第1話:「現代最強の魔法使」 #2「最初の魔法使い」
「お母さんを、傷つけんといて・・・・・・」
「と、も・・・・・・?」
目を覚ました少年は、母親の腕に抱かれたままの状態で真っ直ぐに巨獣を見据え、同じく真っ直ぐに巨獣の方へと腕を伸ばしている。その上、巨獣を見つめる少年の瞳と全身は、薄く金色に輝いて見えた。
「お母さんは傷つけさせへん・・・・・・」
そう言って少年は、腕を伸ばしたまま手を扇ぐようにして振り下ろす。すると、黒煙や土煙に覆われて煤けているかのような空が、母子と巨獣の頭上だけ晴れ上がり、その晴れ間から一筋の鮮烈な光が射し込んだ。
「虐殺の陽光」
射し込んだ光は、スポットライトを当てるがごとく巨獣を照らす。そうして間もなく、巨獣はけたたましく、そして痛々しい絶叫を響き渡らせた。母親がじっと見てみると、どうやら巨獣の身体が崩れ去っていっているようだった。
(何、何が起きとんの? これはともがしてんの?)
母親は自身の目の前で繰り広げられる不可解な現実への困惑を頭の中で巡らせる。そうしてグリフォンのような巨獣に釘付けになっていた視線を、ゆっくりと我が子の方へと向ける。
変わらず瞳も全身も金色に輝いている少年は、その色には似つかわしくない冷徹なほどの眼光で、巨獣を射るように捉えている。
「ギィエエエエ!!!」と耳を劈くような咆哮を最期に、巨獣の身体はことごとく崩れ去り、消滅した。
巨獣の消滅を確認すると、少年は精も根も尽きたかのようにフツりと意識を手放すと、母親の腕の中で溶けるように眠りについた。
ー10年後ー
「・・・・・・な〜んちゅうこともあったなぁ」
うんうんと一人頷いてそう口にするのは、あの日の少年の母親、土井 咲蕾だ。咲蕾はどこか楽しげに昔語りをしながら、手際よく魔法薬の調剤を進める。
「その話、こんで何回目?」
咲蕾の立つカウンター型の調剤室の目の前に座り、頬杖を着いて話を聞いている萌葱色の学生服姿の少年は、飽き飽きした様子で咲蕾の昔話にそう返す。
「えぇ? 何回目でもええやん。あの頃のともは可愛かったし、お母さんのこと助けてくれた時はかっこよかったでぇ?」
「はいはい、どうせ今は可愛らしくもかっこよくもあらへんですよ〜」
べぇと舌を出してあしらうように言う少年、土井 智光に、咲蕾は「んふふ」と控えめに笑うと、「今も可愛いし、かっこええよ?」とフォローを入れてやる。智光は、ふーん、とでも聞こえてきそうな不貞腐れた顔で咲蕾の方をジロっと見る。咲蕾はまた控えめに笑って、調剤を続ける。
「それにしても、ともが怪我して帰ってくるなんか珍しいやん。どないしたん?」
咲蕾は智光に尋ねながら、彼の右頬を見る。そこには、ガーゼの部分に若干血の滲んだ、大きめの絆創膏が貼り付けられていた。
「いや、別に魔獣討伐でヘマしたわけとちゃうんよ? ただ、ちょぉ〜っと変な場所から魔獣が飛び出してきてな? 反射的にえいや〜って迎撃したら、じゃぁっかん攻撃を相殺しきれへんかっただけやから」
頬杖を着くのを止め、首を傾げたり手を振ったりしながら、智光は苦し紛れの言い訳をペラペラと並べ立てる。
「つまり、油断してたら魔獣に奇襲仕掛けられて、反射的に迎撃まではできたけど、咄嗟のことで威力を調整できずにちょっと攻撃食らってしもた、と」
智光が言い訳交じりで遠回し遠回しに表現した報告を、咲蕾は的確にまとめてやる。それを聞いた智光は、「あそうそう、要約するとそんな感じ〜って、ちゃうわ!!」と、実に大阪人らしいノリツッコミを披露する。負けず嫌いな性格ゆえに、智光は自分が負けたと思ったことについて、素直にはそれを認めたがらない。特に、自分の得意なこと、とりわけ魔法における敗北感への頑固さは他の比ではない。
「キレ〜なノリツッコミどうもありがとう。って、言うてる間にできたで」
笑いながら言って咲蕾が薬の入った瓶を差し出した。瓶に入っている薬は、まるで絵の具の着いた筆を洗った水のような、鮮やかなピンク色だった。
「・・・・・・これ、ホンマに飲んでいけるん?」
渡された薬瓶を、汚れた物を持つかの如く右手の親指と中指で摘み、顔の斜め前に持ってくる。まるっきり怪しい何かを見る目でそれを見ると、苦々しく口角を引き攣らせる。
「大丈夫大丈夫。飲んで死ぬようなもん入れてないから。ほら、あれや、桃のジュースみたいなんやと思て、こう、グビっと。な?」
「『な?』やないわ『な?』や」
呆れたように一瞬の間を置いて言うと、智光は顔に寄った皺をより一層深くする。
「しかもそれ、本気で桃のジュースや思て飲んだら、盛大に吹き出すやつとちゃうの? あの有名な魔法映画の主人公みたいに」
