19:血の砦
翌日、俺たちは予定通りに出発した。
と、言っても、まず俺はロスヴィータ、アーサとは別行動だ。イングヒルトに会いに行かないといけない。
二人には先に、森人族の国に近い領地まで行ってもらう。俺は後から合流する。
昨日の砦に着くと、俺はすぐに呼び止められた。奴隷商人たちの検死が終わったそうだ。
「死因は呪いですな」
メガネの、堅物っぽい魔導医が教えてくれた。
「手のひらにあったのは、呪印です。何者かとの契約で刻み込まれたのでしょう。昨日のことは聞き及んでおります。おそらく、奴隷とされていた者から離れると発動するものだったのかと」
なるほど。馬車で砦に向かう途中で死んだのはそのせいか。
「呪いをかけた相手って、分かる?」
「申し訳ございません。そこまでは読み取れませんでした。ただ、呪い、特に死に至る呪いはかなり高位の魔法使いにしか使えません。厄介な相手かと」
そうか……。
森人族の国が滅ぼされる時、すごい魔法を使われたって言っていたっけ。その魔法使いが関係してそうだな。
俺は礼を告げると、イングヒルトのいる森に急いだ。森に慣れているようなことを言っていたけど、イングヒルトは見た目がどうしても子供だからなあ。
街道に馬車をとめてもらい、森まで走る。入り口に着いたら大声でイングヒルトを呼んで、
「戻ったか、勇者」
っと、呼ぶ前に来てくれた。服はボロボロのままだったけれど、顔には生気が戻りつつあった。少しは休めたってことかな。
「それで、どうだった? やはり、人間が私たちを襲ったのか?」
それがその……。
「少なくとも国王の命令で攻め込んだわけじゃなさそうだ。それに、どこかの領主の独断だったとしても、こんな大きなことがバレないっていうのも考えにくい」
あ、イングヒルトの顔が怖くなった。
「……私が、嘘を吐いているとでも?」
いや、そんなことは言わないよ。少なくとも俺は、イングヒルトの言うことを信じている。
「俺は仲間と一緒に、森人族の国を直に見に行くつもりだ。できれば君にも一緒に来てもらいたいんだけど」
「国に? ……まだ私たちを襲った連中が残っているかもしれないのだぞ。危険だ」
「それは承知してる。仲間は強いし、君のことは俺が守る。だから、案内してもらえないかな」
……壊された国をもう一度見ろっていうのは、残酷だけど。しかも、お姫様に。
「俺たちだけじゃ、見落とすことが多いと思う。だから、なんとか力を貸して欲しい」
頼む、と頭を下げる。
イングヒルトは、すぐには答えてくれなかった。やっぱり辛いんだろう。迷っているような気配がある。
それでも頭を下げ続けていると、やがて、
「……分かった」
と、答えてくれた。
「ありがとう」
顔を上げて礼を言う。
イングヒルトが一緒なら、一か月前の出来事でも判別付きやすいだろう。
そうと決まったなら、これを渡しておかなきゃ。
「なんだ、これは?」
家から持ってきた包みを見て、イングヒルトは首を傾げる。
「服と食事」
「食事はともかく、服?」
「ほら、今着ているのボロボロだし。あ、うちの侍女が選んでくれたから、色々心配はいらないと思う」
食事の方も、菜食好みの森人族にあわせて、野菜とフルーツのサンドイッチにしてもらった。
「着替えろということか……。分かった、ちょっと待っていろ。あ、こちらを見るなよ!?」
見ません。言われるまでもありません。ちゃんと背中を向けます。
でも、がさがさ揺れる葉の音と、衣擦れの音はちゃんと勇者の耳が拾うんだから困ったもんだ。お子様趣味は持っていないので、あまり嬉しくもない。
「い、いいぞ」
振り返ると、イングヒルトは若草色の服を着て、俺のローブを羽織っていた。シンプルだけど、悪くない。
さすがリアン。任せて正解だった。
「これから、砦へ行って、転移魔法を使ってもらう。だから、顔は隠しておこう。フードかぶっていてくれ」
「む、人間のいる所へ向かうのか……」
「一回だけだ。さすがにここから馬車で直接向かうには時間がかかり過ぎる」
ここは、文明の利器というのを頼る方が早い。
「な、なら、ずっと一緒にいてくれ」
「それはもちろん」
一人になんてできるもんか。守るって言ったしな。
「じゃあ、行こう」
「う、うん、って、うわあ」
抱きかかえる。ここからは有無を言わさず問答無用。とっとと動いた方が、イングヒルトのためになる。
「ゆ、勇者! 私は一人でも歩けるぞ!」
「ほら、走った方が早いし」
「だからって、王族を気安く抱くな!」
いや、昨日も抱きかかえてたでしょ? あの時は、こんなこと気にしていられなかっただろうけど。
食事は馬車の上でお願いします。走っている最中だと、舌をかむかもしれない。
とんとんとんっと走って戻る。馬車の上でも抱いたまま。
「勇者、一緒にいてくれとは言ったが、何もずっと抱えてなくても……」
小声でそう言われたけど、まあ、あれだ。
震えている子を放ってはおけないよね?
