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第181話《嵐の目、石柱の呼吸》

1.風の目への到達、円形の静寂


一行が奥へ進むにつれて、風が強くなった。

 

葉の揺れ方が不規則になる。

 

方向が定まらない。

 

梟人族の若者三名が、歩みを止めた。

 

「ここから先は、行けない」

 

「体に障る?」

 

「感覚が。我らの目が、使えなくなる。これ以上は、戻れなくなる」

 

智也、リュミア、ガルド、ラナ、レオン、デネブ、カイルの七名だけで、先へ進む。

 

次の一歩を踏み出した瞬間、風が止んだ。

 

円形の空間があった。

 

周囲の木々は激しく揺れている。だが、この円の中だけ、空気が静止していた。

 

温度が低い。音が遠い。水の中にいるような、厚い静寂。

 

円の中央に、石柱が立っていた。

 

高さ十二メートルほど。上部の三分の一が崩れ落ちている。

 

古い蔓が絡まっているが、亀裂から結晶が覗いていた。

 

かすかに、光を閉じ込めているような。

 

リュミアが、息を詰めた。

 

「……すごく、古い」

 

ガルドが、低く言う。

 

「智也、地面が……普通じゃない。足の裏に、何か伝わってくる」

 

「どんな感じだ」

 

「鼓動みたいな。弱い。でも、ある」

 

ラナが、風魔法を試みて、首を振った。

 

「わたくしの風魔法、この場所では、うまく展開しませんわ。何かが、邪魔をしている」

 

誰も何も言わなかった。

 

レオンが、石柱を見上げた。

 

「智也、上から見た時も、ここだけ木々の揺れが違った。この円の形、空から見えてた」




2.石柱の傍ら、前任者の痕跡


七人が、ゆっくりと石柱に近づいた。

 

カイルが、表面の文字を観察した。

 

「刻まれた記号がありますが、摩耗がひどい。判読は難しい」

 

石柱の根元、基部の石に、擦り減った溝があった。

 

誰かが長く座り続けた跡だ。

 

一人の人間が、この場所に長い時間いた。

 

石が、その者の重さを覚えていた。

 

リュミアが、石柱の陰にしゃがんだ。

 

「これ、何」

 

岩盤の割れ目に、小さな金属の破片が挟まっていた。

 

石でも骨でもない。錆びているが、人工的な加工の跡がある。

 

智也が手に取った。

 

(……この合金は、この世界の冶金技術では作れない)

 

(精錬の均質さが、この世界の水準より高い)

 

(これを持っていた者は、俺と同じ場所から来た)

 

声には出さなかった。

 

少し離れた場所に、石に刻まれた痕があった。

 

カイルが、顔を近づけた。

 

「デネブ、ここを見てください。かろうじて読めそうな文字が、二か所」

 

デネブが、猫の姿で近づき、目を細める。

 

「これは……『止』」

 

「こちらは」

 

「『南』。残りは、摩耗して消えている」

 

カイルが、手帳に書き留めた。

 

「止と南。文脈がない。命令形なのか、状態の記述なのか、判断できません」

 

「止まれ、なのか。止まった、なのか」

 

「南へ行け、なのか。南が止まった、なのか」

 

「分かりません。これだけでは」

 

ラナが、刻み痕を眺めた。

 

「刻んだ者は、急いでいたのかもしれませんわ。丁寧ではない。手が震えていたような線です」




3.棒が近づく前の発光、認識の驚き


智也が、判断の棒を取り出した。

 

石柱に近づける前に、亀裂の中の結晶が、微かに光った。

 

棒は、まだ石に触れていない。

 

ガルドが気づいた。

 

「智也、光ってる」

 

「ああ」

 

「触ってもいないのに」

 

棒をさらに近づけると、光がわずかに強くなった。

 

遠ざけると、弱くなった。

 

円の縁で待っていた梟人族の若者が、声を上げた。

 

「知恵者よ! 柱の周りの濁りが、薄くなっています! 我らの目が、少し戻ってきました!」

 

カイルが、眼鏡を直した。

 

「智也殿、何が起きているのですか」

 

「分からない」

 

(……俺が調べに来たのではなかった)

 

(石柱の方が、先に動いた)

