第206話:帝国からの帰還と修羅場
グランはふと目覚めると、しまったと思う。
今日中に帝国学園の寮に戻らないと、王国への馬車に乗れなくなる。
グランはシルヴィアを起こす。
「シルヴィア、起きろ」
グランに揺らされて、掛け布団をめくり起きたシルヴィアを見て、グランはすぐに目をそらす。
一糸まとわぬ姿だったからだ。
「主様、おはようございます」
「なんで全裸なんだよ!」
「主様がおやすみになられた後に脱ぎました。いろいろと楽しませていただきました」
その言葉を聞いたグランは顔を青くする。
「まさか、既成事実を作ったのか?」
そういうとシルヴィアは顔を赤くして、もじもじしながら話す。
「本当はそうしたかったのですが、強引にすると魔法契約の罰が発動してしまうかと思い、抱き着いたりするだけにとどまりました」
グランは自分の体をよく見ると、キスマークがたくさんついていた。
しかし最後までしていなかったことを聞いて心底安心する。
しかし脳内の下品な相棒はため息をつく。
『せめてマスターが起きているときにしていれば、マスターもタガが外れて抱いていたでしょう。シルヴィア様ももったいないことをしました』
(起き抜けからひどいなお前は)
そしてグランはシルヴィアに言う。
「そろそろ帰らなければいけない。俺は転移で帝国学園に戻る。シルヴィアはどうするんだ?」
「私はせっかくなのでこのままここにいます。主様、王国に帰っても私のことは忘れないでください」
「今日のことは忘れない。流星群もとても良かった。また見たいな」
「では、また見られそうになればお知らせいたします。それでは次のご命令をお待ちしております」
そう言ってシルヴィアはグランに近づき、抱きついて口づけをする。
グランは急なシルヴィアの行動に驚くが、そのまま抱きしめ返す。
「じゃあ、またなシルヴィア」
「はい、素敵な思い出をありがとうございました」
グランはそう言ってベッドから立ち上がり、ゲートを開く。
そして振り返ってシルヴィアを見て、そのまま手を挙げて帰っていった。
主の後ろ姿を見送ったシルヴィアは、まだ夜も明けていないのか、そのまま主のにおいが残ったベッドを堪能してまた眠りについた。
ゲートを潜り抜けたグランは、帝国学園の寮の自室に到着するとベッドに寝転がった。
荷造りなどは、シルヴィアとの旅行の出発前にすべて終わらせていたので、特に何もやることはなく、時間を確認するとあと二時間は寝られると思い、アンサートーカーに絶対起こせと厳命して眠りについた。
そしてきっちり二時間後、アンサートーカーが前世で使っていた目覚ましの音を脳内に響かせる。
前世で身に染みた音楽を聴くや否や、グランは飛び起きる。
サラリーマン時代を思い出し、すぐに準備しようとベッドから降りるが、すぐに気づく。
グランは起こしてくれたことに感謝しつつも、アンサートーカーに愚痴をこぼす。
(お前……絶対起こせと言ったが、あの目覚まし音はないだろ……)
『どうですか?前世で身に染みついた社畜時代の残響を聞いた気分は』
(とても最悪な気分だ)
『でも頭はさえましたよね。いよいよこの帝国とおさらばです』
(そうだったな。この二日が濃密すぎて忘れていたが、帰ったらもう夏休みだもんな。そういえば皆どうするか聞いてなかったな)
『たしかにそうですね。恐らくですが聖域で修業をするのは確定しているから、わざわざ言ってこなかったのかと思います』
(侯爵たちも来るのかな?)
『正月の感じですと来ると思います。もう一種の楽しみと化していますね』
(平和なのはいいことだ)
そう言ってグランは身支度をして部屋を出て、室内に向かって礼をする。
するとマルクとカロンも同じタイミングで出ており、グランを見て不思議がっていた。
「グランおはよう。部屋に向かって礼をするなんて、誰かいるのか?」
「おいおい、誰か連れ込んだのか?最後だからってハメ外しすぎだろ」
「違う!短い間だけど寝泊まりして世話になった部屋だから、感謝を込めて礼をしていただけだ」
そういうとマルクとカロンは感心したのか、同じように自分たちの部屋に向かって礼をしていた。
そして学園寮を出ると、女性陣たちはすでに集まっていた。
グランは話す。
「おはよう。みんな早いな」
しかしグランを見た四聖華や王女と皇女、それにベアトリクスはジト目でグランを見る。
ルヴィリスがグランに話しかける。
「おはようグラン。馬車に乗ったら聞きたいことがたくさんあるの。ちゃんと答えてね」
その物言いに言い知れぬ恐怖を感じ、グランは少し冷や汗をかく。
女性陣のすさまじい負のオーラを感じ取ったマルクとカロンは、グランをほっといてレキシとニーナのそばに行き一緒の馬車に乗り込んだ。
グランも馬車に乗ろうとするが、なんとそこでルヴィリスとソフィアが乗る馬車に連れ込まれる。
「……今日は誰が一緒に乗るとかは揉めなかったのだな」
そうグランは話すが、二人はずっとジト目のままだった。
しばらく無言が続くが、ルヴィリスが口を開く。
「今から王国に到着するまでは、グランは私たち七人とローテーションで馬車を乗り換えるの。全員聞きたいことがあるから、包み隠さず答えなさい」
そういわれるとグランは一気に緊張し始めた。
何を聞かれるのか想像もつかなかったからだ。
出発の時間になり馬車が動き出す。
グランは窓から景色を見ようとしたが、ルヴィリスとソフィアに挟まれて窓際には座れなかった。
そして二人は逃がさんとばかりに、それぞれグランの左右に座りグランと腕を組み体を密着させていた。
一見、二人の女性が一人の男を取り合っているように見えるが、その実態は全く違う。
どちらかと言えば、前世の昼ドラでよくある、浮気した男を詰めるときのような雰囲気だった。
グランはその雰囲気を感じ取り冷汗が止まらない。
(まさか、シルヴィアとのことがバレたのか?)
