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【電子書籍化*コミカライズ】夜の街のオネエ様に憑依されている私は、乙女ゲームの当て馬ちゃんと呼ばれています  作者: 束原ミヤコ


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オスカー・ストライドと行く初心者に最適な洞窟探索 3


 オスカー様の笑い声が洞窟内に響く。

 その声が落ち着いてくると、オスカー様は手の甲を口元にあてて困惑したように眉根を下げた。

 なんとなく謝罪されるような気配を感じた私は、オスカー様の武骨な手を両手で包み込んでその顔を見上げる。


「そうして笑ってくださると、私は嬉しいです。あの、私、王妃として相応しい女性とは、感情を表に出さないのだと教えられてきましたの。悲しんでも怒っても、もちろん、声を立てて笑っても駄目だと。いつでも、黙ってただ口元だけ微笑んでいるのが正しい在り方だと」


「私の見ていたアリスベル様は、そういった方でした。感情を隠し、自分を律し、いつでも背筋をただしている方だと。騎士として、私も自分を律し個人としての己を殺す訓練をしてきましたので、どこかで、あなたに共感を覚えていたのかもしれません」


「それもきっと一つの正しい在り方なのだと思います。でも私、今はそれをやめようと思っていますのよ。楽しい時には笑いたいですし、悲しい時には泣きたいですし、怒った時には大声で怒鳴りたいです。なかなか、難しいですけれど。だから、ええと、何て言えば良いのかわからないのですけれど。オスカー様がそうして、笑ってくださると、嬉しいです。本当に、友人になれたようで」