 

(この棒を、この場所は知っている)

 

棒の先を、石柱の基部にそっと当てた。

 

棒が震えた。

 

これまでと違う震え方。

 

是か非かではなく、何かが伝わろうとしている振動。

 

全部は読めない。断片だけ、来る。

 

(……眠っているが、生きている)

 

それだけが、はっきりした。

 

レオンが、低く呟いた。

 

「智也、これ……答えてる感じがするな。俺たちの言葉じゃないけど」




4.三割の理解、七割の謎


石柱から棒を外した。

 

光が、ゆっくり薄くなった。

 

呼吸が落ち着いていくように。

 

智也は、石の窪みに腰を下ろした。

 

誰かが長い時間ここに座っていた場所。

 

リュミアが隣に来た。

 

「止まれ、なのかな。それとも、止まってる、なのかな」

 

「分からない」

 

「南は?」

 

「南に何かあるのか、南へ行けなのか。分からない」

 

カイルが、手帳をめくりながら言った。

 

「一つだけ、気になることがあります」

 

「何ですか」

 

「王立図書館の古文書に、似た字体で書かれた断片が、もう一つあったはずです。当時は関係ないと思って飛ばしましたが……」

 

「覚えているか」

 

「正確には、戻って確認が必要です。ただ、『南』という文字が含まれていた気がして」

 

誰も言葉を足さなかった。

 

ガルドが、基部の石を手のひらで触れた。

 

「智也、さっき言った鼓動、棒を当てた後から、少し強くなってる気がする」

 

「強くなった」

 

「うん。微妙だけど、確かに」

 

デネブが、円の中をゆっくり一周した。

 

「智也、一つだけ言える」

 

「何」

 

「この柱、壊れていない。眠っている。棒が近づいた時、少し目を開けた。それだけは、確かだ」

 

(……眠っていた)

 

(誰かが来て、何かをして、去った)

 

(石柱は、その後も眠り続けていた)

 

(今日、棒が近づいて、少し目を開けた)

 

分かったのは、それだけだった。

 

残りは、全部謎のままだ。




5.場所に残して去る、引き


三人が、円の外へ出た。

 

七人全員が揃って、来た道を戻り始めた。

 

梟人族の若者が言った。

 

「知恵者よ。我らの目も、貴殿方が出た後から、ゆっくりと戻ってきています。柱の周りの濁り、また元に戻っています」

 

智也が振り返った。

 

木々の間に、石柱が見えた。

 

光は、もう見えない。

 

その時、石柱の亀裂が、一度だけ光った。

 

パルス、というほどでもない。

 

息を吐くような、ごく短い閃き。

 

それきりだった。

 

誰も言葉を出さなかった。

 

レオンが、やがて口を開いた。

 

「智也、一つ言っていいか」

 

「何だ」

 

「さっき円の中で、デネブが南南東に何かあると言ったろ」

 

「うん」

 

「実は、飛竜でここへ来る途中、あの方向の山の上に、 妙な岩の配置を見た。木々の上から少し、石が出ていた。当時は気にしなかったが……」

 

「どんな形だった」

 

「崩れている。でも、今日見たこの柱と、雰囲気が似ていた気がする」

 

デネブが、南南東の方角を見た。

 

「もう一つ、あるかもしれない」

 

カイルが、手帳を開いた。

 

「図書館に戻ったら、確認します。南という文字が含まれていた断片を、もう一度見直す。何か繋がるかもしれない」

 

リュミアが、歩きながら言った。

 

「あの窪みに座ってた人、どうなったんだろう」

 

「分からない」

 

「でも、トモヤは、止まらないよ」

 

智也は、返事をしなかった。

 

腰の判断の棒が、南南東の方角を、ゆっくり指していた。

 

進めとも、止まれとも、どちらでもない。

 

問いを持ち続けろ、と。


最後までお付き合いいただき、感謝します。


おかげさまで注目度ランキングにたびたび顔を出せるようになりました。

診断ログには「上昇傾向、保守継続を推奨」と記録されています。

 

この物語のシステムを稼働させ続けたい方は、ブクマと★5を。

皆様からの一票が、次話の更新を動かす地脈の流れになります。


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