爆ぜて欲しい系婚約者からの謝罪 2
私は今まで、第一王子として威風堂々と振舞っているレオン様しか見たことが無かった。
コゼットじゃないけれど、今のレオン様は借りてきた猫のように大人しい。
レオン様の口から、こんなに素直に謝罪の言葉が聞けるとは思えなかった。
確かに私は傷ついたけれど、真っ直ぐな謝罪の言葉を受け入れないというのは、いけない。
クロノス様は全ての罪人を許し、受け入れてくださる。
私もクロノス様のように、慈悲の心をもってレオン様を許さなければ。
――許さなければいけない。
『許すんじゃないわよ、許すんじゃないわよ~』
マリアンヌの呪詛の言葉が頭の中に満ちる。
私だって、許したくなんてない。
できれば不実を詰って、傷ついたと泣いて、嫌いだと吐き捨てて、ついでにレオン様なんてはぜてしまえば良いと思う。
『そう思うならそうしなさいよ! 淑女の嗜み~なんてくそくらえよ、あんたは我慢しすぎなのよ!』
でも、そんなことは許されなくて。
『あたしが許すわよ~! アリスベル、あんたはちょおっと謝られただけで浮気男を許すような、安い女じゃないのよ、そこんとこ分からせてやんなさい!』
――分かったわ、マリアンヌ。
王家に歯向かうなんて恐ろしい事だけど、頑張ってみる。
「……レオン様、私は今まで、努力してきました。婚約者として、王妃になるものとして、相応しい存在にならなければと、思ってきました」
「実際、アリスベルは相応しいだろう。何の落ち度もない、完璧な婚約者だ。……だから、俺はアリスベルが不遇な生い立ちのコゼットを、庶民だからと嘲ったのだと勘違いして、君を罵ってしまった。しかも、俺の事が好きだからだとまで思って、嫉妬などと言って……。情けないよな」
「あの状況ではそう思うのも、仕方ないかと思いますわ。でも、だからこそ本音が出てしまうと言うものです。レオン様にとって私は、ただ真面目なだけのつまらない女なのでしょう? きっと、そんな私を愛してくれる方は他に居ますわ。……ある方は言いましたの、男なんて星の数ほどいるそうですわ」
「誰がそんなことを言ったんだ……! アリスベル、確かに男は俺以外にもいるが、それは駄目だ。婚約者は俺だ」
レオン様が慌てている。
萎れて垂れていた耳が、驚いたからだろうかぴくんと真っ直ぐに立った。
『うるさあぁぁい! 普段偉そうな男がしゅんとなって可愛いわねって、ちょっと思っちゃったけど、でも駄目よ~! あたしのアリスを傷つけた罪は重いわよ!』
「コゼットは、レオン様との裏庭での一時はただのお詫びだったのだと、誤解だと言いましたけれど、レオン様には好意があるのでしょう? コゼットは可愛いですし、私とは違って刺激的な女性ですもの。それに、生まれも不憫ですわ。だからレオン様はどうぞ、コゼットを守ってくださいまし。私は私で、別の方をみつけられるように努力しますから」
「アリスベル、落ち着け。誰に何を言われたのかは知らないが、俺はアリスベルの事を……。その、なんていうか、あぁもう、駄目だ、何て言えば良いんだ!」
『知らないわよぉ!』
レオン様がさらさらの銀の髪を掻きむしる。
ぐしゃぐしゃにかき回したせいで、髪形が乱れている。
私は呆気にとられながら、その様子を眺めた。
もっと物事をはっきり言う方だと思っていたのに。
「……ソルトから、お前の兄から聞いた。……俺の婚約者に選ばれてしまった事で、アリスベルは自由を奪われたんだと。レミニス家は中央から遠く、田舎者だとアリスベルが侮られないように、王都から派遣された教師に厳しく教育されたと言っていた」
南の領地は王都から比べてしまえば田舎というのは間違いない。
婚約者に選ばれる前の私は、レミニス侯爵家の領地が豊かだということもあり、お金のために政略結婚する必要もなかったので、ソルトお兄様やルーファスと共に子供らしい生活を送っていた。
レミニス領は王国の南の端。アルテミス魔国や、リンドブルム獣王国に隣接していて王都からは遠い。
種族や生活様式や文化も、王国の中心に比べたらかなり他国と混じっている。
それに慣れてしまっていた私が、王妃としての教育を十歳から受けるというのは、無理があったのかもしれない。
派遣された専属教師は、レオン様のお母様である王妃様が遣わしてくださった方だった。
とても厳しく、怖い方だった。
ルーファス以外には、体罰については話していない。
誰にも言わないでと頼んでいた。私が不出来だから悪いのだと思っていたし、お母様やお父様を失望させたくなかった。
――お兄様からは、何か言葉をかけられたという記憶はない。
気にしてくれていたのだろうか、お兄様なりに心配してくれていたのだろうか。
『そりゃ、家族だもの~、気にするわよ。あんたが思ってるほど、あんたは隠すのが上手じゃないのよ。でもあんたが必死だから、きっと黙って見てたんだわ。見守るだけが優しさだなんてあたしは思わないけど、いろんな考え方があるからね……。あんたのお兄様とやらが冷たいとはいいきれないし、難しいわね~……。家族って、難しいのよ』
しみじみと、マリアンヌが言う。
マリアンヌにも、悩んだ経験があるのかもしれない。
何かに困ったり悩んだりしているのは、私だけじゃない。
コゼットだってあんなに明るいのに、デンゼリン男爵家では酷い扱いを受けている。
「……シャルルは、王家に近い。ティグレの婚約者に選ばれても、左程苦労しているようには見えなかった。性格もあるだろうが。俺はだから、シャルルを基準で考えていて、アリスベルの苦労を思いやった事が一度もなかった」
