第211話:眠らない街
一行はアーデント伯爵の城に到着し、伯爵が用意した晩餐をいただく。
Sクラスのクラスメイトたちは、街の入り口から伯爵の後ろをついていき、その時見た街の感想を話していた。
「夜なのに領民たちの活気が、他の街の昼と変わらないわね」
ルヴィリスがそう話し、セルフィリアが答える。
「ここは国境に近い街だからね。戦時中なら最前線なのだろうけど、今は平和だしね。こうやって王国とも国交は盛んだし人の往来も多いのよ」
そういうとアーデント伯爵が話す。
「王国と帝国が大規模な戦争になったのは、歴史的にもファリオン聖王国の滅亡の後、十年ほどですな」
「ええ、歴史ではそうですね。たしか、旧聖王国の領土の割譲が原因で、揉めに揉めた末だと伝えられていますね。勇者たちは人間同士の争いには辟易して不参加でしたが、人間はいつも愚かです」
オリヴィアのその話を聞くと、アーデント伯爵も返す。
「左様でございます。今となってはこうやって何事もなく暮らせていますが、あの時代のこの街は常に戦火に巻き込まれていたようです。それに他の地域でも帝国と王国の国境付近は、しばらく小競り合いが幾度となくありましたが」
マルクが話す。
「それが今じゃ平和になって、あれだけの活気あふれた街になったということなのか。本当にすげえな」
それを聞いた伯爵は微笑みながら話す。
「終戦後、ここの統治を任された先代たちが、国境付近ですが商業を中心に発展させると決め、国家間の関税などの調整をした結果、各地の商人たちがこぞって集まるようになりましてな」
そういうとディアドラが話す。
「商人たちが集まるということは、それだけ金が集まる。それを求めてさらに人が集まるということか」
「その通り。あとはこの街の民たちの教育水準を上げるということで、領民の教育機関を新設し、この街ならではの商業に特化した教育をするための施設も建てましたな。ただ、戦後の数十年は遺恨もあり、和平を結んだとはいえ国交も中々進展しませんでした。しかし、教育レベルを上げた領民たちの尽力により遺恨も薄れ、そしてこの街はさらに発展していったということです」
それを聞いたエルスメリアは話す。
「なるほど、たしかに民の教育水準が上げ相応の人材が確保できれば、それだけできることが増えます。将来を見据えた素晴らしい政策ですね」
それを聞いた伯爵もうれしそうに話す。
「まさにそうですな。自分たちはこの一生で終わりですが、この街は領民と共にこれからもずっと存在し続けるのです。後進を育てるのも上に立つ者の責務。自分たちが良ければ、次のことは考えないというのは統治者として失格ですな」
それを聞いたSクラスのクラスメイトたちは真剣に聞いている。
伯爵は言葉を続ける。
「あなたたちの中には王国の貴族たちもいる。それも高位貴族であられる。領民を慈しみ育て上げ、自分たちの死後も領地が繁栄するように、任せられるものを見極めて育てていかなければなりません。それが統治者としての責務であり、そうしてこそ、我々が代々貴族という身分であり続けられるのですよ」
そういって伯爵は皆を見渡す。
四聖華や王女と皇女、ベアトリクスは先人の言葉をありがたく受け止める。
「少々説教じみたことになってしまいましたな」
そう伯爵が苦笑いをするが、オリヴィアが話す。
「いえ、こちらこそ大変貴重なお話を聞けて勉強になりました」
それを聞いた伯爵は、他国の王女の反応らしからぬことに少し驚く。
「王国の貴族は貴族至上主義という思想があるとのことですが、しかしオリヴィア王女殿下は聡明な方とお聞きしておられます」
「私やここにいる貴族家のものたちは、人はみな平等だと思っています。身分はあくまで、その人の能力に見合った立場を保つためのものにすぎません。確かに貴族と平民の身分差はありますが、それを笠に着て下々の者をいたぶるようなことは絶対あってはなりません」
そういうと伯爵は笑みを浮かべて話す。
「王女殿下やここにいられる貴族家のものたちのような高潔な方がいられれば、将来の帝国と王国の関係も安泰でしょうな」
そう言って酒の入ったグラスをグイっと飲み干す。
「皆様も食事がお済のようですな。さあ、お待ちかねの外出ですぞ。護衛はもちろんお付けしますので、城のエントランスにて集合といたしましょう」
