第2章 村人の驚きと最初の仲間
美月が作ったシチューは、村の人々の間にたちまち広まった。
翌朝には、子どもたちが空になった鍋を抱えて駆け寄ってきた。
「お姉ちゃん、あのシチュー、もう一回食べたい!」
「母ちゃんが昨日から“あれは奇跡の料理だ”って言ってるの!」
美月は思わず苦笑した。
まさか異世界で“料理の先生”のような扱いを受けるとは。
「えっと……そんなに大げさに言うほどのものじゃないけど」
だが村人たちは真剣な顔で頭を下げた。
「どうか、わしらに作り方を教えてくれんか」
「塩ゆでか焼くしか知らん俺たちにとって、あれは魔法みたいなもんだ」
その言葉に、美月の胸が少し震えた。
前世では、誰かに“料理を教える”機会なんてなかった。
だが――この世界なら。
「……わかりました。じゃあ、今日は簡単なスープを作りましょう」
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まず、美月は畑から野菜を集めてもらった。
大きな豆、にんじんに似た赤い根菜、そして固そうなキャベツの葉。
「じゃあ、この豆から始めましょう。昨日みたいに、そのまま煮たら硬いだけ。まずは水につけて戻すんです」
大きな桶に豆を入れて水を張ると、村人たちが興味深そうに覗き込んだ。
「へぇ……こんなふうに膨らむのか」
「知らなかったぞ」
「料理はちょっとした工夫で全然違う味になるんですよ」
次に根菜を切り分ける。
ざくざくと包丁を動かしながら、美月は子どもたちに話しかけた。
「にんじんみたいな野菜は小さめに切ると早く火が通ります。大きすぎると硬いままだから注意」
「へぇ〜!」と子どもたちの目が輝いた。
鍋に油を落とし、刻んだ玉ねぎと根菜を入れる。
じゅうっと音が響く。
炒めることで野菜の甘みが引き出され、スープに深みが出る。
「いい匂いがしてきたぞ!」
「お腹空いてきた……!」
笑い声が上がる。
それだけで、美月は胸が満たされていくようだった。
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やがて豆を加え、水を注ぎ、ぐつぐつ煮込む。
鍋の蓋を開けた瞬間、湯気とともに香ばしい匂いが村全体に広がった。
「もうすぐですよ。あとは味つけ」
塩をひとつまみ。香草を刻んで入れると、香りがぐんと豊かになった。
鍋をかき混ぜながら、美月は小さく微笑んだ。
「――料理って、待ってる時間も楽しいんです」
村人たちは頷き、鍋を囲んでわくわくと待った。
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出来上がった豆と野菜のスープを椀によそい、子どもたちに渡す。
熱々をふうふうしながら一口。
「……甘い!」
「豆がほろほろしてる!」
「おいしい〜!」
歓声が一斉に上がった。
大人たちも次々に口に運び、驚いたように目を見開いた。
「……こんなに優しい味がするものは初めてだ」
「体の芯から温まる……」
その光景を見て、美月はふっと目を伏せる。
――結衣も、こうして喜んでくれたな。
病院のベッドの上で、スープを食べて「お姉ちゃんの味だ」って笑った。
その笑顔を、もう一度見たい。
「……ふふっ」
思わず涙ぐみそうになるが、必死でこらえた。
この村の子どもたちが、結衣の代わりに笑ってくれているのだから。
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その日の夕暮れ、美月は村の広場で小さな料理教室を開いた。
「豆は一晩水につける」「野菜は切り方で味が変わる」「香草を入れるだけでごちそうになる」――。
村人たちは真剣な顔で聞き入り、何度も頷いた。
「お嬢さん……いや、美月さん。あんたはすごい人だ」
「もしよかったら、この村に残ってくれないか」
年長の村人がそう言って頭を下げてきた。
美月は驚きつつも、胸の奥が温かくなる。
前世では、仕事に追われ、誰かから感謝されることなんて少なかった。
でも今、料理一つで人が笑ってくれる。必要としてくれる。
「……ありがとうございます。でも、私はきっと、もっとたくさんの人に料理を届けたい」
そう答えると、村人たちは残念そうにしつつも笑って頷いた。
その夜、広場に残った美月に、ひとりの小さな影が近づいた。
栗色の髪をした少女――リナ。
その顔を見た瞬間、美月の心臓は強く打った。
それは、前世の妹・結衣にあまりにもよく似ていたから。