第4章 再現される味
孤児院の子どもたちが眠りについた後も、美月の胸はざわついていた。
リナの言葉――「懐かしい味がする」。
それは、まるで前世の結衣が語りかけてきたように感じられた。
翌朝、リナが庭の井戸で水を汲んでいると、美月は声をかけた。
「ねえ、今日、一緒に料理してみない?」
「えっ、私が?」
「うん。昨日のシチュー、美味しいって言ってくれたでしょ。じゃあ今度は、一緒に作ろうよ」
リナの瞳がぱっと輝いた。
それはまるで、結衣が「お姉ちゃん、私も手伝う!」と張り切ったときと同じ笑顔だった。
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市場に出かけると、見慣れない食材が並んでいた。
赤い殻に包まれた小粒の穀物、香りの強い緑の葉、そして――薄茶色の卵。
「卵がある……!」
美月は思わず声を上げた。
前世で結衣が大好きだった料理――オムライス。その必須食材だ。
「リナ、今日は特別なものを作ろう。ちょっと難しいけど、一緒に挑戦してみない?」
「うんっ!」
リナは卵の籠を抱え、嬉しそうに頷いた。
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孤児院の台所に戻ると、美月は手際よく準備を始めた。
玉ねぎを細かく刻み、肉を小さなサイコロ状に切る。
リナも慣れない手つきで包丁を握り、真剣な顔で野菜を切った。
「上手だね。ほら、指はこうやって丸めると安全だよ」
「うん……こう?」
「そうそう、その調子!」
褒められたリナは嬉しそうに笑った。
その姿に、美月の胸はじんと熱くなる。
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フライパンを熱し、油をひく。
玉ねぎを炒めると、甘い香りが広がった。
そこに肉を加えて炒め、昨日市場で手に入れた赤い穀物を投入する。
「これ、お米みたいなものだよね……火の通り方を見ながら調整しないと」
フライパンの中で穀物が跳ね、香ばしい匂いが漂った。
リナがわくわくした表情で覗き込む。
「すごい! なんだかきらきらしてる!」
「そうでしょ? これに味をつけると――チキンライスになるの」
塩、香草、そして少しのトマト果汁を加えると、フライパンから立ちのぼる香りが一気に食欲を刺激した。
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次はいよいよ卵だ。
美月はボウルに卵を割り入れ、よく溶きほぐす。
リナにも卵を渡すと、彼女はおそるおそる殻を割り、黄身と白身を器に落とした。
「できた!」
「うん、上手! じゃあ混ぜてごらん」
「こう?」
「そうそう、力を入れすぎないで。やさしく、まあるく」
リナが必死に泡立て器を動かす様子は、まるで小さな妹と料理していたあの日々そのものだった。
フライパンに卵液を流し込むと、じゅわっと音を立てて一気に広がる。
黄金色の表面がぷるぷると震え、香ばしい匂いが台所に満ちた。
「わあ……!」
「ここからが勝負よ。ライスを包み込むの」
美月はフライパンを傾け、チキンライスを卵の上にのせる。
手首を返して、卵でそっと包み込むように――。
ふわりと形が整った瞬間、リナが小さな声で歓声を上げた。
「お姉ちゃん、魔法みたい!」
「ふふっ、魔法じゃないよ。料理はね、心をこめたら誰でも魔法になるの」
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皿に盛り付け、仕上げにトマト果汁を煮詰めたソースをかける。
異世界版のオムライスが、ついに完成した。
「リナ、召し上がれ」
リナは両手を合わせ、小さく「いただきます」と呟いてからスプーンを口に運んだ。
一口、そしてもう一口。
「……美味しい!」
頬がほころび、瞳がきらきらと光った。
その笑顔は、やっぱり結衣のものと重なる。
「なんだか、胸の奥があったかくなる。これ、幸せの味だね」
美月は思わず涙ぐんだ。
――そう。これは妹が一番好きだった、幸せの味。
「リナ、これからも一緒にいろんな料理を作ろうね」
「うん! 私、美月お姉ちゃんに全部教えてほしい!」
二人は顔を見合わせて笑い合った。
その瞬間、美月は確信した。
たとえこの世界で迷子になったとしても――リナと一緒なら、前世で叶えられなかった“家族の時間”を取り戻せるのだと。
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夕暮れ、孤児院の子どもたちが目を覚まし、オムライスを囲んで大騒ぎになった。
ふわふわの卵にスプーンを入れると中から赤いライスが現れ、子どもたちは歓声を上げた。
「なにこれ! すごい!」
「おいしい〜! 卵がやわらかい!」
笑い声が絶えず響く食卓。
その中心で、リナは幸せそうにスプーンを動かしていた。
――これだ。この光景を守りたい。
美月は静かにそう心に誓った。