オスカー・ストライドと行く初心者に最適な洞窟探索 1
舗装された街道を歩く。
賑わっていた王都とは違い、街道の左右には畑や作業小屋がある風景が広がっている。
大きな道から分かれている小道へと入り、清廉な水の流れる川にかけられた橋を渡ると、その先にあったのは『鉱石採掘場跡地』と書かれた岩山の麓にある大きく口を開いた洞窟だった。
「ここは、採石場の跡地なので比較的整備されている洞窟です。かつては鉄鉱石などが良く採れたようですが、今は誰も管理していません。小型の魔物がよく湧くので、新人の冒険者などが経験を積みに来る場所ですね」
「管理者が誰もいないとは、街の人々にとって危険ではありませんの?」
「あぁ、誰もいないと言うのは、鉱石を採掘するための管理者がいないというだけで、一応は王家の管轄になっていますね。採掘できるものもあまり残されていない上に閉じるにはかなりの費用がかかるので、そのまま、というだけの話です。立ち入り禁止にはなっていますが、それを守るような者はここにわざわざ来たりしません。鉱山窟の先は行き止まりでどこにも抜けられませんので」
「そうなのですね。オスカー様はよくここへはいらっしゃいますの?」
「ここに湧くのは本当に小さな魔物だけなので、もう少し若い頃、十歳を過ぎたばかりの頃は腕試しに来たりしていましたが、今はあまり。魔物の数があまりにも多い時は討伐の手伝いに来ることはありますが、それほど多くはありません」
『あたしもここ知ってるわ~、コゼットちゃんが魔物討伐に来れる場所の一つよね。入学したての時から入れる採取地だから、本当に弱い魔物しかでなくて、レベル上げに使ったわよ。最初の武器はデッキブラシなのよねぇ、流石家事が得意なコゼットちゃん。デッキブラシの先で魔物をぼこすかぶん殴ってたわ、それが結構強いのよ』
「デッキブラシ……」
マリアンヌの言葉を思わず繰り返してしまった。
コゼットは魔法は使わない。謎の武器を使用し、魔物を、ばぁん、どぉん、と退治しているらしい。
なるほど、あの効果音はデッキブラシで魔物と戦っている時の音だったのね。
――それにしても、デッキブラシ。
コゼットは大丈夫かしら。
今度一緒に武器屋さんでも見に行ってみようかしら。
「デッキブラシが、どうかしましたか?」
「ええと、その、私の友人のコゼットは、良く魔物を討伐しに行くそうなんですが、どうやらデッキブラシを武器として使っているみたいで。大丈夫かなと、思って」
ばっちり聞かれてしまっていた。
訝しく尋ねてくるオスカー様に、誤魔化すのもおかしいかと私は思ったことをそのまま話した。
急にコゼットの話になった事を不審がったりはせず、オスカー様はごく真面目に言葉を返してくれた。
「あぁ、デンゼリン男爵令嬢ですね。確かに、実技訓練場の魔物を乱獲していた時は、そのような形状の武器、のようなもの、を持っていたと報告がありましたね。まぁ、デンゼリン男爵令嬢ですから、問題はないのでは?」
「オスカー様……。コゼットもか弱い女の子ですわ……」
「実技訓練場の魔物を乱獲するような女生徒は、か弱いとは言えません」
オスカー様はきっぱりと言い切った。
コゼットに対しては中々辛辣である。余程大変な思いをしたのかもしれない。
見た目だけなら可憐なのに。勿体ない事だ。
それと同時に、オスカー様がコゼットに対して恋愛感情のようなものを抱いていない事が分かり、安堵してしまった。
安堵と同時に自己嫌悪と罪悪感が湧き上がる。
私は自分の感情からそっと目を逸らした。いつも同じことを繰り返してしまっている私は、まるで成長がない。
今は思い悩むよりも行動するべき状況なのだからと、自分に言いきかせた。
オスカー様に促されるままに、私は洞窟に足を踏み入れた。
午前の爽やかな日差しが降り注いでいた屋外に比べ、一歩足を踏み入れた洞窟内は薄暗い。
管理されているという言葉通り、魔石を加工して作られているランプの灯りがぽつぽつと岩壁に設置されている。
光量は少なく、洞窟の端々は薄暗い闇が溜まっている。
ごつごつした岩壁は光に照らされた部分だけ橙色に見えた。時折魔石が岩壁から突き出していて、不自然に赤く光っている。
岩壁から掘り出すのは骨が折れそうだ。だから誰にも採掘されずに放置されているのかもしれない。
洞窟が崩れないようにきちんと木枠で固定されていて、オスカー様と並んで歩いても十分広いぐらいの通路が奥までずっと続いている。
湿気が強く、ややかび臭い湿った香りがした。
『やぁねぇ、辛気臭い場所だわ。オスカー様と一緒ならどこでも天国には違いないけど、それにしても辛気臭さすぎよぉ。若い二人が来る場所じゃないわよ。なんであんたたち、王都の小洒落たカフェとかでお茶してないのよ、信じられないわ~。初デートが洞窟ってぇ、どうなのそれ? 十六歳の初デートが、洞窟! 恋バナとしては大爆笑ものじゃないの』
そうはいっても、マリアンヌちゃん。
これはデートじゃない。デートじゃないのよ。
私は心の中でマリアンヌに返答した。
