第10話⑨ 暴走感染者との戦い
==カーティス=ベージル・非合法集団拠点前==
男性から生えた幾つもの触手のような影霧が振り下ろされる。
「な、なんじゃこりゃぁ!!」
「ぐっ、馬鹿野郎、逃げろ!」
金庫の扉を開けた影響で最も近くに居たライディンが腰を抜かしていたが、その言葉で我に返ってものすごい速度でこちらまで逃げてくる。彼の速度に目を見張るものがあるが、俺を当然のように盾にするのはいただけない。
「いったい何だこりゃあ……」
「俺に聞かれてもな……、影霧はお前らの方が詳しいだろ?」
「こんなん、オレ達も見たことないですよ……」
「ぐうおぉぉぉおお!!」
影霧の感染者であることは間違いないだろうが、感染重症化したとしても、意識が希薄なことはあっても正気を失っているのは普通ではない。
それに、まるで影霧を操るように手を振る動作と連動させて影霧の触手を動かしているので、唯の感染者ではないことは明白だった。
「……一つだけわかることは……、あの触手に捕まったらヤベーってことだろ?」
「それは見ればわかる。 少なくとも感染経験者の俺以外は下がってくれ。 万が一あれに触れて影霧に感染でもするんなら被害は減らしたから、な!」
風のドロップをディートして触手を吹き飛ばせないか試みる。だが、重症化した患者のものと同様にこのままでは霧散させることはできないらしい。
「確かに、その通りだな。 頼んだ」
「あぁ」
とはいえ、風のドロップが効かないのでどうするべきか思案する。
(本体であるあの男性を何とかできれば……。 けど、どうやって近づく?)
普通の影霧とは違い質量を持っているので、振り回された触手で周囲を破壊している。
これだけの守りを固められると近づくことさえままならない。
(遠くから倒せれば……)
石火槍のドロップをディートして生成する。内部で火薬を爆破させて石を射出する棒状の武器である。
生成時点で石と火薬が準備された状態なので、引き金を引くだけで火打石で点火されて発射される。
(狙いを定めて……)
「んごおぉぉぉぉぉぉぉおおお!!!」
「面倒な……」
『バンッ』という発砲音で石が発射されるが、影霧によって防がれてしまう。
「何事だ!?」
轟音に気が付いたメルヴァータとマロが地下からこの場に到着する。
「見ての通りだ。 よくわからんアレが暴れてる」
「これは……、暴走感染か……」
「暴走感染?」
「以前一度だけ報告を聞いたことがある。 騎士団百人態勢で何とか倒したと聞く」
「……その時の方法は?」
「あの影霧の触れると感染する。 そのため遠距離からの攻撃をし続けたらしい。 だが以前は周囲に何もない平原だったから可能だったらしいが、この町中でそれは……」
百人規模で弾幕を張る広さはこの場に存在しない。どうするべきかと考えていると、暴走感染者を挟んだ反対側に一人の見慣れた少女が現れた。
「な、アヤリ!?」
自らを騎士見習いと称していたアヤリが今回の遠征に参加している可能性は考えていたが、そんな彼女が最も危険なスラム街まで来ていると予測していなかった。
「危ない逃げろ!!!」
暴走感染者に対して、無謀にも生成したであろう剣一本で立ち向かうアヤリを大声で静止するが、雄叫びにかき消されて彼女まで声が届かない。
影霧の触手が彼女を襲うが、その触手を剣で一刀両断する。
「何、だと……!?」
不自然すぎるその光景に一瞬思考が停止するが、すぐさま再生した触手で我に返る。
危険を感じた暴走感染者がアヤリを集中的に狙う。何本もの触手が彼女に向かうので、彼女を援護すべく石火槍で発砲する。
一旦石火槍を消失させて再生成することで再装填の手間を省き、連続で発砲することができる。生成を繰り返す兼ね合いで燃費が悪く、早々にエネルギーが尽きてしまうのが難点だが……。
彼女に向かう触手の本数が制限されたことで、安全に一本ずつ対処されていく。
