第十話「夜明けの広場」
夜明け前に、ハルヴィオが広場にいた。
また、絵を描いていた。
ミーナが、水を持って来た。
最初の日と、同じように。
「また描いているんですか」とミーナは言った。
「夜明けの広場を描いたことがなかったので」とハルヴィオは言った。
「夜明けは、どんな光ですか」
「今からです」とハルヴィオは言った。「一緒に見ますか」
ミーナは、隣に座った。
広場の端に、二人で座った。
空が、少しずつ明るくなっていった。
最初は、濃い青だった。
それが、薄い青になった。
橙が混じった。
金色が来た。
石畳が、光を受けた。
一枚一枚の石が、光を持った。
「きれいですね」とミーナは言った。
「きれいです」とハルヴィオは言った。「毎朝、こんな光があったんですね」
「気づきませんでした」とミーナは言った。
「よそから来た者が気づかせてくれることがあります」とハルヴィオは言った。「あなたが、川の話をしてくれて、気づいたことがあります」
「何に気づきましたか」
「フィレンツェを離れたくないということに」とハルヴィオは言った。
「フィレンツェが好きになりましたか」
「フィレンツェの、一人の人が好きです」とハルヴィオは言った。「はっきり言います」
ミーナは、広場の光を見ていた。
「はっきり言いますね」と言った。
「絵師は、直接描きます」とハルヴィオは言った。「回り道が苦手です」
「私も」とミーナは言った。「好きです。はっきり言います」
ハルヴィオは、ミーナを見た。
それから、画板を持った。
描き始めた。
「今描くんですか」とミーナは言った。
「夜明けの光は、今しかありません」とハルヴィオは言った。「この光と、あなたの顔を、一緒に描きたい」
広場に、夜明けが来ていた。
石畳が、金色に輝いていた。
川の方から、鳥の声がした。
フィレンツェの朝が、始まっていた。
(第十話 了)
夜明けの絵師――フィレンツェの恋 完




