お泊り会恒例女子トーク
宿泊施設のある遺跡の傍の街まで歩いて小一時間程。
午前中に出発した私たちはコゼットの作ってきてくれたお弁当を昼食に食べたりしながら軽い休憩を挟んで、午後には街に到着した。
王都から街までの街道は整備されていたし魔物に襲われることも無かった。
取り留めもない話をしながらのんびり歩いてきた私たちが、一番最後の到着だったようだ。
街の入り口にはグレイ先生が待っていた。「全員無事に辿りついたようで何よりだ」と言って、宿泊施設まで案内してくれた。
学校の寮よりは小さいし古めかしいけれど、食堂と入浴設備と個室に分かれている宿である。
コゼットの希望通り私たちは同室で、部屋には可愛らしいベッドが三つ並んでいる。
宿泊施設の管理人のご婦人は「女生徒が来たのは久しぶりよ!」と言って笑顔で受け入れてくれた。
男子生徒とは部屋は別だけれど棟は分かれていないので、寝るときはきちんと内側から鍵を閉めるようにと何回も言われた。「あなたたちみたいな可愛い子を男子生徒と一緒に泊まらせるだなんて心配だわ」としきりに言っていた。
そんな大それたことをする方はいないとは思うけれど、自己防衛は大事なので寝る前には鍵の確認を怠らないようにしなければと、心の中で繰り返した。
コゼットはいまいち危機感に乏しそうではあるし、シャルルは生粋のお嬢様なので誰かが侵入してくるなど考えもしないだろう。
私が気を付けて、二人を守らなければと思う。
食堂でご婦人の作ってくれた牛肉と野菜の入ったスープとライ麦パンを男子生徒たちに交じって食べ終わると、私達はお風呂に入ることにした。
寮とは違い、お風呂は大浴場になっているとご婦人が説明をしてくれた。
学生たちが来るとき以外の普段は、普通の宿として開いているのだという。
王都からほど近く、王都よりも宿泊費が安いので、王都への旅人や冒険者や商人などが良く泊まるのだと言っていた。
人数が多いだけに個別の風呂を管理するのは大変だから大浴場であり、温泉が湧いているのできっと気持ちいい筈だと太鼓判を押していた。
夜着を持って私達は女湯へと向かった。
脱衣所で服を脱ぐ私達を、コゼットが何故かまじまじと眺めてくる。
「シャルル様とか、アリスベル様とか、貴族の方って自分では服を脱げないんだと思ってました」
さっさと全裸になったコゼットは、堂々としたもので特に体にタオルを巻くこともなく仁王立ちしている。
どこを見たら良いのか分からず視線を彷徨わせながら、私は自分の体にタオルを巻いた。
シャルルもさっさと体を隠したあと、コゼットに大ぶりのタオルを押し付けた。
「コゼット、恥じらいとか慎みとか無いのあなたは。ちょっとは隠しなさいよ」
「だって同じ女の子じゃないですか、減る物でもないし、タオルとか面倒ですし」
「私達しかいないから別に良いけれど……。コゼット、私達も制服ぐらいは自分で着替えられるわ。ドレスとなると中々難しいのだけれど」
「そうなんですねぇ、私はてっきりアリスベル様は毎日ルーファスさんに着替えを手伝って貰っているんだと思ってました。なんて羨ましいルーファスさんって思ってましたけど、言いがかりだったんですね」
脱衣所を出て、大浴場に向かう。
石造りの大きなお風呂は屋外にあって、十人以上一緒に入れるぐらいの大きさである。
空には満天の星が瞬いていて、魔法ランプの灯りが薄ぼんやりとあたりを照らしているのが幻想的だ。
白乳色のお湯の中に体を沈めると、じわりと温かさが疲れた体に染み渡った。
長距離を歩くことに慣れていないので足の筋肉がつっぱっていたけれど、ほぐれていくのが分かる。
シャルルも口元まで体を沈めて目を閉じている。
「そういえば、明日はシャルル様は宿で待機してるんですよね?」
「私も一緒に行きたいけれど……。でも、戦えないし、アリスみたいに魔法を覚えたいって言ったらティグレに怒られるし、だから待っているわ」
「シャルルもティグレ様に怒られたりするのね」
意外に思って尋ねると、シャルルは不満気に口元をお湯に沈めてぼこぼこ泡を吐いた。
「怒られたのよ。ティグレの癖に私を怒ったのよ。……本当は校外学習の参加も却下したいのに、魔法の練習なんてありえないって言われたわ。危険な事をするつもりなら、フライツマール公爵、私の父に交渉して、さっさと私との婚姻を進めて、学園を中途退学させると言うのよ。横暴だわ」
「それだけシャルル様が大事ってことじゃないですか。そんなに不満そうにしなくても良いのに」
コゼットが珍しくシャルルを咎めている。
確かにコゼットの言葉には一理ある。ティグレ様はシャルルを大切に思っているのだから、本来なら参加しなくても良い校外学習にシャルルが参加するというのも嫌だろう。
その上魔法を覚えて魔物と戦おうとするなど、論外も良いところな筈だ。
そう思うと、私は随分自由にさせて貰っている。
オスカー様も最初は私が魔物と戦うなど駄目だと言っていた。それなのに付き合ってくださるのだから、有難い事だ。