 どう伝えれば良いのだろう。

 私とオスカー様は多分似ている。

 オスカー様のような素晴らしい方を、私と似ていると言ってしまうのはおこがましいのだけれど、でもなんとなく、似ているような気がする。

 だからお互いに遠慮してしまうし、一緒に居てもどことなく心の距離を感じてしまう時がある。

 それはきっとオスカー様は騎士であるということを大切にして生きている方だからで、私が教え込まれた王妃としての正しい在り方というものを捨てきれていないからだろう。

 でもできればもう少し。もう少しだけで良いから、肩の力を抜いて一緒に過ごしてほしい。

 そう思ってしまうのは、我儘なのかもしれない。

 でも、そのためには私がきっと、もっと変わらなければいけない。

 オスカー様は私が無理やり繋いだ手と私の顔を、静かな眼差しで見つめている。


「……オスカー様にとっては、以前の私の方が良かったでしょうか……?」


 何も言わないオスカー様に、洞窟内に満ちる沈黙に不安になり、私は尋ねた。

 以前の感情を出さない私に共感を覚えて下さっていたのなら、もしかしたら今の、元々のアリスベルを取り戻そうとしている私は、あまり魅力的に思えないのかもしれない。

 ローブの下の服が破けているのに探索を続けたり、暗い洞窟でオスカー様と二人きりになっている挙句、こうして自分から手を握るなんて。

 淑女としては淫らで破廉恥な行いに違いない。

 呆れているだろうか、幻滅されてしまっただろうか、

 不安がじわりと足元から這い上がってくる。

 せっかく親しくなれた気がしたのに、嫌われてしまったらと思うと、心臓の奥が苦しい。

 ――繋いでいた手を強く引き寄せられた。

 不意にきつく抱きしめられて、私は体を竦ませる。

 大きくて硬い、男性の体だ。

 とても、力強くて暖かい。


「オスカー様……っ」


『アリスちゃん……っ、良かったわねぇ、良かったわねぇ……っ、あたし今夜はケーキを焼いちゃうわぁ……っ』


 涙声のマリアンヌの言葉の後に、オスカー様の厳しい声が続いた。


「……アリスベル様、静かに」


 それは甘い愛の囁きなどではなく、危険を察知した鋭い声音だ。

 何事かと驚いて私はオスカー様の腕の中から出来る範囲で周囲を確認する。

 洞窟の奥の暗がりに、何かが蠢いている。

 ぬるぬるとした、巨大な何か。

 洞窟の通路を埋め尽くすような巨大な何かはずるりと地を這って、やがて巨大な目が、洞窟の奥からこちらを凝視した。

 ――それは私の頭以上の大きさのある目だった。

 縦に大きな亀裂の入った瞳孔。赤い虚ろな瞳。

 魔物の類なのだとは分かるが、それが何なのかは分からない。

 巨大な目はぎょろぎょろと動き回り、それからずるりと一度洞窟の通路の奥から姿を消した。

 悲鳴をあげそうになった私の口を、オスカー様の大きな手が塞ぐ。

 私の体を抱いたまま、体を洞窟の側面に押し当てて巨大な目から見えないように姿を隠したオスカー様が、小さく息をつくのが分かる。


『なにあれ、なにあれ、気持ち悪っ! 気持ち悪いし今せぇえっかく良いところだったのに、邪魔するんじゃないわよ! 良いところだったのにっ!』


 マリアンヌが憤慨している。

 私はいまだにオスカー様に抱きしめられていて、そんな状況でもないのに顔が熱くなるのが分かる。

 オスカー様はなんだかよく分からない魔物から隠れるためにこうしているだけで、そこに他意はない。

 そう自分に言い聞かせて、なんとか心を落ち着かせる。


「……オスカー様、今のは」


「この場所には、地底蛸と、たまに、洞窟トカゲが出るぐらいです。あのような、大きさの魔物は見たことがありません。アリスベル様、見つかる前にここを出ましょう。あなたの身を危険に晒すわけにはいかない」


「でも、放置するのは良くないのではないでしょうか。……ここで退治しておかないと、他の方々が危険な目にあうのでは……?」


 洞窟の奥深くに今の巨大な何かが隠れてしまったら、ここに足を踏み入れた他の方々の命が危険に晒されるかもしれない。

 逃げるのは間違っているのではないだろうか。

 オスカー様は抱きしめていた私をそっと離すと、怒ったような表情で私を見下ろした。


「私一人なら、討伐に向かいます。しかし、あなたがいる。アリスベル様は正体不明の巨大な魔物に立ち向かい、あなたの力で倒せると思いますか? 私の援護ができると、考えますか?」


「……ごめんなさい」


 オスカー様の言う通りだ。

 やっと炎魔法が少し使える程度になっただけの、武器もなければ体力もない私は、足手纏いとしか言いようがない。

 厳しく諭されて、私は項垂れた。

 オスカー様は深く溜息をついたあと、もう一度私を抱きしめた。

 それから、そっと髪を撫でる。

 大きな手が、幼い子供をあやす様に髪や背中に触れるのが心地良くて、私は強張っていた体の力を抜いた。


「先程の言葉は、騎士としての私の言葉です。私は、……俺は。ただの男としての俺は、……あなたを守りたい。討伐に向かうのが、正しいとは分かっている。でも、今は逃げる事を許して欲しい」


