第1話:平穏を愛するFランク少年〜学園を襲った魔物の群れをうっかり消し飛ばす〜
王都の空を覆う絶対防壁が、ガラスのように砕け散る不快な音が教室に響き渡った。
「な、なんだ!?」
窓の外には、空を赤く染め上げる無数のワイバーンの群れと、その中心で傲慢に嗤う四腕の上位魔族の姿があった。王立魔法学園が誇る特待生のSランク生徒たちが次々と迎撃の魔術を放つが、魔族が指を一振りするだけで、彼らの渾身の一撃は無惨に掻き消されていく。
阿鼻叫喚の地獄と化した学舎の中で、最後列の窓際で突っ伏していたレイは、迷惑そうに大きなあくびをして顔を上げた。
「……あーあ、せっかくいいところだったのに」
彼の胸元に付いているのは、学園最底辺を示す『Fランク』のくすんだ銅バッジ。魔力測定器の針をピクリとも動かせなかった無能として、日々クラスメイトや教師から嘲笑されている落ちこぼれだ。しかし、彼らは誰も知らない。測定器が反応しなかったのは魔力が無いからではない。星そのものを吹き飛ばせるほどの神話級の魔力を前に、機械が完全にショートしてしまっただけだということを。
レイは怯えて逃げ惑う生徒たちとは逆方向へ、面倒くさそうに屋上へと歩を進めた。
屋上では、上位魔族が学園の精鋭教師陣を片手で薙ぎ払っていた。
「脆弱なる人間どもよ! 我が地獄の業火で灰と化——」
「うるさいな。昼休みの邪魔しないでくれる?」
レイがため息交じりに指先を軽く弾いた、その瞬間。
空間そのものが捻じ切れた。
魔族が放とうとした巨大な獄炎も、空を覆っていた数千のワイバーンも、そして上位魔族の強靭な肉体すらも。すべてが不可視の絶対的な力の渦に飲み込まれ、悲鳴を上げる暇すらなく文字通り一瞬で存在ごと消滅した。
空には、先ほどの絶望が嘘だったかのような澄み切った青空が広がっている。
「さて、と」
レイは何事もなかったかのようにポケットに手を突っ込み、ゆっくりと踵を返す。
「学食の限定焼きそばパン、まだ残ってるかな」
彼は今日も無能なFランク生徒として、退屈で愛おしい平穏な日常へと戻っていく。彼がかつて、魔王を単騎で討伐した伝説の『英雄』その人であるという事実は、誰にも知られることはない。