「メルヴァータ! 風で支援を頼む」
「承知した!」
風のドロップを使える団員でアヤリが両断した影霧を霧散させる。
「ぐっ……」
石火槍のエネルギーが尽きたので、代わりに弓のドロップをディートして生成する。
弦を引き、そこに矢を生成して即座に放つ。風が吹き荒れている影響で直撃はしないものの、先ほどと同じような妨害はできる。
それを続けていくと、暴走感染者も無限に触手を再生できるわけではないらしく、徐々に再生速度が落ちていく。
「! 危ない!!!」
ひたすらに触手を両断し続けたからか、アヤリの剣が突然消失する。どうやら彼女のディートしたドロップのエネルギーが尽きたらしい。だが、アヤリ自身が残量を気にしていなかったらしいので突然丸腰となった彼女は対処が遅れる。
これ幸いと触手が彼女を襲うが、その直前で強力な冷気が放出されて影霧の触手が凍り付く。
「――っ今です!」
振り返ると、肩で息をしているマロが手をかざしていた。恐らく彼女が氷のドロップを使用したのだろう。
その隙にアヤリは新たにドロップをディートして残りの触手を氷ごと両断した。
「ぐおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおお!!!!!」
「はぁっ!」
メルヴァータが触手を失った暴走感染者に一気に距離を詰めて、振り下ろした剣で本体を叩き斬った。
……
「何でカティくんが居るの?」
「それはこっちのセリフだ」
「カーティス君の言う通りだ。 君には後方支援を命じていたはずだが?」
「そ、それは――」
アヤリは自分の剣で治療が可能だという事、少しでも助けたいという思いでこの場まで来たことを話す。
「――というわけです……」
「結果的に助かったが、上司の命には従ってくれ」
「すみません……」
「で、さっきの質問の答えだが、俺は助っ人を頼まれて来てるだけだ。 ……にしても、アヤリの剣については興味深いな」
重症化していない影霧感染者を治すことが出来る剣。そんな存在をもっと前に知っていれば……。そう考えるも、彼女がこの世界に来たのはつい最近だし、終わったことを掘り返しても仕方がなかった。
アヤリとの話を一旦切り上げて、メルヴァータが切り倒した暴走感染者を見る。既に息絶えており、もう暴走する様子はない。
「……見た目は普通だな」
纏わり付いていた影霧が消滅して姿がはっきりと見えるが、荒事に関わっていそうな程度なのを除いて普通の男性だった。
「この者の身柄は第三隊に引き渡して調べられることになる。 これで影霧の原因究明に繋がればよいのだが……」
期待と不安の入り混じった声でそう話すメルヴァータ。
「そういえば、地下では何か見つかったか?」
「それについてだが…………。 今回の功労者である君には話しておこう。 私も詳しいことは知らないが、この町とその周辺で出回っていた才珠という薬の存在を知っているか?」
「……聞いたことないな」
「それを使用すると一時的に様々なドロップを扱えるようになる代物だと聞く。 それをここを根城としていた集団が販売してたらしい。 その薬をこの建物の地下で保管していたようだ」
「……じゃあ、その薬が裂け目や影霧の発生原因ってことか?」
「確実なことは言えないが、その可能性が高いと思っているよ」
「……まぁ、その辺の調査は騎士団に任せるとするか」
「ランケット所属のカーティス君としては十二分に活躍してくれた。 改めて感謝させてもらうよ」
そんな話をメルヴァータとしている最中、アヤリが一言も喋っていない事に気が付く。
「…………」
「アヤリ、どうかしたのか?」
「……え? ううん……、私は大丈夫だよ?」
「そうか……?」
どこか様子のおかしい彼女は、エルリーンで会っていた時と様子が違っていた。
特にやることがなくなってしまった俺は、重症化していない感染者の治療をする彼女に付き添った。




