奥沢祐一
奥沢祐一との接触は、意外とあっさり実現した。
セバスチャンが奥沢のSNSアカウントを通じてダイレクトメッセージを送り、「話がしたい」と持ちかけたのだ。
返信は、すぐに来た。
『大田原真季? ……いいよ、話そう。俺も言いたいことがあるし』
その文面には、怒りと――何か別の感情が滲んでいるように見えた。
待ち合わせ場所は、大学から少し離れたファミリーレストラン。人目につきにくい、奥の席を指定した。
「セバスチャン、準備は」
『録音開始しています。また、奥沢祐一のSNSアカウントと公開情報を即座に参照できる状態です』
「よろしい」
約束の時刻、奥沢祐一が現れた。
写真で見たよりも、やつれている印象を受けた。目の下には隈があり、頬はこけている。髪も乱れ、清潔感に欠ける。
「……大田原か」
奥沢は、クラウディアの向かいに座った。その目は、警戒と敵意に満ちている。
「話って何だよ。また俺を犯人扱いするのか」
「『また』、とおっしゃいましたわね」
クラウディアは、冷静に応じた。
「誰かに犯人扱いされたことがあるのですか」
奥沢の表情が、わずかに歪んだ。
「……サークルの連中だよ。お前が炎上した後、みんな俺のことを疑いやがった。『振られた腹いせにやったんだろ』って」
「違うのですか」
「違うに決まってんだろ!」
奥沢が、テーブルを叩いた。
周囲の客が、ちらりとこちらを見る。
「俺は、お前を炎上させてなんかいない。確かに振られて腹は立ったよ。でも、あんな卑怯なマネ、するわけないだろ」
その声には、本気の怒りがあった。クラウディアは、奥沢の目を見つめた。
――この男、本当のことを言っているのかしら。
宮廷で培った人を見る目。嘘つきには、特有の「ズレ」がある。目線、表情、声のトーン――どこかに不自然な点が出る。
しかし奥沢には、それがない。
怒りは本物。苛立ちも本物。そして、濡れ衣を着せられた、という憤りも、本物に見える。
「……証拠を見せなさい」
「証拠?」
「あなたが犯人でないという、証拠ですわ」
奥沢は、しばらく黙っていた。そして――
「炎上が始まった日、俺は大学にいなかった」
「何ですって」
「あの日は、地元に帰ってたんだよ。婆ちゃんの法事で。新幹線のチケット、まだ持ってる」
奥沢は、スマートフォンを取り出した。
画面に、新幹線の予約履歴が表示される。
日付は――ちょうど、炎上が始まった日。往復のチケット。
「法事は午前中で、夜まで実家にいた。親戚全員が証人だ。あの日、俺は東京にいなかった」
『お嬢様、日付と時刻を確認しました。炎上の最初の投稿は、この日の午後三時十二分。奥沢祐一が東京にいなかったというのが事実なら、物理的に投稿は不可能です』
クラウディアは、言葉を失った。
「待ちなさい。でも、匿名アカウントはスマートフォンからでも――」
「位置情報を調べればわかるだろ。あの投稿、東京からされてるはずだ。でも俺は新潟にいた」
『お嬢様、確認が必要ですが、奥沢祐一の主張が正しければ、彼はアリバイがあることになります』
――まさか。
奥沢祐一が犯人だと、ほぼ確信していた。動機、機会、状況証拠――全てが彼を指し示していた。
なのに――
「じゃあ……誰が……」
「知らねえよ」
奥沢は、苦々しげに言った。
「でも、俺じゃない。俺は――」
彼の声が、わずかに震えた。
「俺だって、大田原のこと好きだったんだよ。振られて悔しかったけど、傷つけようなんて思ってなかった。なのに、みんな俺を疑って、サークルは追い出されて、友達も離れていって――」
奥沢の目に、涙が滲んでいた。
「俺の方こそ、被害者だっつーの……」
クラウディアは、奥沢を見つめた。
この男も――追い詰められていたのだ。
炎上の犯人扱いされ、孤立し、全てを失った。真季と同じように。
「……申し訳ありませんでしたわ」
「は?」
「私も、あなたを疑っていました。証拠もなく」
奥沢は、驚いた顔をした。そして――
「……お前、なんか変わったな」
「よく言われますわ」
「前の大田原なら、こんな風に謝らなかったと思う」
「人は、変わりますから」
沈黙が流れた。
奥沢が、ふと口を開いた。
「……一つだけ、気になってることがある」
「何ですの」
「炎上が始まった頃、俺に近づいてきた奴がいたんだ」
クラウディアの目が、鋭くなった。
「誰ですの」
「白浜、ってやつ。お前の友達だったろ」
心臓が、大きく跳ねた。
「茜……さんが?」
「ああ。俺が大田原に振られた直後くらいに、急に親しげに話しかけてきてさ。『真季のこと、かわいそうだったね』とか、『真季って実は裏表あるんだよ』とか――」
「……何ですって」
「最初は、何でそんなこと言うんだろうって思った。でも、あいつ――」
