8-03. 重なる姿
白銀の髪の女性――リアを背中に庇い、リオンは迷いなく腰に下げた剣を抜く。すらりと長い刀身が、ウルリッヒへと向けられた。
「リアは渡さねぇぞ! どうしても奪いたいってんなら、決闘だ!」
ウルリッヒの顔から血の気が引く。跪いたまま、リオンを刺激しないように、ゆっくりと両手を上げた。
「いや、すまない……。人妻だとは知らず、とんだ無礼を……」
「決闘しろ!」
「夫である、あなたがいると分かった以上、わたしは――」
「決・闘・し・ろ!」
頑なに決闘を申し込むリオンに、リアはあらあら、と困ったように頬に手を添えて眉尻を下げた。一方、隣にいたマティアスは、垂れ目を限界まで吊り上げる。
「ウルリッヒ! ここで逃げたら異端審問官の名折れだ! お前の運命の人を奪い取れ!」
「やめろ、マティアス。話をややこしくするな……」
そこに、グレーテルたちが遅れてやってくる。それに気づいたリアが、嬉しそうに声を上げ、そっとリオンのそばを離れた。
「あら! メフィスト。お久しぶりね。お隣にいるのは……新しい契約者? 二人も?」
「久しぶり。新しい契約者様は、この子。そっちの男は元、だね」
平和的に交わされた挨拶に、グレーテルは目を白黒させる。見ていた流れに間違いが無ければ、今、目の前にいる女性は女神様だ。
(あ、あれ? 悪魔って、アウレリア様と敵対してたんじゃ……?)
「盛り上がって来たぜー! おら! 立て! やるぞ!」
リオンが両手を挙げて空に向かって吠える。それを見たメフィストが呆れ返って目を回した。
「……人に喧嘩するなとか言っておいて、自分から吹っかけてたら世話ないね」
グレーテルの隣でぼそりと呟く。けれど、止める気はないようだ。
リオンの前で跪いている人物は、大柄で、力もありそうに見える。
(あれ……異端審問官の制服……?)
グレーテルは見覚えのある姿にハッとした。
「あ、あの人! ウルリッヒさんじゃ?」
「ん? あぁ、あの愉快な神官もいるね」
「神官? ――もしかして、グレーテルを酷い目にあわせようとした?」
スッと無言で前に出ようとするファウストを、グレーテルは慌てて引っ張った。真顔で目が据わっている。このままだと、何を仕出かすか分からない。
ただでさえ、決闘だのなんだのと盛り上がっているのだ。そこにファウストが加われば、状況がさらに混乱するのは明白だった。
「メフィスト、どうしよう?」
困り果てて、隣のメフィストを頼れば、くつくつと喉の奥で笑った。
「せっかくだし、見学していこうか」
「そんな、呑気な」
「俺としては、リオンがあの異端審問官にやられるところを見たいね」
「メフィストって、一応、リオンさんに仕えてるんだよね……?」
騒ぎを聞きつけて、騎士や住民たちが続々と集まってくる。グレーテルはそれを見て、誰かがリオンを止めるのではないかと期待した。
「リオン! 負けんなよー!」
「おらおら! 兄ちゃん! リオンをぶちのめせ!」
聞こえてきた歓声に、ずっこけそうになる。
「誰も止めないの?!」
思わずそう口にすると、隣にいたリアが「そうなのよ」と困ったように笑った。
「あの人、本当に喧嘩っぱやくて……。もうこうなったら、さっさと勝ち負けつけてもらうのが一番ね」
「アウレリア様まで……」
あら、とリアは目を瞬く。
「私の正体、知ってるのね」
「リオンさんに聞きました」
「じゃぁ、私のことも、リアって呼んでくれると嬉しいわ」
金色の双眸が、穏やかに細められる。
「決闘のことは、心配しなくても大丈夫よ。この街じゃ、ちょっとしたお祭りみたいなものだから。終わったら宴会が始まるから、あなたたちも楽しんで行くといいわ」
気がつけば、リオンとウルリッヒを中心に、人垣が円を描いていた。
逃げ場はないと踏んだのか、ウルリッヒも仕方なさそうに立ち上がる。そして、大きくため息をつくと、背中から斧を取り出した。
「勝敗はどうやってつけるんだ?」
「んー、致命傷の寸止めか、転んだら、にしようか」
「すまないが、わたしは魔物相手に戦ったことしかないんだ。なるべく、怪我をさせないようにはするが――」
「おっと、意外と自信満々だな?」
リオンが遮り、不敵に笑う。ウルリッヒは肩をすくめて、リオンから距離を取った。
立会人を買って出た騎士の制服を着た男が、合図をする。
二人が向かい合う。
(あれ、この光景……)
グレーテルの心臓が、どくりと嫌な跳ね方をする。決闘など、始めて見るはずなのに。嫌な思い出が、既視感が、グレーテルを襲う。
ファウストを引っ張っていた手に、不自然に力がこもった。
「グレーテル?」
気付いたファウストが、振り返る。メフィストは、グレーテルの顔を覗き込んだ。
「真っ青だよ」
冷たい手が、そっと頬に触れる。だが、グレーテルには、その手を気にかける余裕がなかった。リオンとウルリッヒから視線を外すことが出来ない。
向かい合い、対峙する姿が、別の誰かと重なる。
剣戟の音。野次る声。星を溶かしたようなプラチナブロンドの青年が、金髪の青年と剣を交えている。
そして、その背後で――まるで操るかのように指を踊らせている、黒尽くめの青年。
(あぁ……そうだ……)
リオンとウルリッヒが、得物を構える。
(ファウストと、兄さんが、決闘をして……)
囃し立てる声が遠ざかり、視界がぶれ、白くかすんでいく。
(兄さんは――大怪我をしたんだ)
魂が、ゆさぶられる。