「でも、私……」
「でもじゃありませんよぅ。シャルル様だってティグレ様が好きな癖に、いつも怒ってばかりいるじゃないですか。駄目ですよ、シャルル様。好きな人にはちゃんと好きって言わないと、いつか後悔しちゃいますよ」
「……うぅ」
シャルルは眉尻を下げて、情けない表情を浮かべた。
いつもコゼットに注意しているのはシャルルの方なので、余計に痛いところを指摘されて言い返せないのかもしれない。
「ティグレ様は、シャルルのことはきちんと分かっていると思うわ」
「それでも、ですよ! 私もシャルル様を可愛いって思いますけど、甘やかしすぎもいけませんよ。アリスベル様が魔法を覚えようとしているのは、レオン王子と私のあれそれがあって、アリスベル様が傷ついちゃったからですし、レオン王子がお馬鹿さんだったからなんですよ。でも、シャルル様は違うじゃないですか。ティグレ様が大切にしてくれてるんだから、文句ばかり言ってはいけないと思いますよ」
思わず助け船を出した私に、コゼットはぴしゃりと言った。
「そうね……。ごめんなさい。……ここまで皆で来れて嬉しかったんだし、ティグレを悪く言うのは違うわよね」
「そうですよぅ。シャルル様は私と違って食料調達する必要もないし、アリスベル様と違って邪魔王子の存在に悩む必要もないんですから、無理したらいけません」
「うん。ごめんね、コゼット。軽率だったわ」
素直に反省をしたシャルルをコゼットは「反省してるシャルル様は大人しくて良いですねぇ」と撫でた。
ずぶ濡れの手で撫でられて髪の毛がびしょびしょになったシャルルは、「やめなさいよ!」といつもの威勢を取り戻して怒っている。
そういえば、コゼットだって好きで魔物討伐をしているわけではないのだと、私はその光景を眺めながら考える。
彼女の場合はデンゼリン男爵家が貧乏なため、仕送りもなく、そうせざるを得ないから魔物討伐をして食糧を集めて、素材を売ってお金を稼いでいる。
必要だから行っている。
コゼットに比べてしまえば、私の理由なんて軽々しい物だろう。
レオン様は反省したと言ってくれているけれど。
でも、――私は今の状態の方が心地良くて、元に戻りたいとは思えない。
「明日は、私とアリスベル様が、沢山お土産持って帰ってきますからね。何がいいですか、シャルル様。青毒蛙の卵が良いですか?」
「何で一番嫌なのを言うのよ」
「えぇ、美味しいのに! 青毒蛙の卵が一番美味しいのに! シャルル様ってば分かってないですねぇ!」
仕返しとばかりに、シャルルがコゼットにお湯をかけている。
大浴場に響く明るい声に、私はほっと息をついた。
着替えを済ませて部屋に戻ろうと、一階にある食堂を通り過ぎる。
玄関の扉が開き、私は足を止めた。
校外学習用の制服を着たオスカー様が扉から入ってくるのが見えたからだ。
洞窟探索の時以来に会うオスカー様は、以前よりも精悍さがずっと増して見えた。
髪が少し伸びたせいだろうか、忙しくて切る暇が無かったのだろうか。
「オスカー様!」
思わず名前を呼んでしまった私を驚いたように見た後に、オスカー様は騎士の礼をしてくれた。
「騎士科学科長様じゃないですかぁ……。何でここに、さては私とアリスベル様のお泊り会を邪魔しに……!」
「コゼット、静かに! ほら、帰るわよ。私が構ってあげるから、戻るわよ!」
「シャルル様に構って貰ってもぉ……」
「カードゲームで勝負しましょう、コゼット。一ゴールドから賭けてあげるわ」
「あらー……、それは良いですねぇ。カードの魔王と呼ばれて故郷では近隣の少年少女を泣かせに泣かせたコゼットちゃんを甘く見たら駄目ですよぅ」
シャルルがコゼットをずるずる引きずっていく。
二人の事が気にならない訳ではなかったけれど、私はオスカー様に駆け寄って軽く会釈をした。
その姿を見ると、なんだかとても安堵してしまう。
何回も助けて貰ったからだろうか。
迷惑をかけてしまっている自覚はあるのに、どうしてももっと親しくなりたいと思ってしまう。
「オスカー様、こんばんは。もう遅いのに、今到着なさったのですか?」
「はい。遺跡の内部に危険がないか確認していたら思ったより時間を取られてしまいました。……アリスベル様も校外学習に参加していると先程グレイ先生に聞きましたが、まさか、本当にいらっしゃるとは。洞窟で巨大な魔物に襲われたばかりだというのに、怖くはないのですか?」
「コゼットも一緒に襲われましたわ」
「デンゼリン男爵令嬢は大丈夫でしょう。心配もしていません」
オスカー様は相変わらずコゼットについては潔い。
「……私も大丈夫です。せっかくオスカー様に訓練していただいたので、その成果を見ていただきたいのです」
「……そうですか」
私の参加をオスカー様はあまり歓迎していないように見えた。
少し悲しくなる。オスカー様は私を上から下まで眺めた後、困ったように眉を寄せて「……場所を変えましょうか」と言った。




