修羅場もしくは私の為に争わないでと俗に言われる三角関係 1
レオン様が私を背後に庇いながら言った。
「大丈夫か、アリスベル?」
「は、はい、大丈夫ですが……、どうしてレオン様がここに……、大変、オスカー様が……!」
レオン様と話している場合ではないと気づいた。
オスカー様は赤玉ドラゴンの爪を剣で弾く。
片手には長い剣を、もう一方には長剣の半分程の長さの短剣を手にしている。
短剣が、氷を纏ったように冷たく輝く。あれは、魔法剣なのだろう。
できれば一緒に戦いたい。けれど、魔法も十分に使えない私が傍に行っても、足手纏いにしかならないのは分かりきっている。
レオン様は私の両肩に手を置くと、幼い子供に言い聞かせるように優しく言う。
「アリスベル、ここから動くな。オスカーなら大丈夫だと思うが、見ているだけというのは情けないからな」
「レオン様……!」
「心配ない」
レオン様はそれだけ言い残すと、赤玉ドラゴンへと向かい駆けていく。
半獣族の血が濃いレオン様は、その身体的特徴も王妃様から継いでいるのだろう。
それは人が走っている姿、というよりは、草原を駆ける獣のように軽快で、目で追えないぐらいに早い。
オスカー様の刃が、ドラゴンの片翼を根元から切り落とす。
オスカー様を食いちぎろうとしているのだろう、大きく開かれたドラゴンの牙がのぞく真っ赤な口が遠目にもはっきりと見えた。
その巨大な顔が誰かに殴られたかのように横倒れになる。
レオン様が蹴り倒したようだ、
空中でくるりと一回転すると、ドラゴンの首の上に軽々と降り立つのが見えた。
『あぁ~……、アリスちゃん、良かったぁ……、腰が抜けたわよぉ……っ』
「マリアンヌちゃん……、私も、駄目かと思いましたわ……」
『ごめんねぇ、忘れてたの。コゼットちゃんとオスカー様とのイベントで、異常発生した赤玉ドラゴンに襲われるっていうのがあって、オスカー様の最強っぷりを堪能するイベントなんだけど、教えてあげなくてごめんね。まさか今起こるなんて……って、アリスちゃん、アリスちゃん、イベントよぉ!』
「イベントですか……」
『そーよ、オスカー様との親密度があがらないと起こらないやつよ! アリスちゃん、脈が、脈があるわよ、脈アリよ~!』
「脈はありますわ……、脈拍は、今はいつもよりも早いです」
『そっちの脈じゃないわよぉ! レオンがいるのはよく分かんないけど、オスカー様からアリスちゃんへの気持ちが確実に大きくなってるって意味よ!』
「っ、だ、だめですわ! マリアンヌちゃん、みだりに人の気持ちを言ってはいけません……、オスカー様に悪くて」
『良いじゃない~、下世話な勘繰りは得意分野よ~! なんか急に現れたレオンもまぁ、悪くはないけど、戦うオスカー様ってば素敵ね~! 二人とも頑張って~!』
先程の切羽詰まった声とはうって変わって、マリアンヌは気楽にドラゴンと交戦する二人に声をかける。
マリアンヌの気楽さにも頷けるぐらいに、オスカー様の強さは圧倒的だった。
騎士訓練所の屋根ぐらいある程大きな二翼を切り落とし、体勢を崩した赤玉ドラゴンが怒りの咆哮をあげながら尻尾を振り上げるのを、軽々と避けていく。
レオン様は赤玉ドラゴンの首の上や背に自在に飛び移りながら、その爬虫類のような、私の頭一つ分ぐらいはありそうな瞳を潰した。
レオン様の手は獣のような形に変化し、鋭い爪が伸びている。
硬い鱗を削ぎ落すように、その爪でドラゴンの皮膚を切り割いた。
赤玉ドラゴンの喉が不気味に膨れ上がる。
開いた口の奥に、炎の塊が渦巻いているのが見える。
「レオン殿下、詠唱を!」
「あぁ、分かった!」
オスカー様の言葉に、レオン様の力強い声が続く。