『こんなすぐにバレますか?フィール山はたとえルヴィリス様の魔眼、遠視と透視でも遠すぎて見るのは不可能ですよ』
(じゃあなんでこんなに不機嫌なんだ)
『大体わかりますけど、マスターがそれに気づくかどうかですね。私は成り行きを見て楽しみます』
(おい!見捨てるなよ!)
散々煽り散らかしておちょくる相棒が、こういう時に限って協力してくれないことにグランは怒る。
アンサートーカーと脳内でやり取りをしているが、依然馬車内は無言が続いており、空調が効いているにしろ真夏なのに空気は冷え切っていた。
グランは相手の出方次第だと思い沈黙を貫く。
しばらく馬車が道を走る振動と音が響く中、ついに事態は動く。
「……終業式から今日まで、いったい何をしていたの?」
ルヴィリスが口を開くと、ソフィアもそれに追随して話す。
「もうすぐ王国に帰るから、一度みんなで打ち上げをしましょうって話になりましたのに、グラン様はどこへ行かれていたのでしょうか?」
二人の質問に、グランは脳内で緊急アラートが鳴る。
『マスター、いきなり大ピンチですね。どうするんですか?』
(今考えている!)
傍観者の相棒をよそに、グランは必死に頭を回し、この状況を収めようとする。
「い、いやちょっと遠出していたんだ。最後だったから色々見たいと思って……」
すかさずルヴィリスとソフィアが畳みかける。
「それは誰にも言わずに行くところだったの?」
「一人で行かれたのですか?」
グランは悩めば怪しまれると思ったため、間髪入れずに答える。
「ちょっと気になっているところがあったんだ」
ルヴィリスは話す。
「それはどこなの?」
「フィール山だ」
「どうしてそこに?」
「あそこは勇者たちと亜人の四天王が激戦を広げた場所だったんだ。だから一度見たいと思ってな」
それを聞いたルヴィリスとソフィアが話す。
「へえ……そんなところがあったのね」
「でもなぜ一人で行ったのですか?」
グランは頭をフル回転させながら答える。
「かなり遠いからな。弾丸旅行になると思ったんだ。だから転移を駆使して行ったんだ。それに誰か誘ったらみんな着いてくるだろ。大所帯で転移を使うのはまずいと思ったんだ」
それを聞いたルヴィリスはジト目になりグランを問い詰める。
「『旅行』ね……一人は嘘ね、誰といったの?」
グランはそれを聞いて、全身に滝のような汗をかき始めた。
ルヴィリスに隠し事は通じないのか。
ソフィアがグランの胸に顔をつけ耳を当てる。
「心拍数が上がってますね」
そしてグランの頬をぺろりと舐める。
グランはビックリしてソフィアを見ると、ソフィアの目のハイライトが消えていた。
「これは、嘘をついている味ですね」
『アリーヴェデルチ!』
(やばい、首と体がサヨナラする!)
「い、いや一人だよ」
そう言うとルヴィリスとソフィアは、とても悲しそうな顔をして涙を浮かべた。
「私たちに嘘をつくなんて……本当のことを言ってくれるほうがまだよかったわ」
「グラン様……私たちはそれほど信用できないのですか?」
そう言ってしゃくりあげるように泣き始め、目には涙を浮かべていた。
グランはまさかこんな修羅場になるとは思っていなかったため、たまらずアンサートーカーに助けを求める。
(おい!これは本当にまずいぞ。助けてくれ)
『正直に言えばいいんじゃないですか?』
(それがやばいと思ったから、嘘はついてないけど本当のことも言ってなかったんだろ!)
『一人で行ったという時点で嘘をついてますよ。正直に話して大人しく折檻されて、二人のストレスを発散してあげたらいいのですよ』
(痛いのは嫌だ!)
脳内で言い争いをしていることをよそに、ルヴィリスとソフィアは泣くのを止めない。
グランはこの地獄のような状況に耐えられず、ついに本当のことを言おうと決心した。
「二人ともごめん。本当のことを言ったら、二人が怒ると思ったから言わなかったんだ」
そういうとルヴィリスとソフィアは泣き止み、上目遣いでグランを見る。
「……グラン、怒らないから本当のことを言って……」
「グラン様……」
二人の悲しんでいる顔を見て、グランは胸をえぐられるような気持ちだった。
グランはとても反省した。
変に嘘をつくくらいなら、堂々と答えればよかったと思った。
浮気と言われても、ちゃんと話をすれば二人は納得してくれるはずだった。
それなのに変にごまかして悲しませたのは自分が悪い。
ちゃんと話そうと思いグランは口を開いた。
「一人というのは噓だ。変に浮気とか言われるのが嫌だったからなんだ」
そう言うや否や、二人はピクっと体を動かす。
グランは続ける。
「セルフィリアのお姉さんと行ったんだ」