 密やかに小さく囁かれた言葉は、いつもの冷静で落ち着いたものではなく、掠れて切なく優しい声音だった。

 胸の奥があたたかいもので満たされていく。


「ごめんなさい。……わかりましたわ」


 厳しい言葉で諭されて泣き出しそうになってしまった私への配慮なのだろう。

 抱きしめて慰め、優しく言いなおして下さるなんて。

 オスカー様の優しさに感動しながら、私は頷いた。

 きちんと理解できた、もう大丈夫だからと、顔をあげて微笑んだ。

 これ以上迷惑をかけてはいけない。

 抱きしめる腕の中から離れようとしたけれど、どういう訳か腕の力は緩まない。

 それどころか、胸に顔を押し付けられるようにして、更に強く抱き込まれてしまった。

 また、魔物がこちらを覗き込んでいるのかしら。

 だとしたら、静かにしていなければ。

 オスカー様の胸に顔があたっているせいで、鼓動の音が聞こえる。

 規則正しいそれを聞いていると、恐れも不安もなにもかもが消えてしまったように、安心できる。

 それにしても、ちょっと長くないだろうか。


「……オスカー様、まだ魔物が……?」


「いえ。……離すのが惜しくなってしまって」


「……え、ええと、そ、それは……」


 今のは、今のはどういう意味なのかしら。

 私、どうしたら良いのかしら。

 ――マリアンヌちゃん、どうしよう、どうしよう。

 首筋や背中に触れる硬い手が、なんだか先程とは違うような気がする。

 体が熱い。

 どうしたら良いのか分からなくてマリアンヌを呼んだけれど、答えは返ってこなかった。

 まるで時が止まってしまったかのように、それは長い時間のように感じられた。

 けれど実際には一瞬のことで、遠くから聞こえてきた悲鳴と、地響きに、私達はぱっと体を離して何事かと通路の先に視線を送る。

 地面が揺れている。

 ぱらぱらと、砂が洞窟の天井から落ちてくる。

 通路の先から細い悲鳴をあげながら全速力で走ってきたのは、鉄製のモップを手にしたコゼットと、真黒なマントで全身を包んだレオン様だった。


「アリスベル様あぁ! 巨大な蛸が来ますよおぉおお!」


 コゼットが笑っているような泣いているような良く分からない表情を浮かべながら私の横を走り抜ける。


「なんなんだ、あの女、どっから連れてきたんだあの巨大な魔物を……っ、アリス、逃げるぞ!」


 レオン様が私の横を走り抜けながら、私を片手に抱いた。

 荷物のように抱えられた私は、半獣族の身体能力を全力で発揮したレオン様によって洞窟から運び出される。

 コゼットも素早いが、レオン様はそれ以上に速い。あっという間にコゼットを追い抜いて、洞窟を駆け抜けていく。

 洞窟が、奥から破壊されていく音がする。真っ暗な闇から、巨大な触手がこちらへと向かってきている。

 巨大な触手の先にある更に巨大な本体が無理やり狭い洞窟を潜り抜けているせいで、洞窟の奥が崩れていっている。

 轟音と地響きの中を、私は体を宙に浮かせながらレオン様に抱えられ、出口に向かっていく。

 オスカー様やコゼットの姿はかろうじで確認することができたけれど、舞い上がる土埃に次第にその姿も視界から消えていく。

 二人を置いて行ってしまうかもしれない。

 レオン様にその腕を叩いたけれど、びくともしなかった。


 外はまだ明るく、洞窟の出口から軽々と抜け出したレオン様は、私を抱えたまま足を止めると背後を振り向いた。

 続けてコゼットが、転がるようにして飛び出してくる。

 崩れていく入り口から最後に出てきたオスカー様が、私達を守るようにして洞窟の前に立った。

 レオン様の小脇に抱えられていた私が降ろされると、コゼットが駆け寄ってきて抱き着いてくる。


「アリスベル様ぁ、怖かったですぅ……、あのでっかいタコ、やたら強いんですよ!」


「コゼット! 無事で良かった! あれは、何なの?」


「よく分からないんですけど、地底蛸のお父さんじゃないでしょうか?」


「魔物に家族があるのかしら……?」


 魔物にそういった概念があるものなのだろうか。


「魔物に家族はない。コゼット、あとでゆっくり話を聞かせてもらうからな」


「うるせーですよ、邪魔王子。ついでに尾行王子。でっかいタコ、王子なのに全然倒せないじゃないですか、弱いんですか、もしかして」


「打撃も斬撃もきかないんだから仕方ないだろうが……! 魔石はこの間つかって、補充するのを忘れてたんだ、魔法が使えないんだよ、俺は!」


「言い訳王子め~!」


 レオン様が怒っている。

 コゼットは私に抱き着きながら、レオン様に罵倒の限りを尽くしている。

 レオン様が嫌いだと言う気持ちはよく分かったので、コゼットは少し静まって欲しい。

 レオン様を無暗に怒らせるのはやめた方が良いと思う。

 一応、レオン様は第一王子なのだから。


「……レオン殿下。……今度は洞窟で、逢引ですか?」


 オスカー様が侮蔑の表情でレオン様を見る。

 レオン様はぴんと狼のような耳を立てて、金色の目を見開いた。


「そんな訳ないだろう! なんで俺がこんな女とこんなところで逢引しなきゃいけなんだ……! それよりもオスカー、俺がその女の所為で巨大蛸に追い回されている間、俺のアリスベルに不埒な事をしていないだろうな……!」


「さて。……していたとしたら、どうします?」


 オスカー様はどういうわけか、レオン様を挑発するように口元を吊り上げる。

 誤解を招く様なことを言わないでほしい。

 特に何もしていないと思う。

 オスカー様に抱きしめられたのは魔物から姿を隠すためで、私を慰めるためで。

 だから、不埒ではない。

 友人の間では、よくあることよね。

 友人が少ないから詳しくないけれど、コゼットも良く私に抱き着いてくるし。よくあるのだと思う。たぶん。

 そこで私は、ふと気づいた。

 そういえば、ローブの下が半裸だったということに。


『……いや、気にするところ、そこなの?』


 マリアンヌが溜息をついている。

 私はローブの前合わせをぎゅっと握りしめた。今の状態をレオン様やコゼットに知られたら、半裸で洞窟を練り歩く趣味がある痴女と思われかねない。できれば隠しておきたい。

 オスカー様は今まで背負ってくれていた地底蛸の触手が大量に入った鞄を降ろして地面に置くと、魔石の埋められた短剣を手にする。

 コゼットが「わぁ、大量ですねぇ!」と嬉しそうに、その鞄を素早く拾い上げた。



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