「それは骨生やす薬やのうて、傷を癒す薬やからいけるいける」
「絶対いけんやつやろ・・・・・・」
ボソッと智光が言うと、咲蕾はふぅと鼻でため息を吐いて、智光の持っている薬瓶の栓を開ける。
「つべこべ言うてんと早よ飲み!」
咲蕾にそう急かされ、智光は渋々といった面持ちで瓶の注ぎ口に口をつけると、覚悟を決めたように目を瞑ってグッと呷り、勢いよく飲み干した。薬を飲み終えて「ぷはっ」と息継ぎをすると、智光は複雑な表情を浮かべる。
「ホンマにちょっと桃みたいな味するの何なん? ほんで、あんなけヤバそうな色してた割に美味い部類に入る味なん、めっちゃ腹立つわ」と、早口で捲し立てるように言うと、智光はある一つの事実を思い出した。
(そうやった、おかんが作った食いもんとか飲みもんは、心配なるくらいの材料とか調味料とかの割に、毎度毎度奇跡並みに美味いんやったわ)
心の中でそう呟くと、智光は自分の頬を触って、貼ってあった大きめの絆創膏を、爪を立ててペリっと剥がす。そして、絆創膏の下をペタペタと触ったところで、大袈裟なため息を吐く。コロコロと変わる我が子の態度を見て、咲蕾はニコニコと楽しげに、そして、どことなく満足げに笑みを湛える。
「治ってよかったなぁ、ほっぺたの怪我」
にんまりと笑って言う咲蕾に、智光は顔を背けて一言、「そうやね」と可愛げなく棒読みで答える。照れ隠しをする時は決まって顔を背けて棒読みになることを知っている咲蕾は、口元に手を当ててクスクスと笑う。
「じゃ、部活には出るつもりにしてるから」
ムスッと口を結んでしかめっ面を見せ、智光は捨て台詞のように言う。そうして、カウンター型の調剤室の目の前に備え付けられた、背もたれ付きの脚の長い椅子からひょいと降りる。そんな我が子の後ろ姿を見送りながら、「晩ご飯は?」と笑いの余韻の残った柔らかな声で咲蕾は問い掛ける。
「いる。し、そんな遅ならん」
「そう。気ぃつけや」
振り返ることなく相変わらず無愛想に短く返事をする智光に、咲蕾もまた変わらず、柔らかく温かい声色で我が子の安全を心配する言葉を掛ける。
「・・・・・・薬、助かったわ」と、智光は不意に歩みを止めてそう言う。そうして、数秒の間逡巡して頭だけ振り返ると、「ありがとう」と気恥しそうに言って扉を開けて出掛けて行った。
「ホンマ、素直なんかそうやないんか、よう分からん拗れ方してんなぁ」
両腕を腰に当てて呆れ混じりにそう言うと、咲蕾は調剤室に戻り、ホチキスで留められた資料を見ながら薬の調合を始めた。調合をしながら咲蕾は、智光へ対するまた違った呆れをぼんやりと呟き出す。
「あの子、癖さえ知っとったら嘘吐いてるかホンマに分かりやすいなぁ」
智光は嘘を吐いたり隠しごとをしたりする時、いつも以上に身振り手振りが増え、大袈裟になる傾向がある。それを知っている咲蕾は、智光がなぜ怪我をしたのかを問われた際の反応で、智光が何かを隠して嘘を吐いたことを見抜いていた。
(そもそも、ともが今更並の魔獣相手に後れを取るわけがない。これまで何回も色んな魔獣と戦ってきたともは、踏んでる場数がちゃう。変な場所から飛び出してくる言うても、魔獣が潜める場所なんか知れてある。そうやとしたら・・・・・・)
「さしづめ、ピンチの仲間を庇ってダメージ受けてしもうたってとこか」と、殆どノールックで調剤を進めながら、咲蕾は一人そんな推測をして結論を出した。
十年前のあの日、智光は巨獣が携えて襲撃に使用してきた魔法の力を手に入れていた。戦闘機を両断したのも、グリフォンのような巨獣の魔法によるものであった。魔法を持つ空のひび割れから現れる獣たちは、その後に魔獣と名をつけられ、魔獣の出現するひび割れは、リフトと名称づけられた。そして、幼い智光の血液や細胞、及び、討伐したグリフォン型の魔獣の血液や細胞、遺伝子の解析により、日本政府の研究チームは、その中に存在する魔力を発見した。
研究が進められる中で、魔力には、火、水、木、土、風、光の六つの属性があることが判明し、智光が魔法を使用する際の魔力の状態を観測することで、魔法を使用するための過程を解明し、魔法を使えない者に魔力を知覚させることで魔法を使えるようにする技術を開発した。
そうして、政府は自衛隊員の中で有志かつ素行の良好な者にのみ、当該の技術によって魔法を使用できるようにし、新たに魔法術自衛隊を結成し、智光をその最高位である術将に据えた。その後は智光が他の隊員たちを取りまとめ、かつ最前線で戦闘をしている。そのため、単純な魔法の戦闘力だけでなく、魔獣との戦闘の場数においても、智光は圧倒的なのである。