空を飛んでいるように一際高く舞い上がったレオン様が、制服の首元にいつもつけている繊細な首飾りを引きちぎると、ドラゴンに向かって投げつける。
「千年の孤独、閉ざされた地底に眠る氷塊、凍える冷徹、氷の魔女ヘル!」
首飾りの先端の魔石が輝く。
広い草原の温度が途端に冬の雪山にいるように低下した気がした。
光に反射して煌めく氷の粒が、ドラゴンの周りに浮かび上がる。
その全身が、足元からぴきぴきと小さな音をたてながら、霜が降りるように凍り付いていく。
それはドラゴンの体を急激に変化させた。喉元で渦巻いていた炎ごと氷漬けになったドラゴンを、オスカー様の剣が頭頂から打ち砕く。
赤玉ドラゴンの巨体は、粉々に砕け散った。
その体ははじめから何もそこには存在していなかったかのように消え失せて、後に残ったのは拳大の大きな魔石と、輪切りにした丸太のような形をした肉の塊、硬そうな赤い鱗と、真ん中に縦線の入った宝石のようなもの、あれは多分ドラゴンの瞳だろう。
大きな魔石は、くるくるとその場で回ったと思ったら、私の腕輪に勝手に吸収されてしまった。
魔力量の多い魔石を吸収して満足したのか、少しだけくすんだように見えた腕輪が、元の輝きを取り戻した。
私が何かしたわけではないのに勝手に魔石を取り込んでしまう腕輪が、まるで意思を持っているように思えて、お兄様には申し訳ないけれど少しだけ不気味さを感じた。
赤玉ドラゴンを退治してくれたレオン様が、私の元へと戻ってくる。
オスカー様は少し遅れてやってきて、一歩離れた位置で足を止めた。
「……アリスベル、怖かっただろう? 大丈夫か?」
「アリスベル様、お怪我などはありませんか?」
心配そうなレオン様のあとに、気遣うようにオスカー様が聞いてくれる。
私は襲われそうになった後は安全な場所でマリアンヌとお話をしながら見ていただけなので、何事もなく無事だ。
一応自分の体を確認してみる。
何かの拍子に破けてしまったのか、スカートの裾に切れ目が入っていて、動くとちらちらと足が見えた。
足の膝から上を他人に見せるのは慎みがないと言われていて、制服のスカートは膝よりも少し長い程度の作りになっている。
私は急いで破れた個所を手で押さえると、もしかしたら見えてしまった事を誤魔化すために曖昧に笑った。
「大丈夫です。オスカー様がお強い事は知っていましたけれど、レオン様も凄いのですね。助けていただいてありがとうございました」
どうしてここに居るのか物凄く気になったけれど、私はまずお礼を言う事にした。
助けてもらったのだから、お礼は大切だ。
色々と気になることはあったけれど、尋ね辛い。
そういえば、今日の朝もレオン様は木の上にいたことを思い出す。
実技訓練場は林があるので木が多い。レオン様がお好きなカブト虫が、沢山いるのかもしれない。
『いやいや、あのねぇ、……まぁいいか。カブト虫好きってことにしといた方が、世界が平和かもしれないわね……』
マリアンヌが何か言いかけて止めた。
私は何か思い違いをしているのかもしれない。
「ま、まぁな! オスカーがいなくても、俺だけでもアリスベルを守ることはできるから安心して良いぞ!」
レオン様の耳が分かりやすくぴん、と尖がる。
目元が赤い。なんだかとても嬉しそうだ。
生粋の半獣族の方とは違ってレオン様には尻尾はないけれど、ぱたぱたと揺れる尻尾の幻影が見える気がした。
『やだ、可愛い』
確かに、可愛い。
私よりも年上の男性に感じる気持ちとしては間違っているのだろうけれど、褒められて嬉しそうなレオン様は、まるで幼い少年のようで可愛らしい。
マリアンヌも可愛いと言っているので、きっとレオン様は可愛いのだろう。
