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【電子書籍化*コミカライズ】夜の街のオネエ様に憑依されている私は、乙女ゲームの当て馬ちゃんと呼ばれています  作者: 束原ミヤコ


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放課後は実技訓練所で 1


 なんだか身が入らないまま午後の授業までを終わらせて、シャルルとコゼットに別れを告げると私は学園の奥にある騎士訓練所へと向かった。

 普段行かない場所に行くからか、奇妙な緊張感がある。

 いつもは授業が終われば寮に帰るか、夕方のお祈りをするために教会に行っていた。

 昨日はグレイ先生に会いに行ったけれど、会いに行く理由があった。

 オスカー様に会いに行くのは、また違うような気がする。


『愛を乞うレオンを振り払って、オスカー様の元に走るアリスベル! 良いわぁ、昼ドラみたいじゃない~』


「ひるどらとは何ですの? マリアンヌちゃん、人聞きの悪いことを言わないでくださいまし。私は、なんていうか、そういうのではありませんわ、まだ……」


 放課後の訓練所に足を運ぶ者は少ない。

 何か事故があったら困るので、勝手に訓練所の奥の実技訓練場には入れないようになっている。

 そのため、実技を磨きたければ王都の魔物討伐の仕事を手伝ったり、野外で自主訓練をする方が手っ取り早いからだ。

 これは今日それとなくコゼットに聞いた話である。

 彼女は妙に騎士の事情に詳しかった。「なんでそんなに知ってるのよ、騎士科に知り合いでもいるの?」とシャルルに言われて、どういうわけか言葉を濁していた。

 オスカー様も、コゼットの相手に含まれている。

 もしかしたら二人はもうすでに知り合いかもしれない。


『そういえば、あたしってばオスカー様ルートの話は、アリスちゃんに教えてなかったんじゃないかしら?』


「オスカー様と、コゼットのお話ですか?」


『そうそう。他のルートは全部話した気がするけど、オスカー様の話だけはしてなかったんじゃなかったっけ?』


「そうでしたかしら……。また私の婚約破棄が関係ありますの?」


『グレイ先生と一緒で、オスカー様の話もあんたは関係ないわね。あたし、お話の中で誰かが不幸になるのは嫌いなのよ。だからオスカー様推しってのもあるんだけど。オスカー様の話は至って平和よ、オスカー様の格好良さと筋肉を眺めてるだけで終わるわ』


「そうですの、眺めているだけで……」


『二人で魔物討伐に行ったりしなきゃいけないから、剣術やら魔術のステータスを上げなきゃいけないんだけどねぇ。オスカー様は生真面目で心の底から優しいから、中々感情を表に出さないのがまた良いのよ~。情緒があって良いのよね。あと筋肉』


「筋肉……」


『オスカー様とコゼットは、コゼットが魔物討伐っていうか、食材と素材集めしてる時に出会うんだけど。あ、コゼット男爵家から仕送り無くて貧乏だから、学園祭のドレスとかも自分でお金貯めて買わなきゃいけないのよ。で、魔物討伐して手に入れた魔石やら素材を換金して貯金してるんだけど』


「健気ですわ……」


 騎士訓練所への道を歩きながら、私は涙ぐんだ。

 食材として魔物を狩っている理由がお金がないからだなんて、秋にある学園祭の夜会用のドレスは大丈夫かしら、心配だわ。

 私も何か協力できることはないかしら。

 それにしてもデンゼリン男爵は許せない。

 仕送りもしないなんて、養父として失格だ。


『でしょ~、良い子なのよ、コゼット。もちろんアリスちゃんも可愛いわよ? 妬かなくても良いのよ?』


「嫉妬したりはしませんわ。私、コゼットのことは色々ありましたけれど、素敵なお友達だと思っていますし」


『あぁ、そう? 妬かないの……、そうなの』


 どういうわけか、マリアンヌが残念そうだ。

 マリアンヌがコゼットを褒めてもその通りだなと思うだけで、別に張り合おうなんて思わない。

 張り合う理由がないのだけれど、少しぐらいは拗ねてみたりした方が良いのかしら。

 マリアンヌは女性にはあまり興味がないと言っていたけれど。


『コゼットとオスカー様は、徐々に親しくなって、一緒に魔物討伐に出かけたりするのね。というか、一人でうろつくコゼットをオスカー様が見ていられなくて、ついてきてくれるようになるんだけど。そんなこんなで親交を深めて、最後はオスカー様がデンゼリン家の悪事を暴いてくれるの。デンゼリン男爵家は騎士団に捕縛されて、コゼットはオスカー様と結婚するのよ。一番毒が無くて良い話なのよ~、毒だらけの人生のあたしには、清涼感が身に染みるわ~』


