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グレーテルと悪魔の契約  作者: りきやん
悪魔と魔女

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21/91

2-08. わん

 さすがの悪魔でも、丸腰でオオカミの群れに勝てるほどの強さはないらしい。


 メフィストのいい笑顔に、それ以上無理を言うことも出来ず、グレーテルは口をつぐんだ。


「君こそちょっと祈ってみてよ」


 ふいにそう言われて、グレーテルは首を傾げる。


「私が祈ったからって、どうにかなる?」

「ヴェルトヴルフを木っ端微塵にできるかもしれない」

「メフィストが肉弾戦に臨むほうが、よっぽど確実だと思うけど……」


 冗談で場を和ませようとしているのか、それとも本気なのか。グレーテルはメフィストの顔をうかがったが、読み取れるものは何もなかった。


「一応、やってみるけど……」


 そう小さく呟いて、グレーテルは手を組む。目を閉じて、祈りを捧げる。メフィストは真剣な表情で、その様子を見つめた。


(ヴェルトヴルフが、木っ端微塵になりますように)


 心の中でそう念じてから、グレーテルはそっと目を開け、手を解いた。すぐ隣で、メフィストの視線が窓の外に向いているのに気づく。


 グレーテルもつられて外を覗いた。先ほどよりも近づいてきたヴェルトヴルフの群れは、木っ端微塵どころか、変わらぬ勢いでこちらに向かってきている。


「駄目か」


 メフィストが落胆する。


「逆になんでいけると思ったの?!」


 グレーテルは思わず突っ込んだが、メフィストはまるで聞いていない。顎に手を当て、真剣な顔で考え込んでいる。


(力が消えたのか、それとも使えていないだけなのか……判断がつかない。いっそ魂を刺激して、前世の記憶を呼び起こすほうが手っ取り早いか?)


 黙っているメフィストに声をかけようとした、その時。隣の窓を覗いていた村人が、突然声を上げた。


「おい! あれ! おかみさんじゃないか?!」


 ハッとしてグレーテルが顔を上げ、窓の外に目を向ける。そこには、アップルシュトゥルーデルをくれた女性が、必死の形相でこちらへと走ってくる姿があった。


 けれど――そのすぐ背後には、ヴェルトヴルフの影が迫っている。


 酒場までは、もう間に合わない。それは誰の目にも明らかだった。


 背後で、誰かが声にならない叫びを上げている。助けようと、扉を開けようとする者。それを「間に合わない」と止める者。


 錯綜する叫びと混乱の中、グレーテルの頭の中が、スッと冷えていく。


(――たとえ、正体がばれたとしても)


 ぐっと拳を握りしめる。


(親切にしてくれた人たちを、見捨てたくない)


 グレーテルはメフィストに向き直り、まっすぐにその瞳を見据えた。そして、決然とした口調で告げる。


「外にいる、あの人を助けて! 魔法を使っていいから!」


 メフィストは唇に弧を描く。闇色の瞳が愉しげに細められた。


「了解」


 ぱちん、と指先が軽やかに弾かれる音が響いた。その瞬間、外にいたヴェルトヴルフの足元から影が立ち上がり、その身体を絡め取る。


 メフィストは悠然とドアへ向かい、その近くに立っていた村人を軽く押しのけると、何の躊躇もなく扉に手をかけた。


「おい、何を――」


 止めようとした男に、メフィストはくるりと振り返り、妖艶な笑みを浮かべ、人差し指をその唇に押し当てる。


「静かに。邪魔しないで」


 そして男の前から指を引くと、今度は親指と中指、薬指の指先を合わせ、人差し指と小指を立て――まるで犬の顔のような形を手で作って見せる。


 場の空気が凍りつく。誰もがその意味を測りかね、息を飲んだ。


 メフィストの唇が薄く開く。


「わん」


 その声と同時に、メフィストの右手から黒い影がうねるように飛び出した。ヴェルトヴルフよりも一回り大きな、影でできた獣。飛び出した影の獣は、敵へと向かって疾走する。


「あはは、契約者様の望み通り、あの野良犬どもを血祭りにあげてやろう!」

「言ってない! そんなこと一言も言ってないから!」


 村人たちが聞いてる手前、グレーテルは少しでも心証を良くしようと必死に弁明する。


 酒場の外では、影の獣がヴェルトヴルフの群れに襲いかかっていた。黒い牙が唸りを上げ、次々と敵に食らいついては蹴散らしていく。ヴェルトヴルフたちは悲鳴のような唸り声を上げて、散り散りになっていく。


 村人たちは呆然とその光景を見つめていた。


 明らかに異常な、魔法としか思えない力から生まれた影の獣が、ヴェルトヴルフをものともせず暴れまわっている。誰もが言葉を失い、ただその場に立ち尽くしていた。


 影の獣が吠え猛る中、駆けてくる女性の姿がはっきりと見えた。スカートの裾を乱し、必死に走る彼女のすぐ後ろでは、残ったヴェルトヴルフが最後の牙を剥いて追いすがっている。


 それに気付いたドアのそばにいた男が、反射的に手を伸ばす。次の瞬間、女性がその腕に飛び込むようにして、無事に酒場の中へと転がり込んだ。


「はぁ……はぁ……あ、あの化け物は……?!」


 倒れ込んだまま涙を浮かべる女性の背後で、影の獣が咆哮を上げる。村人たちは恐れをその顔に浮かべ、身体を丸めた。


 影の獣は、残ったヴェルトヴルフに一気に飛びかかり、影を絡めてその身を切り裂いていった。叫ぶ間もなく、狼たちは次々と倒れ込み、その姿を枯れ葉に変え散っていく。――魔物の遺体は残らないのだ。


 先ほどまで聞こえていた、怒声のような咆哮があっという間に止む。しばらくして、外からは風の音だけが聞こえるようになった。


 影の獣はヴェルトヴルフを蹂躙した後、しばしその場に佇んでいたが、やがて主のもとへと戻るように、煙のようにゆらりと溶けて消えた。


「……終わったのか?」


 誰かがぽつりと呟いた。まだ誰も確信が持てず、戸の外を窺うように息を潜めている。


 静寂が、村を包んでいた。

ヒロインより先に村のおじさんに色仕掛けする悪魔

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ルフナ大賞一次選考通過!(通過率3%)
魔法使いと私
完結済の師弟もの甘々ラブコメファンタジーです。
よろしくお願いします〜!
by りきやん

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