デートなんてはしたない行為ではない。断じてない。
あくまでも、自主校外学習のようなものだ。そうじゃなかったら、オスカー様と二人きりで出かけるなど、いけないことなのだから。
『あ、また出てるわよ、お堅いアリスベル。あんたの悪いところね~、オトコとデートするぐらい大したことないじゃないの~! ま、良いけど。ねぇ、でも、考えてもみなさいよ。人が大勢いる王都のカフェでランチするのとぉ、狭くて暗い洞窟で二人っきりの今よ? 完全に二人っきりなのよ? そりゃ守護天使のあたしはいるけども、二人っきりなのよ~!』
あまり二人きりという事を強調しないでほしい。
確かに私達以外に洞窟に人はいない。
いるとしたら、マリアンヌと、魔物ぐらいのものだ。
『あたしも魔物の親戚みたいなもんだけどね~!』
マリアンヌが自分で言った言葉が面白かったらしく爆笑している。
頭の中に響く笑い声から、私は意識を逸らした。
ちらりと、オスカー様を仰ぎ見る。暗がりに、黒いマントのに描かれた白い十字架がぼんやり浮かんでいる。
勇ましく素敵というよりは、洞窟の守護をしている死神剣士に見えてちょっと怖い。
今の感想は秘密にしておこう。マリアンヌには聞こえてしまっているだろうけど。
「……アリスベル様。地底蛸ですね」
洞窟の岩壁から染み出た湧き水の、さらに奥の暗がりから、ぬめっとした吸盤のある触手が伸びている。
地底蛸は地形の色によって、色彩を変える。
今は、壁に合わせて光に照らされた部分は橙色、半分は灰色をしている。
「地底蛸。この間食べたばかりです。案外、美味しかったです」
私はルーファスが作った地底蛸パイを思い出した。
ぬらぬらした触手は気持ち悪いけれど、一度食べてしまったからだろうか、斬新な食材に見えなくもない。
「まさか、デンゼリン男爵令嬢に無理やり口に入れられたのですか?」
「いえ、そういう訳ではないのですけれど……」
オスカー様はコゼットは私の口に無理やり食事を捻じ込むような人間だと思っているらしい。
慌てて否定するが、どうも納得していないように見える。
それはともかく私は戦闘準備のため、左手の腕輪に右手をそっと添えた。
地底だこは何本もある触手を使い岩壁をはってその姿を現した。色合いを除けば海産物の蛸にそっくりだ。
じりじりと岩壁を移動する蛸には敵意はなさそうだけれど、無害だと判断して通り過ぎると、思い出したように触手で襲い掛かってくると魔物の本には書いてあったので気は抜けない。
『いよいよ初陣ねぇ、やっちゃいなさい、アリスちゃん! 焼きダコよ~!』
「オスカー様、見ていてくださいね。焼きダコにしてやりますわ!」
マリアンヌの声に励まされて、私は気合を入れる。
オスカー様は小さな声で「焼きダコ……」と呟いた。
地底蛸を燃やすことを、焼きダコとは言わないのだろうか。
「危険があればすぐに加勢します。お気をつけて」
剣の束に手をかけて、オスカー様は短く言う。
あくまで見ているだけに留めておいてくださるようだ。
信用されているようで、嬉しかった。
「円環は巡り、森羅万象を司る神々よ、私の呼び声に応じその力を示せ、激しき炎の乱舞、火の神アグニ!」
以前実技訓練場で唱えた詠唱を、魔法書を読み込んで少しだけ変化させたものを私は唱える。
体の中を何か強い力のようなものが巡るのが分かる。
魔晶石の腕輪が輝き、地底蛸の体に小さな炎の塊がぶつかってはじけた。
地底蛸は香ばしい香りをさせながら、炎に巻かれる。
ぐねぐねとのたうち回って、湧き水が注ぎできた水溜まりへと、ぼとりと落ちた。
「やりましたわ、……って、あれ?」
『やったじゃない、格好良いわ、あたしのアリス、流石ねー! って、あれ?」
私とマリアンヌの声が重なり合う。
水溜まりの水で、炎は消し止められてしまった。
ぷすぷす煙は出ているけれど、地底蛸はまだ動いている。
焼け爛れた全身を、なんだかやたらと攻撃的な赤色に変化させた。
「も、もう一度……っ」
再び詠唱をしようとすると、それよりも先にのびてきた触手が私の足に纏わりつく。
するすると太腿に纏わりついて締めあげる触手を頼りに、地底蛸の体が宙に跳ね上がり、私の体にべったりと絡みついた。
「ひ、ひぇ……っ、うぁあ……っ」
痛みはないのだけれど、あまりの気持ち悪さに私は小さな悲鳴を上げた。
混乱した私をよそに、オスカー様は冷静に、地底蛸の頭部と思しき部分を無造作に掴んで私から引き剥がすと、剣で触手と頭部をすっぱりと一刀両断した。
切り離された触手はぱたぱたと地面に落ちる。
頭部もどす黒く色合いを変化させて、霞のように一瞬で消え失せてしまった。
洞窟の床には、地底蛸の触手と、小さな魔石がきらきらと輝きながら浮かび上がっている。
「……素材、拾いますか?」
なんだか、いたたまれないような、何とも言えない沈黙の後、オスカー様は私に尋ねた。
私は小さく頷く。
頷いた私が見たものは、地底蛸に絡みつかれた時に粘液で溶けてしまい、下着が見え隠れしている私の胸部だった。




