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7.ウォーロック

「では、行ってきます」


 クロエはそう言うと、入念な装飾が施された短杖(ワンド)をさっと抜いた。

 

 彼女は右手でウォーロックの象徴であり、星辰(せいしん)(つるぎ)と同じ“結晶生命の切片(アルコン・シャード)”からつくられたそれをくるくると回しながら、数十メートル先の建築物──もとい、とあるクリーチャーの巣にまっすぐ歩いて行く。その10メートルほど後方、追随していたスレイは立ち止まって言った。


「実際におれを八つ裂きにできるか見せてくれ」


 クロエは短杖(ワンド)を軽く振ってこれに応えた。彼女が“〈失われた碑文〉を取りに行く前に、ちょっと肩慣らしがしたい”と言いだし、スレイには拒否する理由がなかった。急造とはいえパートナーの力量は知っておくべきだったし、万一彼女がここのクリーチャーに遅れを取るようならば、自分こそが〈碑文〉探索の主導権を握ることができるではないか。


 もっともクロエの方は、自分の破壊力(●●●)を年かさのハイランダーに見せつけるつもりだろう。彼女の話をそのまま信ずるならば、クロエ・ソレルはウォーロックの中でも戦闘に長けた“征服者(コンカラー)”であり、〈黒い口〉に負けず劣らず凶暴なクリーチャーが生息するイドの砂漠を横断する使い手だ。


 クロエは不安を感じさせない歩調で街路の真ん中を歩き、かつては駅だった建築物──四つ足で立つイタチ(●●●)に見える──に近づいた。その両端からはひしゃげた高架線が伸び、線路から吹き飛ばされた車両の残骸らしきものが周囲に散らばっている。そして外装が焼け落ちむき出しになっている駅の構内、高所にあるプラットホームには四つ足のクリーチャーが群れなしており、近づいてくるクロエ(獲物)をじっと見下ろしていた。


"ウィーバー"──『猛毒の獅子』の異名をとるクリーチャーだ。


 ただし獅子に似ているのはたくましい胴体だけで、その頭部はヒヒに近く、体毛は硬質な青灰色。たてがみにあたる部分で(うごめ)くものにいたっては、おぞましい無数の触手である。血管が浮かんだぶよぶよとした触手の先端には、杭のように太い毒針があり、刺されれば相当に強力な“生命”の神功(マントラ)の使い手でも行動不能──最悪は死に至る。


 無造作に巣に歩み寄るクロエと相対すべく、一頭のウィーバーがぬっと動いた。おそらくは群れのボスだろう。構内から駅前のロータリーへと軽快に跳躍し、王者らしい悠然とした足運びで獲物へと近づいていく。


「VRRRRRRRAHH……」


 ボスが不愉快そうに吼えると、子分どもが後に続いた。二十あまりのウィーバーが次々とロータリーへと飛び降り、ボスの背後に扇状に展開する。


 十中八九駅前の広いロータリーから先が連中の縄張りであり、そこに入った瞬間一斉に攻撃されるだろう。スレイがそう考えたとき、クロエが高々と10メートル以上も跳躍して境界を飛び越えた。金色の髪と緑のケープをふわりとなびかせながら、ロータリー内に横倒しになった車両の残骸の上に軽やかに着地する。


「VRRRGGAAHH──!!」


 途端に待ち構えていたウィーバーどもが絶叫し、猛然と彼女に襲いかかった。触手をうねうねと波立たせ、獲物を毒で侵さんと突進する。


「“光の始祖(アーリィ)”よ」


 濁流のごときウィーバーの群れを前にしてもクロエは小揺るぎもせず、その杖先に小さな火の球を生み出した。火の球は瞬く間に彼女の頭と同じほどの大きさとなり、短杖(ワンド)が軽く振るわれるとともに高速で射出される。“光”の神功(マントラ)によって生み出された火球は凄まじい熱波をまき散らしながらロータリーを横断。射線上のウィーバー四体を超高熱で蒸発させた後、駅の構造体を貫通し、彼方(かなた)で猛烈な爆炎を生んだ。


“……やべえ”


 黒煙を仰ぎながらスレイはおののいた。とんでもない破壊力──高レベルの“光”の神功(マントラ)による〈火球(プラズマスフィア)〉だ。


 後方で冷や汗をかくスレイをよそに、体毛を焦がされたウィーバーは狂ったように吼え突撃を続行。クロエはさらに短杖(ワンド)を振って次々に火球を生み出し、正確な砲撃で迫りくるウィーバーを薙ぎ払った。焼き尽くされるクリーチャーどもの背後で、支えを失った高架線が轟音とともに倒壊し、煙がもうもうと立ちのぼる。


 が、やはり多勢に無勢。苛烈な火線をかいくぐったウィーバーどもの触手が、クロエを串刺しにせんと波濤(はとう)のようにうねって殺到。──次の瞬間、触手先端の毒針が半透明のドームに激突し、バギンという破砕音とともにへし折れた。


天球結界(フォースフィールド)〉──“光”と“虚空”の神功(マントラ)による防壁がクロエを守り、毒針を弾き返したのだ。必殺の武器を失い、拡大した壁に押しのけられたウィーバーにクロエが短杖(ワンド)を一閃──杖先からプラズマの炎が噴出し、触手ごと怪物どもを焼却する。

 クロエは醒めきった目で、骨まで焼き焦がされた『猛毒の獅子』に一瞥(いちべつ)をくれた。


「……こんなものですか」


 その呟きを理解したわけではあるまいが、生き残ったウィーバーたちがさらに激発して躍りかかった。スレイから見ればもはや特攻以外の何物でもない──が、無駄な攻撃よりも早く、彼女がふわりと宙に浮いた。跳躍ではなく、“虚空”の神功(マントラ)による〈空中浮遊(レビテーション)〉で空高く舞い上がる。


 ウィーバーどもが困惑したように天を仰いだが、それも僅かの間──ロータリーの真ん中に巨大な雷が落ちるまでだった。眩いばかりの雷光が踊り狂い、ロータリーが一瞬で焦熱地獄へと変わる。ウィーバーどもは無慈悲な一撃に焼き払われ、吹き荒れる熱波で(ちり)と化した。ロータリーの路面が赤熱して蒸気を上げ、雷鳴が反響する中、巻き添えを食った車両の残骸が原型をとどめないくず鉄となってあたりに散らばった。


「…………」

「お待たせしました」


 顔をひきつらせて焦熱地獄を見つめるスレイ、その目の前にクロエがすーっと音もなく着地した。ちなみにウォーロックが殺戮を開始してから、まだ三分と経っていない。


「……な、なかなかやるじゃねえか」


 かろうじてそれだけ言ったスレイにクロエはええと頷いて、


「ここは戦いやすいですね。ほかの遺跡と違って、いくら破壊しても文句がでません」


 クロエの後方で熱と衝撃に耐えかねたか、ついに駅施設そのものががらがらと音を立てて崩れはじめた。耳をつんざく轟音の中、スレイは一つの結論に達した。


“……おれより強いなこいつ”


 八つ裂きも楽勝だ。

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