イングヒルトにとっては、憎むべき敵のど真ん中に行くわけだし。怯えて当然。目深にかぶったフードの奥の瞳が揺れているのは知っている。
砦に着いたら着いたで、すたすたっと速足で通り抜ける。転移魔法をかけてもらえば、後は一直線だ。
途中、ずっと女の子を抱えたままだったので視線が痛かったが、それはそれで無視。気にしない。
転移先では、ロスヴィータとアーサが待っているはず。早く合流しよう。
転移魔法の光に飲み込まれ、数十秒。
光が晴れた、その先には……。
……あれ? 誰もいない。
転移魔法は正常に機能したようだが、魔法陣のある大広間には、誰もいなかった。
待っているはずの二人もいない。何かあったんだろうか。
いや、あったんだろうな、これは。部屋の外から音が聞こえる。これは、剣戟の音か。
砦の中で、誰かが戦っている?
「勇者、空気がおかしい」
「ああ、分かってる」
イングヒルトの顔が、先ほどとは別の意味で引き締まっていた。一人で立たせると、俺は迷わず剣を抜いた。
扉を開けて、廊下の様子を見る。おお、嫌な予感的中。廊下は一面血の海だ。
濃厚な血の匂い。寒気がする。イングヒルトが息を飲んでいた。感覚が鋭いっていう森人族にはキツイかもな。
俺たちは、音を頼りに廊下を歩いた。
あたり一面血だらけなのに、何故かけが人も死体も無い。どういうことだろう。
少しずつ音に近づいている。声も聞こえるようになってきた。
「女が二人……。戦っているようだな」
ああ。それでもって、聞こえてくるのはロスヴィータとアーサの声だ。
イングヒルトの手を引いて、急ぐ。階段を降りようとしたところで、仲間二人が目に入った。
「せいっ!」
と、華麗な一閃を決めるアーサ。
「鋭利鮮血刃!」
と、紅い魔法で応戦するロスヴィータ。
二人が戦っている相手は、兵士だった。おそらく、この砦の者たちだ。
状況は分からないが、二人に加勢しないとな。俺は階段を跳び下りて、二人のところへと急ぐ。
ロスヴィータの死角から、兵士が斬りかかってきた。それを防いでやりながら、
「これ、どういう状況!?」
「アシュレイ様! 来てくださいましたか!」
「やっと来たか、勇者!」
あくまでも相手の剣を弾くにとどめる。相手は人間だ。でも、なんだろう、嫌な寒気が強くなってきた。
勇者の勘が言っている。危険だと教えてくれる。
俺はすぐさま相手のステータスを確認した。
『ブラッドデーモン・Lv29』
「アシュレイ様、お気を付けください。この兵士たちは人間ではありません!」
みたいだね。アーサが斬り捨てた一人が、血しぶきとなって消えた。体から血を吹いたんじゃない。斬られた体がそのまま血となって崩れた。
「ロスヴィータ。これは、どっからどこまでが化け物なわけ?」
「知らぬ!」
魔法で三体を一度に片付けながら、ロスヴィータは悲鳴のような声を上げた。
勇者の勘も、細かいことまでは教えてくれない。前方からとんでもない量の殺気が飛ばされてくるというくらいしか分からない。
戦うしかないか。
「アーサ、森人族の子をつれてきた。護衛を頼む」
「は、はいっ」
イングヒルトをアーサに任せて、俺は敵陣に突っ込んだ。
全方位からの殺気を受けつつ、とにかく前へと出る。アーサ、ロスヴィータはかなり疲れているようだった。俺の到着が遅かったら、競り負けていたかもしれない。
なので、俺は、イングヒルトを含めた三人から敵をなるべく離すように動く。
目の前の一体を斬り、返す刃で、右の一体を。さらに左、後ろ。上からも飛びかかってくるし、下から這い出てくる奴もいる。
どいつもこいつも目を血走らせていた。正気じゃない。化け物に正気を求める方がおかしいか。
さすがにこの数となると、返り血を全身で浴びてしまう。振るっているのが勇者の剣でなければ、血脂で曇り、斬れなくなっていただろう。
ロスヴィータの援護も少なくなってきた。息切れが近いようだ。
対してこっちは疲れ知らず。体中血だらけでも、傷は一つも貰っていない。
徐々に、徐々に敵の波を押し返していく。たいぶ数は減らしたつもりなんだけど、最後の一体までが遠い。
やっと敵を全滅させた時には、思わずため息が漏れた。ついでに、頭の中に雑音じみた声が聞こえる。レベルが上がったらしい。
「アシュレイ様、ご無事ですか!? お怪我は!?」
「あー、大丈夫、大丈夫」
とんでもなく血なまぐさいけど、一応無傷だ。とっとと血を洗い流したいが、それどころでもないよな。
砦いっぱいのブラッドデーモンとか、悪夢もいいところだ。
「なあ、アーサ、何があっぷ」
「あ、す、すみません」
アーサがなんともいい匂いのするハンカチで俺の顔を吹いてくれた。ありがたいけど、せっかくのハンカチが血みどろだよ?