皆はそれを聞くと、これから始まる街の散策に胸を躍らせて食堂を後にし、エントランスに集まっていった。
みんなでエントランスで雑談していると、伯爵と二人の男女が後ろに連れ立って現れた。
「これから皆様の案内兼護衛を任せる二人です。私の子供たちです。二人とも皆様にご挨拶と自己紹介を」
そう言われた二人は前に出て一礼をする。
「私はフリット・アーデントと申します。セルフィリア殿下、オリヴィア殿下の護衛という誉れをいただき感激でございます。誠心誠意を込めて案内と護衛をいたします」
「私はフローラ・アーデントと申します。若輩者ですが皆様方の安全と、この街のすばらしさをお伝えできるように頑張ります」
そういうとSクラスのクラスメイト達も自己紹介を始める。
そしてグランの出番になると、フリットとフローラは話す。
「グラン様のことは存じ上げております」
「ええ、今この帝国学園の生徒の中で知らぬ者はいません」
それを聞いたグランは話す。
「二人とも皇都の学園の生徒たちだったのですね。それに私は平民です。敬語は不要ですよ」
そう言われた二人はすこしリラックスしたのか、親しみやすい口調で話し始める。
「そう言ってくれたら助かる。俺は君たちと一緒の学年だ」
「私はまだ一年生です。なのでこのままの口調でお話しいたしますね」
そう言って二人は城の入り口に向かい、そして振り返って笑みを浮かべて話す。
「では、皆さまを我らが自慢の領地にご案内いたします」
それを聞いたみんなも二人についていき、城を出て街に繰り出した。
護衛の兵士も十人ほどいて、かなりの大所帯だ。
だが、街のみんなは特に驚くこともなく、屋台の店主は呼び込みをしていた。
「王国の皆さん!ぜひうちの店に寄っていってくれなよ!」
「こっちも寄ってきな!」
そうやって呼び込む声が響きわたる。
グランたちが王国の生徒だということが知られているのに驚くと、フリットが話す。
「事前に今日王国の留学生たちが来ることを知らせていますので、領民も皆さんを歓迎しております」
それを聞いたソフィアが話す。
「確かに。事前に通達しておかないと、オリヴィア様やセルフィリア様がお見えになるとあれば、領民は大騒ぎして混乱しますね」
フローラは話す。
「はい、その通りです。ただ通達した結果、領民のみんなは歓迎ムードになって張り切っているのか、いつも以上に騒がしく活気あふれることになってしまいましたが」
そう言ってフローラは苦笑いをするも、周りの護衛兵士に指示を出す。
「固まって行動するのもいいでしょうが、これだけの大所帯です。それに自由に見たい方もいると思います。なので、何組かに分けて街を散策するというのはどうでしょうか」
それを聞いたみんなはそれに賛成する。
「では皆様方で組を決め、護衛を割り振りいたします」
そう言うや否や、グランの周りを四聖華と王女と皇女、ベアトリクスが囲む。
「グラン!もちろん私と一緒に来るわよね!」
「グラン君。留学中は全然二人きりになれなかったわ。私と一緒に行きましょう」
「いや、それを言うなら私もだ。グラン殿を久しぶりに感じたい」
「グラン様。私と一緒に行きましょう」
そう言って四聖華たちが一斉にグランを引っ張り合う。
「痛い!痛い!ちぎれる!」
それを見たフリットは苦笑いをしながら話す。
「さすがに、二人一組は護衛も考えるとあまり望ましくありません。もう少し人数を増やしてくださいませんか」
そう言われた四聖華は頷く。
「なら私たち四聖華とグランが一つの組になるわ!」
それを聞いた王女と皇女とベアトリクスはブーイングを上げる。
「ちょっとなんで勝手に決めているのよ!」
「そうですわ。ここは公平に決めないといけませんよ」
「みんな、強引なんだから。ちゃんと公平に決めようよ」
そう言うが、ここで予想外の人物が話す。
「俺はこれでいい。三人はまた今度埋め合わせするよ」
グランだった。
それを聞いた四聖華は飛び上がって喜ぶが、王女と皇女とベアトリクスは少し落ち込むも、埋め合わせをするとのことだったので素直に引き下がった。
結局、グランと四聖華、王女と皇女とベアトリクス、そしてマルク、レキシ、カロン、ニーナの三組に分かれて散策することになった。
フリットが話す。
「では私は王女様と皇女様たちの組をご案内いたします」
そしてフローラが話す。
「では、私はマルク様たちの組をご案内いたします」