「マリアンヌちゃん、毒を……っ」


『毒は身近にはないわよ? そんな世紀末みたいな世界で生きてないわよ、私は。毒ってのはぁ、しがらみのことね。大人になるとぉ、子供でもまぁ、あるんでしょうけど、色んないゃあな話を聞いたりしなきゃいけないのよ。せめて物語ぐらいは、辛くて苦しい現実から解放されたいじゃない?』


「マリアンヌちゃん……。私マリアンヌちゃんを頼ってばかりいて、ご苦労なさっているのに、配慮もできませんでしたわ。本当に、申し訳なく思います。私自分が情けないですわ……」


『ちょっとお、何湿っぽくなってんのよ? アリスちゃんが可愛いってだけで、今のあたしは割と毎日人生薔薇色なんだから、心配してんじゃないわよ、子供のくせに』


「はい……。でも、私で良ければ、マリアンヌちゃんの力になりたいですわ」


『んふふ、ありがと。その言葉だけで十分よ。さ、気合入れていきなさい! オスカー様が待ってるわよ!』


 マリアンヌちゃんに叱咤激励されて、私は俯いていた顔をあげる。

 騎士訓練所の門と、訓練施設の魔物を閉じ込めている広場の柵が近くに見えた。

 緊張をほぐすために、一度深く深呼吸する。

 訓練所の扉を遠慮がちに叩くと、中から「あいているので、どうぞ」というオスカー様の声が聞こえた。


 剣術の授業を受けたことはないため、騎士訓練所に来るのははじめてだ。

 扉を開くと、なにもない広い空間があった。

 壁には王国の紋章の描かれた大きなタペストリーがかけてあり、剣や槍といった武器が飾られている。

 オスカー様が窓辺に座り、剣を磨いている。

 制服の上着を脱いで、白いシャツだけの姿だ。捲られた袖から、鍛えられた太い腕が見える。

 筋肉、と思わず心の中で呟いた。

 マリアンヌに言われていたためか、つい普段見ないような場所に注目してしまう。

 黒に近い濃い赤色の髪が、陽光に照らされていつもより明るく見える。

 意志の強そうな薄青色の瞳が睨むように私を見たあと、すぐに驚きに見開かれた。


「アリスベル様、申し訳ありません。ご無礼を。あなたに扉を開かせてしまうなど……!」


 手入れしていた剣をテーブルに置くと、オスカー様は立ち上がり私に深々と礼をした。

 私は見慣れない訓練所の室内を見渡しながら中に入り、オスカー様の前で立ち止まる。


「私だって扉くらいは自分で開けますわ。オスカー様、私にそう遠慮なさらないでください」


「ですが」


「扉を自分であけただけで謝られては、何もできなくなってしまいます……」


「アリスベル様、……すみません。つい、堅苦しくなってしまって」


「いえ、私の方こそ我儘を言って申しわけありませんわ」


 挨拶もまだなのに謝りあってしまった。

 なんだか楽しい気持ちになって、私はオスカー様と顔を見合わせると、小さく声を立てて笑った。

 オスカー様は眩しいものを見るように、私を見て目を細める。


「あぁ、私ったら……、オスカー様、ごきげんよう。急にお邪魔してしまいましたが、大丈夫でしたでしょうか?」


 笑い声を立てるのは良しとされていないのだけれど、ここでまた謝ってしまったらいつまでも終わらない気がして、一先ず挨拶をすることにする。

 オスカー様も胸元に手を当てて、もう一度正式な礼をしてくださった。


「アリスベル様を招待するには相応しくない場所ですが、もし良ければお座りになりますか?」


「ありがとうございます」


 オスカー様が訓練所の端に並んでいる木の椅子を持ってきて、一番大きな風通しの良さそうな窓際に置いた。

 窓辺からは、実技訓練場の広い野原が見える。

 野原の奥には林があり、飼育されている魔物がちらちらと顔を覗かせている。

 促されるまま私は椅子に座った。

 オスカー様が私の足元に膝を付こうとするので、慌てて首を振った。


「あ、あの、私、できればただの、学園の後輩のアリスベルとして扱っていただきたいのですけれど……」


「そうでしたね。これもつい、癖で。まだ、少々葛藤もあります。……気を付けます」