奥沢は、眉をひそめた。
「妙に真季の悪口を言いたがるんだよ。『真季は男を馬鹿にしてる』とか、『いい子ぶってるだけ』とか。俺が乗ってこないと、不機嫌になってさ」
クラウディアは、拳を握りしめた。
「それで……あなたは、どうしたのですか」
「途中で気持ち悪くなって、距離置いた。そしたら炎上が始まって――で、俺が疑われた」
奥沢は、自嘲気味に笑った。
「今思えば、あいつが仕組んだのかもな。俺を犯人に仕立て上げるために、わざと近づいてきたのかも」
『お嬢様……』
セバスチャンの声が、イヤホンから聞こえた。しかし、今は聞こえないふりをした。
「奥沢さん」
「何だよ」
「ありがとうございます。貴重な情報ですわ」
「……お前、何かするつもりか」
「真実を、明らかにするつもりですわ」
クラウディアは、立ち上がった。
「そして、本当の犯人を、断罪します」
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帰り道、クラウディアは足早に歩いていた。
「セバスチャン、分析を」
『はい、お嬢様。結論から申し上げます。奥沢祐一は、「実行犯」ではありません』
「アリバイが成立している」
『はい。また、彼の証言――白浜茜が接近してきたという話――は、我々の仮説を補強します』
「つまり――」
『白浜茜こそが、炎上の首謀者である可能性が極めて高いです』
クラウディアは、足を止めた。
「セバスチャン、あなたが以前言いかけたこと――『不自然な点』について、今こそ教えなさい」
『承知いたしました。お嬢様、実は以前から気づいていたことがあります』
「なぜ黙っていたのですの」
『お嬢様がお聞きにならなかったからです。「後で聞く」とおっしゃいました』
「……確かに、言いましたわね」
『はい。では、お話しします』
セバスチャンの声が、真剣なトーンになった。
『炎上の「最初の拡散元」を遡ると、真季様のフォロワー圏内に行き着きます。これは以前お伝えしました。しかし、より詳しく分析すると――』
「続けなさい」
『最初に拡散した十アカウントのうち、七つが茜様と直接の繋がりを持っています。友人、同じサークル、同じバイト先――あまりにも偶然が過ぎます』
「茜が、意図的に拡散させた」
『その可能性が極めて高いです。さらに――』
「まだあるのですか」
『茜様が「協力」として提供した情報を再分析しました。全十二件の情報は、全て奥沢祐一を犯人と確定させる方向に偏っています。しかも、いくつかの情報は――』
「いくつかの情報は?」
『検証不可能です。「サークルの後輩から聞いた」「噂で聞いた」――ソースが曖昧で、裏取りができない。もしかすると、茜様が創作した情報かもしれません』
クラウディアは、歯噛みした。
「私は、騙されていた……」
『お嬢様だけではありません。おそらく奥沢祐一も、真季様も――多くの人が、茜様に操られていました』
「動機は? なぜ茜は、真季を陥れたのですか」
『推測ですが、いくつかの可能性があります。嫉妬、羨望、憎悪――親しい関係だからこそ、抱く負の感情』
「嫉妬……」
『真季様は、成績優秀で、人望もあり、周囲から好かれていました。茜様がそれを羨んでいた可能性は十分にあります。また――』
「また?」
『吉橋類様の存在です』
クラウディアは、息を呑んだ。
「類さんが、何か……」
『真季様のSNSを分析したところ、炎上前、吉橋類様と親しげなやり取りがいくつかありました。同じゼミに所属していた時期があるようです。もしかすると、茜様が吉橋類様に好意を抱いていて、真季様を「ライバル」と見なしていた可能性が――』
「推測が過ぎますわ」
『はい、あくまで仮説です。ただ――』
「ただ?」
『茜様の動機が何であれ、彼女が「黒」である可能性は非常に高いです。お嬢様、どうされますか』
クラウディアは、空を見上げた。
夕暮れの空が、赤く染まっている。
「……罠を、仕掛けますわ」
『罠、ですか』
「茜は、自分が安全だと思っている。私が奥沢祐一を犯人だと信じていると」
『はい』
「その油断を、利用しますわ」
クラウディアの目が、冷たく光った。
「明日、茜に連絡します。『奥沢祐一が自白した』と」
『偽情報を流す、ということですね』
「ええ。茜がどう反応するか――それで、全てがわかりますわ」
『危険が伴います』
「承知の上ですわ」
『……お嬢様のご判断を、信じます。全力でサポートいたします』
「ありがとう、セバスチャン」
クラウディアは、歩き出した。
――白浜茜。
あなたは、『友人』という仮面をかぶっていた。
その仮面を、私が剥がしてみせますわ。
「覚悟しなさい」
悪役令嬢は、静かに宣戦布告した。
「断罪の時は、近いですわよ」




