1-12. 【閑話】手がかりはある!
グレーテルが行方不明になった。
「あたしのせいだ」
誰もいない教会の前で、マルタは階段に座り込み、ぽつりと後悔の言葉を漏らした。
隣に腰を下ろしたシーベルが、心配そうにマルタを見つめる。
「マルタのせいじゃないよ」
それでもマルタは、うつむいたまま声を震わせる。
「でも……神官様が言ってた。悪魔の話をしたあと、グレーテルはちゃんと帰ったって……」
神官がミルゼンハイムを出発する直前、マルタは無理を承知で彼を捕まえ、話を聞いた。
なぜか神官は肩を痛そうに庇っていたが(ベッドが固かったのだろうか?)、それでもマルタに、事の次第を教えてくれた。
「シーベルが一緒に悪魔の話を聞きたいって言った時、残ればよかった」
マルタが悔やむように呟くと、シーベルは少し戸惑いながら問いかける。
「その話だけど……結局、グレーテルと悪魔がどうしたの?」
マルタは、グレーテルの家に悪魔が現れたことを、ぽつぽつとシーベルに語り始めた。話を聞き終えたシーベルは「そっか」と呟き、黙り込む。
さぁ、と一陣の風が、2人の間を吹き抜ける。秋の冷たく乾いた空気が、肌を撫でた。
「悪魔にさらわれちゃったのかなぁ……」
遠くを見ながら呟いたシーベルに、マルタは眉をひそめて問いかけた。
「なんでグレーテルが?」
「いやぁ、だって」と、シーベルは少し口ごもる。ためらった末に、苦笑いを浮かべながら続けた。
「素直だし。……思ったことそのまま口にするのはアレなんだけどさ。なんか、悪魔ってそういう人間をさらいそうな気がしない?」
「まぁ……たしかに。嘘つきとか悪い人より、そっちの方を好みそうな気は、する」
シーベルは立ち上がると、ぐっと伸びをする。そして、意を決したように、前を向いた。
「それに、手がかりはあるんだ。グレーテルのお母さんがいなくなったときは……何も、なかったけど。でも、今回は、『悪魔にさらわれたかも』っていう手がかりがある」
マルタがシーベルを見上げる。いつもふわふわと笑っている男にしては、珍しく真剣な顔をしていた。
「悪魔除けの花まじないを、いくつか知ってるんだ。グレーテルの家の前で試してみよう」
シーベルの言葉を聞き、マルタはひとつ、大きく息を吐いた。そして――ばちん、と自分の両頬を叩く。驚いたシーベルが、目をぱちくりとさせた。
「なんで自分のこと叩いたの?!」
「気合い入れ! シーベルがちゃんと考えてるのに、あたしだけ落ち込んでるわけにもいかないから」
マルタは勢いよく立ち上がると、拳を前に突き出した。
「一緒に、グレーテルを取り戻そう!」
シーベルはふわりと笑い、マルタの拳に自分の拳をこつん、と軽くぶつける。
「うん!」
マルタ「ところで、パンって何か悪魔除けのおまじないになる?」
シーベル「えぇ……。どうだろう? ボク、パンは詳しくないけど……どっちかっていうと…………供物?」
※ホットクロスバンズなどは魔除けや幸運をもたらすと言われてるらしいです




