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グレーテルと悪魔の契約  作者: りきやん
悪魔と魔女

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22/72

2-09. 居場所がなくても

 酒場の中は、奇妙な沈黙に包まれていた。


 ヴェルトヴルフは退けられたというのに、歓声も安堵の吐息もない。人々はただ、グレーテルとメフィストを遠巻きに見つめていた。


 その視線の重さに、グレーテルは所在なく目を泳がせる。言葉ひとつ発されない空間で、ただ木の床の軋む音だけが響いていた。


 その中で、メフィストがゆっくりと振り返る。そして喉の奥でくつくつと笑いを漏らし、言った。


「ヴェルトヴルフを追い払った英雄に、礼のひとつもないのかい?」


 冗談めかしたその言葉に、場が凍りつく。誰もがメフィストを見ていた。恐怖、畏れ、疑いの目で。


「嘘を……ついていたのか?」


 沈黙を破ったのは、空き家を貸してくれた髭の男だった。その声は、怒りとも困惑ともつかない、沈んだ響きを帯びていた。


「故郷がヴェルトヴルフに襲われたって話……。魔法が使えるお前は、何者なんだ?」


 問われたメフィストが、ちらりとグレーテルを見る。答えてもいいのか、と視線で問いかけているようだった。


 グレーテルは迷った末に、小さく頷いた。――もう、これ以上嘘を重ねることはできない。


「悪魔だよ」


 メフィストが答える。途端に、酒場の空気が強張る。ひぃっと息を呑む音があちこちから漏れた。


 慌てて、グレーテルが言葉を被せる。


「あの、でも! 大丈夫です! メフィストは確かに悪魔だけど、悪いことに魔法を使ったりはしません! さっきだって、彼の力があったからこそ、ヴェルトヴルフを撃退できたんです! あなたを助けられたのも、メフィストの魔法のおかげなんです!」


 最後の言葉は、アップルシュトゥルーデルをくれたあの女性に向けて投げた。けれど女性は憔悴しきった様子で、悲鳴を上げると後ずさった。


「魔女……」


 ぽつりと漏れた女性の言葉に、どくんとグレーテルの心臓が跳ねた。その一言が引き金となったかのように、酒場の空気がざわめき出す。


 恐怖が伝染し、酒場にいる人々が口々に「悪魔と魔女だ」と囁き合う。囁きはたちまち恐怖と偏見を帯びて広がり、グレーテルとメフィストを取り囲む。


 誰一人として、グレーテルたちを庇おうとする者はいなかった。あれほど温かく迎えてくれたはずの村人たちは、今や二人を異物と見なしている。


 グレーテルはゆっくりと目を伏せ、ポケットから空き家の鍵を取り出した。ただそれだけの動作にさえ、村人たちは怯えたように息を呑み、震え、後退りする。


 髭の男に鍵を返そうと一歩踏み出したその瞬間、「近寄るな!」と、どこからか鋭い悲鳴が上がった。


 グレーテルは立ち止まり、ゆっくりとしゃがみ込む。手にした鍵を床にそっと置き、静かに一歩、後ずさった。


 唇を噛み締め、小さく頭を下げる。


「あの……嘘をついてて、ごめんなさい。それから、優しくしてくれて、本当にありがとうございました」


 その声は微かに震えていた。そして、グレーテルは顔を上げ、隣に立つメフィストを見て、言う。


「……行こう」


 これ以上、この村に自分たちの居場所はない。その現実を、グレーテルは否応なく理解していた。


 ◆


 グレーテルは肩を落とし、とぼとぼと村道を歩いていた。その隣を、メフィストが無言のまま並んで歩く。


 まだ日が高く、空は晴れているというのに、あたりには人の気配も、音もなかった。風さえ息をひそめたように、世界は沈黙していた。


「本当は――ちょっとだけ期待してたんだ」


 グレーテルが囁くように、ぽつりと零す。


「魔物から守るために魔法を――メフィストの力を使ったから、村の人たちは感謝して、受け入れてくれるんじゃないかって」


 メフィストは答えない。何も言わず、ただ静かに、グレーテルの言葉を受け入れる。


「そんなこと……なかったね」


 握った拳で、ごしごしと目を擦り、大きく深呼吸をした。そうでもしないと、涙が溢れそうだった。


「やっぱり、悪魔と魔女って心証悪いのかぁ」


 諦めるように、グレーテルは空を見上げる。高い秋空の澄んだ水色が目に痛い。


 隣にいるメフィストはその様子を見て、くつくつと喉の奥で笑った。


「気に入らないなら、村を焼き払ってきてあげようか?」

「私の話、聞いてた?!」


 さらりと恐ろしい発言をする悪魔に、グレーテルは目を見開く。慰めの言葉もなく、唐突に復讐を提案してきた。


「助けてやったのに、あの恩知らずども。そう思わない? 俺は思うけど」

「え、でも、ヴェルトヴルフが村に来たのは、私たちの嘘のせいでもあるし……。それに、食事とか日用品とか恵んでもらってたんだから、どちらかと言えば、恩を返さないといけないのは私たちでは……?」


 ぶつぶつと考え込むグレーテルに、メフィストは軽い調子で笑った。


「あはは、人生は楽しまないと。他人の目を気にしている暇があるなら、もっと自分と見つめ合うべきだね」


 自分と見つめ合う。どういうことだろう、とグレーテルは訝しげにメフィストを見つめる。


「君のやりたいことは何? 好きなことは? 楽しいと思うことは? 俺の力を使えば、何でも叶うのに。今までしたことと言えば、家事と魔物退治だけ」


 そう言って、メフィストは長い人差し指でグレーテルの額を軽く小突いた。


「あんまり退屈だと、さっさと魂貰っちゃうよ」

「それは困るっ!」


 グレーテルは額を擦りながら、思わず声を上げた。


「やりたいこと、ちゃんとあるよ!」

「へぇ、何?」

「メフィストとの契約破棄!」

「却下」


 にべもない返答に、グレーテルは小さく笑う。さっきまでの沈んだ気持ちは、いつの間にかどこかへ消えていた。


 ――なんだかんだ言って、メフィストとは、案外うまくやっていけるかもしれない。


 そう思いながら、グレーテルはまっすぐ前を見つめた。

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ルフナ大賞一次選考通過!(通過率3%)
魔法使いと私
完結済の師弟もの甘々ラブコメファンタジーです。
よろしくお願いします〜!
by りきやん

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