確かにレオン様やティグレ様と幼馴染だったシャルルは、王家の気風に良く馴染んでいるのだと思う。
それにシャルルならば、強い言葉を投げかけてくる教師に毅然と言い返しているだろう。
私にはそれができなかった。
そうして自尊心は圧し折られ、歪んだ人形が出来上がった。
マリアンヌに出会わなければ私はどんどん歪んでいって、粉々に砕け散っていただろう。
『アリスちゃん……。うぅ、幸せになるのよ。あんたの人生これからなんだからね。どうしてくれようかしら、この馬鹿王子を。一応口じゃ反省してるようなことは言ってるけど、言うだけなら簡単よ。それにあんたの境遇に同情して、優しくしようってのは気に入らないわ~。これだから、単純馬鹿はいけないわ。不幸な女子に弱いのよこいつは』
「アリスに対して不誠実な態度を続けるつもりなら、さっさと妹を解放しろと言われた。……でも、俺は、それではあまりにも自分が許せない。努力する。だから、やり直させて欲しい」
「……コゼットが好きなのではないのですか?」
今日の昼間、同じような質問をコゼットにもした気がする。
ここでお互いに気持ちがあるのなら、丸く収まっていたのにコゼットは違うと言った。
レオン様は、よく分からない。
やり直すも何も、レオン様と私の距離は最初から縮まってなんていなかった。
「好き、というかなんというか、愉快な人間だとは思うし、養父に酷い扱いを受けているのに表に出さないのは凄いなと思う。俺の国の民の一人として、守るべき相手だと思っている、恋愛感情があるわけじゃない。いや、多少はあったのかもしれない。気づいたときにはアリスベルが婚約者だと勝手に決められていたから、反発したい気持ちもあった。道を、はずれてみたいと。……子供、だな。嫌になるよな」
「……レオン様」
『ちょっとおお? あんたが同情してどうすんのよぅ! 馬鹿男の身の上話に絆されてるんじゃないわよ!』
そうだった。
レオン様も色々と思うところがあったんだなと思うと、可哀想になってしまった。
同情だけで傍に居て欲しくないと思っていた筈なのに。
でもレオン様に怒っていた筈の私の気持ちは、すっかり萎んでおさまってしまっていた。
『あんた、生真面目な上にお人好しで騙されやすいでしょ。あたしには分かるわ。悪い男にころっと騙されるタイプよ。いや、レオン王子も別に悪人って訳じゃないんだけどさぁ……。根は単純で素直でお人好しなのよね』
「……アリスベル。俺は反省して、考え直した。俺が王になった時、君に隣に居て欲しい。俺はティグレよりも出来が悪いし、他者の気持ちも慮れない愚か者だ。隣に、君が居てくれないと、……もっと駄目になると、思う」
『な、なによ……、可愛いじゃないの……っ、図体のでかい不遜な男が小さくなって謙虚なことを言ってるわよ、可愛いわね、俺様と思いきや母性本能くすぐってくるなんて中々やるじゃない……!』
どうしよう、マリアンヌが絆されている。
私も思わず手を差し伸べてしまいそうだ。
私が居なければ駄目なのねと、納得してしまいそうになってしまった。
でもレオン様は今はこう言っているけれど、コゼットと私が親しくしていれば、レオン様とコゼットの距離が縮まることも十二分にあり得る。
だって、レオン様は私のことが嫌いじゃない、というだけ。
王妃としてつくられた私は本当の私じゃない。
レオン様に必要なのは、王妃として正しい私。
勘違いをしてはいけない。
そこには打算的な感情があるだけ。
『そこまで計算できる子じゃないと思うわよ、レオンは単純馬鹿だもの。でも、アリス。レオンに義理立てする必要はないわよ。レオンがどうしてもアリスちゃんと結婚したいってんなら、せいぜい頑張んなさいって感じよね~。今のレオンの好感度は底辺でしょ。ルーファスやオスカー様やグレイ先生と同じスタート地点にも立ってないもの。いわば地中よ。地の底に埋もれてるようなもんよ。ね~、アリス?』
それは全員コゼットの相手、ではないのかしら。
皆素敵だなとは思うけれど、恋愛感情があるかと言われると、私にはよく分からない。
『これからよ、これから』
「……レオン様、私どうしたら良いのか、わかりませんわ。……ただ、謝罪の言葉は受け入れさせていただきます。もう私には王妃としてふさわしいふるまいを続けるのは、難しいと思います。つまらない女と言われるのは辛いのです。私、王妃教育に縛られて自分を見失いかけていましたの。……今は、少しでも、学園生活を楽しみたいと思っています」
「アリスベルが辛い思いをしたのは、俺のせいだ。……俺も、君に協力させて欲しい。君を傷つけた罪がなくなるわけじゃないが、少しでも償いたい」
『ううん……、めちゃくちゃ反省してきてるわよ、こいつ。どうしましょうねぇ』
「……はい。……レオン様、ありがとうございます」
私が小さな声で頷くと、レオン様は若干表情を明るくしながら、私を見た。
萎れていた耳が、ぴくぴくと揺れている。
それはそれは嬉しそうだ。とても分かりやすい。
『そうなっちゃうわよねぇ……、あんた良い子だもの。ずっと怒っちゃいられないことぐらい、分かってたわよ。せいぜいあたしのアリスちゃんが優しい事に感謝して、宝石でもドレスでも高いのを貢ぐ事ね! あんたなんて顔の良さと立場ぐらいしか今んとこ良いところないんだからね~!』
マリアンヌが頭の中で捨て台詞を言っている。
レオン様にそんなことを言ってはいけないと思う反面、私では言えない言葉が溢れるように出てくるのが面白くて、少しだけ愉快な気持ちになった。




