っ直ぐにカティを見る。
「――たい」
「え?」
「――私は……、私は強くなりたい。 誰かを守るための力が欲しい」
(もう、目の前で誰かを死なせる事がないように力が欲しい)
そう考えると悩んでいた気持ちが『すっ』と薄れていく。
(誰かを傷つける人を倒す力が欲しい)
自らの内に存在した感情に初めて気が付いた。
(犯罪者を殺す力が欲しい)
その瞬間、私は初めてあの日から一歩進めた気がした。
「……少しは元気になったみたいだな」
「うん、ありがとう。 カティくん」
私達を乗せた列車は、気が付けば見知った町。 エルリーンへと到着していた。