「えっと、それじゃ改めて。何があったの?」
かいがいしく血を吹きとってくれるアーサの手を一旦止めさせて、俺は確認する。
「はい、それが……」
アーサが言うには、こういうことらしい。
俺よりも先にこの砦に来た時、すでに様子がおかしかった。兵士たちに生気はなく、話しかけても反応がなかったそうな。
不思議に思っていたら、ロスヴィータがアーサに耳打ちした。こいつらはブラッドデーモンだと。
最初、アーサには信じられなかったが、砦の責任者に会いに行くと、責任者は既に殺され、ご丁寧に部屋ではりつけにされていたと。
それでロスヴィータの言うことを確信したら、兵士たちが一気に襲ってきたのだとか。
「砦って、定期的に連絡を取り合ってるって話じゃなかったっけ?」
「そうなのですが……。この砦も、先日確認したばかりです。少なくとも、毎月一日と十五日には定期連絡をしているはずです」
えーっと、確か、今日は八日。……いつもの連絡から一週間ほど間があったわけだ。
「明日だったら、異変に気付けていたかもしれなかったわけか」
「はい。ですが、大惨事になっていたでしょうね……」
想像するだけで怖い。逆に言えば、俺たちが来たから、王都の兵士たちに被害がなかったとも言える。
これは、すぐ王都に報告しないといけないな。
……あ、でも、
「ロスヴィータ、転移魔法使える?」
「使えぬ、習得しておらん」
習得していたとしても、今の疲れ切った状態じゃ転移なんてできないだろうな。イングヒルトにも視線を送ったが、首を横に振られてしまった。
となると、近くの砦に行って、転移を頼まないといけないか。
「アーサ、ここの近くにある砦って分かる?」
「分かります。砦の大まかな位置は把握しておりますので」
さすが騎士団団長。
じゃあ、馬でその砦に行って連絡してもらおう。
「勇者、馬ならないぞ」
え? なんで?
「デーモンどもが、とっくに食っておるわ。ここには、もう生きたものはおらん」
そんな状態か。困ったな。
うーん、こうなると、下手に戻るよりも先に森人族の国を調べた方がいいだろうか。
「とりあえず外に出ないか? ここは、あまり気分の良い場所じゃない」
イングヒルトが身をすくませて言った。
そうだな。そうしよう。
外に出る途中、俺は兵士たちの残した服を頂いた。さすがに血みどろのまま移動はできないからね。魔力付与のされた装備を捨てていくのはもったいないけど、仕方ない。
外はまだ昼間。砦の中の惨状が嘘みたいに天気が良い。
ここから先に進むには、どうしたらいいだろう。砦の馬車を当てにしていたもんだから、他に移動手段を考えていなかった。
馬車の荷台はあるけど、まさかこれを引いて行くわけにもいかないしなあ。
「ほう、良い物が残っているではないか」
え?
「勇者よ、貴様がこれを引け。小さい物ならばお前でも引けよう?」
本気か? ロスヴィータ。
「ば、馬鹿なこと言うな! アシュレイ様にそのようなことをさせるわけにいくか!」
アーサは俺の味方みたい。良かった。
「ふん、黙っていろ小娘、我は合理的に判断したまでだ。荷物もある。小さなものならば、勇者の体格でも引けるだろう。それに奴は脚が速いからな。我ら四人でぞろぞろ歩くよりも、よっぽど効率的に移動できる」
えー、微妙に合っているのが嫌だなあ。
恐る恐る振り向くと、アーサとロスヴィータが言い争っていた。イングヒルトは静かだけど、二人の言い合いに驚いているだけみたいだな。
このまま言い争いが終わるのを待っているの時間も惜しいし、仕方ないな……。
俺は自分でも引けそうな荷台を探して、みんなの前に引っ張って来た。
「アシュレイ様!?」
「殊勝な心掛けだ、勇者」
「……勇者?」
とりあえず俺が引くから、暴れないでくれよ?




