第9章 新しい仲間との出会い
ギルドの食堂での人気は、日に日に大きくなっていった。
冒険者たちは依頼から帰ってくると「まずは美月の飯だ!」と叫び、あっという間に行列ができるほどだ。
その日も、美月は大鍋を振るっていた。
今日のメニューは、干し肉と豆を使った煮込み料理。
香辛料を効かせ、パンと一緒に食べられるよう工夫した。
「はい、どうぞ! 熱いから気をつけて」
「おぉ! これこれ、これを食べると生き返るんだ!」
リナも小さな手で皿を配り、満足げな顔で冒険者たちの反応を眺めている。
⸻
そんな中、ひときわ異質な視線を感じた。
カウンターの隅に座り、無言で美月を見つめる若者がいた。
髪は漆黒、瞳は琥珀色。
年の頃は美月と同じくらいだろうか。
鎧はまだ新しく、冒険者になったばかりに見える。
けれど、その目はどこか影を帯び、鋭く光っていた。
「……あの人、ずっとお姉ちゃんのこと見てるよ」
リナが小声で囁き、美月は少し緊張しながら彼に声をかけた。
「よかったら、召し上がりますか?」
⸻
彼はしばし黙っていたが、やがて小さく頷いた。
皿に煮込みを盛り、パンを添えて差し出すと、彼はゆっくりと口に運んだ。
ひと口、ふた口。
そして、静かに息を吐いた。
「……こんなに温かい料理は、久しぶりだ」
その声音には、張り詰めた鎧がほぐれるような柔らかさがあった。
「気に入ってもらえてよかったです」
「俺はカイ。……剣士だ。あんたの料理、噂になってるのを聞いて来た」
そう名乗った彼は、皿をきれいに平らげると真剣な瞳で美月を見つめた。
「俺を仲間に加えてくれないか」
⸻
「えっ……仲間、ですか?」
唐突な申し出に美月は目を瞬かせた。
「……俺は戦うことしかできない。でも、あんたは料理で人を救える。そんなあんたを、守りたいんだ」
彼の言葉は簡潔で、けれど強い決意がにじんでいた。
リナが驚いたように美月の袖を引っ張る。
「お姉ちゃん! 仲間が増えるの?」
「え、えっと……」
美月は戸惑った。
これまで、リナと二人で慎重に旅の準備をしてきた。
そこに見知らぬ若者を加えるのは、不安でもある。
⸻
その夜、宿の部屋でリナと相談した。
「ねえ、カイさんって怪しくないかな?」
「……少なくとも、悪い人には見えなかったよ。むしろ、すごく真剣だった」
リナは布団に潜り込みながら考え込む。
「もし仲間になってくれたら、お姉ちゃんを守ってくれるんだよね。……あたしも強くなりたいけど、まだまだだから」
その言葉に、美月は胸が揺れた。
――確かに、戦えない自分たちにとって、守ってくれる仲間の存在は大きい。
⸻
翌日。
カイが再びギルドに姿を現した。
冒険者たちが依頼に群がる中、彼は真っすぐ美月の前に立つ。
「昨日の答えを聞かせてほしい」
美月は深呼吸し、静かに答えた。
「……わかりました。私たちと一緒に来てください」
「ありがとう」
その瞬間、カイの硬い表情がわずかに和らいだ。
リナはにっこり笑って手を差し出す。
「よろしくね! カイ!」
「ああ」
⸻
その夜、三人で小さな祝宴を開いた。
美月が作ったのは、鶏肉のトマト煮込みと香草パン。
前世のレシピを少しアレンジして、この世界の食材で再現したものだ。
「わあ、赤いソースがすごくきれい!」
リナが目を輝かせ、パンをソースにつけて頬張る。
「んんっ! おいしい! トマトの酸味が鶏肉と合ってる!」
カイも黙ってスプーンを動かし、やがて小さく呟いた。
「……あたたかい。食べ物で、心まで満たされるなんて思わなかった」
その言葉に、美月の胸は熱くなった。
「これからも、一緒にたくさん食べましょう。旅の仲間として」
「ああ。俺は剣で、あんたは料理で――共に支え合おう」
⸻
こうして、美月とリナの旅に、新たな仲間カイが加わった。
料理と剣。
異なる力を持つ三人の絆が、これからさらに深まっていくことになる。