そう言われ、二組はフリットとフローラの案内に沿って歩き出した。
グランと四聖華たちはどうしようかと思うと、護衛の兵士たちが話す。
「我々はあくまで護衛でございますので、皆様方が好きに散策していただければよろしいかと。もちろん屋台の詳細を話すこともできます」
そう言われた五人は互いに顔を合わせて頷くと、皆大通りに沿って歩き出し、露店や屋台を回り始めた。
マルクたちは屋台の食事を楽しんでいた。
王国と帝国の国境付近だとあってか、それぞれの国の料理や味付けなどがあり、食べ比べなどをして楽しんでいた。
「うめえな。晩餐もかなり美味かったけど、ここの屋台も負けてないな」
そういうとフローラが話す。
「この街の屋台は入れ替わりが激しいのです。新規の店舗ができたと思えば、前まであった店がなくなったりと、ある意味料理人たちにとって群雄割拠の街といっても過言ではありません」
マルクが話す。
「なるほど、人が多いほどライバルも多い。実力がなければすぐにつぶれてしまうのだな」
それを聞いたレキシが話す。
「それに関してはどこもそうなんだろうけど、ここは特にそのようだね」
カロンは屋台の料理を食べながら話す。
「それなら、またあれが食べたいと思ってきてみたら、もうなくなっていたとかあるんだろうな」
「なら今ここで食べたものが、今日で最後になるかもしれないのね」
ニーナがそういうとマルクたちは話す。
「今日は食べられるだけ食べたいな。フローラ様、おすすめの屋台とかございますか?」
フローラはそれを聞いて答える。
「では、この街で不動の地位にいる屋台をご紹介いたしましょう。そこならたとえ天地がひっくり返ってもなくなることはありません。この街の名物といっても過言ではありませんので」
そう言われて案内を始める。
マルクたちはそれを聞いてかなり楽しみにしており、晩餐や屋台の料理を食べていてもまだまだ満腹にはならないくらい、食欲を持て余していた。
一方、王女たちの組は、フリットの案内で屋台の料理を楽しんでいた。
「毒見は必要でしょうか」
「私は毒耐性があるから大丈夫。オリヴィアは?」
セルフィリアはそう話すと、オリヴィアは一年生の終わりの誕生日にグランからもらったブレスレットを見せる。
「私にはこれがありますので、毒の心配はございません」
「そもそも毒なんて入ってないと思うよ。この街を治める伯爵様はとても立派で信用できると思うし。街の人たちもこれだけ歓迎してくれているしね」
ベアトリクスもそう話すと、フリットは皆の言葉を聞いて安心して話す。
「我らアーデント家と領民を信頼していただき、誠にありがとうございます」
フリットがそういうと、オリヴィアたちはみな思い思いに屋台を見て、それぞれが気に入ったものを買いその場で食べていた。
「こうやって屋台の料理を食べることはなかったから、とても新鮮ね」
オリヴィアは王族のため、市井にある屋台料理などを口にすることは滅多になかった。
王国でたまに修練会の鍛錬が終わった後に、王都に繰り出してカフェなどを楽しんでいたが、もちろん王族御用達の由緒あるところだ。
一般の、それこそ平民がしている店の料理を口にすることはなかった。
反対にセルフィリアは武者修行時代に、平民と一緒に食事をしていたため特に珍しさもなく、それに自身の毒耐性に自信を持っているのかためらわずに料理を食べる。
王女と皇女が今食べているのは鶏肉を焼いた串焼きだった。
「豪華な食事もいいけど、こういう庶民的な料理もいいわね」
そう言ってオリヴィアはおいしそうに食べていた。
ベアトリクスは薄くスライスした芋を揚げたものを食べていた。
「これすごくおいしいね。塩味だけど止まらないわ!」
そう言ってお土産用に大量に買って収納魔法にしまい込み、そばにあった屋台の飲み物を買って、勢いよく飲み食いしている。
フリットはその光景を見て話す。
「お気に召したようで何よりです。まだまだ屋台は続くのでゆっくり食べてください」
そう言うとオリヴィアたちは目についたものを片っ端から買っていき、淑女にあるまじき食事量を摂取していた。
一方、グランと四聖華たちは久しぶりの逢瀬なのか、みんながグランと引っ付いて屋台をめぐっていた。
(歩きづらい……)
『マスター、どさくさに紛れてルヴィリス様かソフィア様のお尻でも揉んであげてくださいよ』
(お前はいい加減にしろ!)