 オスカー様は困ったように眉根を寄せから、少し悩んだ後で窓辺に軽く背を預けて立った。

 我儘を言ってしまっているのは分かっているけれど、あまり畏まられても会いに来づらくなってしまうので、慣れてくれると良いなと思う。


「剣の手入れをしていらっしゃったでしょう? ご迷惑ではなかったでしょうか……?」


「いえ。剣の手入れならいつでもできますので。……今日は、どうされましたか?」


「それが、折り入ってご相談があるのです」


「相談?」


「実は、私の兄のソルト・レミニスから、ある物を貰い受けたのですけれど」


 私はそこでふと、マリアンヌがあまりにも静かな事に気づいた。

 マリアンヌの推しであるところのオスカー様と会っているのに、今日は悲鳴もあげていないどころか、一言も発していない。

 大丈夫かしら。

 心配だわ。


『大丈夫よ……っ、今必死に若い二人のお邪魔虫にならないよーに口に南京錠かけながら、尊さを噛み締めてるところだから、気にしないで続けてちょーだい……!』


 絞り出すような声が頭の中に響いてほっとしながら、私は学園用の鞄の中からお兄様に頂いた腕輪を取り出した。

 オスカー様に手渡すと、興味深そうに眼前に翳して暫く眺めていた。


「ソルトお兄様は、趣味で魔石を武具に加工しているのですけれど、それは魔石を錬成したもの、らしいんです。魔石と違って、魔力を失わずに半永久的に使えるのだとか……」


「それは凄いですね。確かに私の知っている魔石の腕輪とは、違う気がします」


「オスカー様も、魔石を扱いますの?」


「魔石のはめ込まれた剣などは、魔法を刃に纏う事が出来ます。ある種の硬い皮膚を持った魔物などには有用なので、一本は帯剣するようにしています。ただ、どうしても使い捨てになってしまうので、それだけが問題ですね」


「そうなのですね。この腕輪がどの程度完成されたものかは分からないのですけれど、お兄様に剣も作るようにお願いしておきますわ。完成したら是非お使いくださいまし。お兄様も喜びますわ。……あっ、でも、それではお兄様の試作品の実験になってしまいそうなので……、きちんと完成したらにしますわね」


「勿体ない事です。魔石剣は高価ですから、もし完成したらきちんと購入させて頂きます。無償で頂くわけにはいきません」


 やんわりと、オスカー様は私の申し出を断った。

 喜んで下さるかもしれないと思って浮かれていた自分が恥ずかしい。

 羞恥に頬に熱が集まるのが分かる。

 確かに、この腕輪も高価だとルーファスは言っていた。剣に加工するとしたら、もっと値が上がってしまうかもしれない。

 そんなことも考えずに差し上げると簡単に言ってしまい、オスカー様を困らせてしまった。


「……ごめんなさい、私、オスカー様の役に立てるかもしれないと思って、先走ってしまいましたわ」


「アリスベル様、その、私はいつも言葉が足りなくて。……お気持ちは有難いですし、とても、嬉しいです。ただ、価値あるものにはきちんと対価を払いたいんです。それが武器なら、余計に」


「えぇ、分かりましたわ。……あの、対価といっては何ですけれど、まだこの腕輪は試作品みたいなんです。つまり、きちんと使えるかどうかが分かりませんの」


「使用したことがない、ということですか?」


「お兄様は試しに使ったかもしれませんけれど、私は魔法を使った事はありませんわ。魔物と戦うというような経験も、ないので」


「それはそうでしょう。アリスベル様は、魔物と戦う必要はありません」


「私もそう思ってきましたけれど、でも、折角腕輪を頂いたので魔法の練習したいなと思いまして。……できれば実技訓練所の使用許可を頂きたいのです」


 私の申し出に、オスカー様はなんだか怒ったような表情を浮かべる。

 怒っているわけではないのだろうけれど、元々の顔の造形の所為だろうか、眉間に皺が寄るだけで中々の迫力がある。

 オスカー様の性格を知らなければ、きっと怖いと思って近づいたりはしなかっただろう。



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