今までは良く分からなかったけれど、可愛らしい方なのかもしれない。
「それは、出過ぎた真似を致しました。ところで殿下、何故このような場所に? 実技訓練場など、殿下の来る必要のない場所だと思っていましたが」
オスカー様の言葉は丁寧だけれど、驚くほど冷たい。
私に向けて話しているときにはあった親しみや優しさがどこかに行ってしまっている。
事務的な口調、というだけなら良いが、そこには怒りや苛立ちが含まれているように感じられた。
表情も、いつも不機嫌そうだけれど、今は更に不機嫌そうだ。
レオン様は腕を組むと、いつもの尊大な態度でオスカー様を睨んだ。
「オスカーこそ、こんな場所にアリスベルを連れだしてどういうつもりだ。本来いる筈もない赤玉ドラゴンにアリスベルが襲われたことについては、想定外の出来事だろうから不問にするが、アリスベルに実技訓練をさせるなんて危ないだろう!」
「誰のせいでアリスベル様が傷つき、私の元へ足を運んだと思っているのですか、殿下。私を咎める暇がおありでしたら、自分の行動を振り返ったらいかがですか?」
私を真ん中にして、二人が睨み合っている。
先程レオン様が氷魔法を使った時以上に冷たい空気が、草原に満ちている気がした。
この二人はこんなに仲が悪かったかしら。
仲が悪いという話は聞いたことがないのに、驚くほどに険悪だ。
『そりゃあ、あんた! 恋のライバルだもの~! アリスちゃんを巡った恋の戦争よ~! オスカー様の毒舌なんてはじめて聞いたけど素敵だわ、録音、録音機能はないのかしら……っ、でもでも、どっちも頑張れ!』
私は一生懸命マリアンヌの言葉を聞き流した。
私の為の争いなのかしら、などと思って浮かれている場合じゃない。
全ては私の我儘からはじまったことなので、誤解を解かなければいけない。
レオン様は次期国王だ。それに、オスカー様は聖クロノス騎士団の団長となる方なので、その仲が険悪であっては国のために良くない。
「あ、あの、違いますわ、レオン様! 私が無理を言って、この場所の使用許可を頂きましたの。オスカー様は、心配をして一緒に来てくださっただけですわ。ドラゴンからも、私を守ってくださいましたし。私、魔物を討伐するために、魔法の練習がしたくて」
「魔物を討伐? こんなに細くて小さくて可憐なアリスベルが? 駄目だ、危険だ。大切な体に何かあったらどうするんだ! 魔物なら俺が全部退治してくるから、アリスベルは心配しなくて良い。そうか、本当に優しいな君は……。魔物の脅威に晒されている国民達を憂いてそんなことを……。なんて尊い志なんだ……!」
レオン様が一人でぶつぶつ言って勝手に感動している。
感動してくださっているところ申し訳ないのだけれど、そういうつもりはこれっぽっちもなかった。
私は国民の皆様を守るために魔法を学びたいという訳ではない。
もっと個人的な理由からだ。そんな大きな志を持てるほど、私が強くなれるとは思っていない。
それはオスカー様や騎士団の方々の仕事だ。私が興味本位で首を突っ込むべき問題ではない。邪魔になるだけだ。
そのあたりはきちんと弁えている。
「……レオン殿下」
オスカー様が咎めるように厳しく、レオン様の名前を呼んだ。
その声音には明らかに棘があり、これは確実に怒っているということが分かった。
オスカー様が怒っているのは、レオン様の言葉に落ち込んでいた教会での私を見てしまったからだろう。
多少の蟠りはあるけれど、もう謝罪を受けているし私の中では解決している。
それでも、私の事で怒ってくださるのが、身勝手な思いかもしれないけれど素直に嬉しかった。