脳内でふざけたことばかり言ってる相棒を無視して、グランは目についた料理を買っては食べていた。
「うまっ。この串焼き肉、スパイスが効いて美味しいな」
そういうと四聖華たちは同じものを買っては食べ、お互いが感想を言い合っている。
「みんな俺と一緒のものをわざわざ買う必要はないんだぞ」
そういうとエルスメリアが話す。
「グラン君がおいしいって言ったものを買うのがいいの」
「グラン様と一緒のものを同じ時と場所で食べるのがいいのです」
そう言ってソフィアはグランの背中に密着する。
ルヴィリスは食べ終わった串を屋台の近くのごみ箱に捨てる。
「今日はたくさん食べられそうね」
グランはそれを聞くと言葉を発する。
「食い倒れか。たまにはいいな」
それを聞いたディアドラが話す。
「食い倒れか、いい言葉だな。それに食べ過ぎても、その分鍛錬を増やせば気にはしないな」
そう言って胸に両手を当てる。
「お前ももう少し大きくなってもいいんだぞ」
そうつぶやくとグランはあきれながら話す。
「こらこら、往来の場でなんてことを言うんだ」
しかしディアドラは話す。
「グラン殿。明日は私とエルの馬車に乗るんだ。その時は遠慮しないぞ」
そう言ってグランの腕を取り絡ませる。
エルスメリアもディアドラの真似をしてグランの腕を取り絡ませて密着した。
「留学中はあまり二人きりでいられませんでしたので、明日は楽しみです」
そういうと、まるで獲物を狙っているかのような目でグランを見ていた。
(おいおい、淑女になるんじゃなかったのか)
『それとこれとは別でしょ。あれから何ヶ月経ったと思っているんですか』
アンサートーカーのその言葉に、明日はどうやって乗り越えようか考えながら、その場で目に留まった屋台の飲み物を買いそれを少し飲む。
四聖華たちはグランとの久しぶりの逢瀬に気持ちを躍らせながらも、それぞれが別のことを考えていた。
(グラン……春休みの時とは違って自分から手を出してくれたわね。私はいつでも……)
(グラン様。私の胸を堪能してくれていた時は興奮していましたね。私もです。早く抱いてほしいです)
ルヴィリスとソフィアは先ほどの馬車での出来事で頭がいっぱいだった。
対するエルスメリアとディアドラは違うことを思っていた。
(さっきフィール山に行ったと言っていたな。グラン殿のことだ。どうせ誰かと行ったのだろう。問題はそこじゃない。明日になればすべてわかることだから、今日はこうやって逢瀬を楽しもう)
(グラン君とはこうやって一緒にいるのも王国建国祭以来ね。留学中はさみしかったけど、明日は馬車で長い時間一緒ね。ディアも一緒だけど私と気持ちは一緒のはず。ここは協力してグラン君を……)
明日の馬車内での行動のシミュレーションをずっとしていた。
果たして明日はグランは無事にいられるのか。
また安易な手籠めで二人に手を出すのか。
グランはこのまま有耶無耶になってほしいと切に願っていた。
『マスター、無理に決まっているでしょ』
(少しは希望を持たせてくれ!)
グランの心の叫びはアーデント領の活気あふれる喧騒に消され、誰にも届かなかった。




