17:亡国の森人族(エルフ)(2)
「人間、めぇ……!」
……まあ、怒るよね、普通。あんな扱いされてたら。しかも相手はお姫様だ。
ただ、助けた俺に怒るのはちょっと違うのではないだろうか。しかも、だ。今の魔法で馬車に火が付いた。すぐに灰になる勢いで。
言いたいところは双方あるけれど、燃えてしまっては話もできない。
俺はお姫様を抱えると、荷台から跳び下りた。
「触るな……っ」
今はそれどころじゃないってば。
本人は暴れているつもりなんだろうけど、やっぱり力が入っていない。もぞもぞ動かれている程度にしか感じない。
「話を聞きたいんだけど……」
答えは視線。明らかに、殺すぞ、と言っている。
話ができないとなると、困った。魔力と殺意が残っているので、ほいほいとどこかへ連れていくわけにもいかない。
さっきの檻、厳重だったのはお姫様の魔力を封じ込めるためだったのか。
しまったな。何も考えてなかった。馬車は今、大炎上中。檻は残りそうだけど、また閉じ込めるのも違う気がする。
「放せっ」
「放したらまた魔法を撃つつもりだろ?」
「当たり前だっ。私の国を滅ぼした人間は、一人残らず皆殺しにするっ!」
滅ぼしたって、ずいぶんと話が大きいな。
でも、ここ最近王国が戦争したって話は聞かないぞ。魔族の侵攻に力を取られてたし、魔王が倒れて一年程度じゃ、国力は回復しないだろうし。……政治的な話は、アーサの受け売り。
「話を聞かせてくれないか」
「黙れっ」
「いや、頼むからさ」
「うるさいっ」
話が進まないー。
どうしたもんだろう。俺が抱きかかえている限りは、無茶させないが。
……そうか、抱きかかえとくか。
「勇者様ー!」
お、兵士の二人が来てくれた。ちゃんと蹴り落とした強面も回収してくれているみたいだ。
馬車もそろそろ燃え尽きそうだし、もう一人の方も捕まえてもらおう。魔物討伐の帰りに思わぬものを拾ったもんだ。
しっかし、この子はどうやって説得したもんだろう。
「勇者……?」
「ん? ああ、一応ね」
借り物みたいなジョブだけど。
「なぜ、勇者がこんなところに……」
「魔物を倒した帰り道なんだ。その途中で君を見たもんだから」
首を突っ込んでしまったわけ。さすがに見逃すわけにはいかなかったし。
「貴様、本当に勇者か?」
本当だけど、どうやって証明しよう。
「勇者なら、聖剣を持っているはずだ! 見せろ!」
「いいけど……」
森人族の子を右脇に抱えて、俺は左手で勇者の剣を抜いた。
「……間違いない。鉱人族が打って、我々が魔力を注いだ宝剣……」
えっ、これそんなスゴイ代物なの? ラザフォード、一体どこで手に入れたんだよ……。
「……しゃなら」
ん?
「我らの盟友、勇者なら、なぜ助けてくれなかった! 私たちの国を、なぜ助けてくれなかった!」
うーむ、話が全然見えない。
とはいえ、ここでこの子を見捨てると、またロスヴィータに責任を問われてしまう。
やっぱりここは、こう言うしかないよなあ。
「お願いだ、話を聞かせて欲しい。俺には、何が起きたのか全く分からない。だから、君の話を聞きたい」
って。
森人族の子はしばらく俺の顔をじっと見ていた。悩んでいるのかな?
「……わかった。でも、条件がある」
「なに?」
「他の人間には会いたくない。お前と一対一なら、話をしてやる」
「ああ、それくらい構わないよ。場所は……」
……砦だと、人間が多すぎて困るよな。
と、なると、それこそここら辺で話すくらいしかないか。
「勇者様、こいつらは一体……?」
おっと、お供の二人が到着してしまった。
「奴隷商人、になるのかな。俺はこの子と話をしないといけないから、捕まえておいてくれる?」
「奴隷……? わ、分かりました!」
「先に行ってて。よろしく」
二人は、強面と普通のおっさんを縄で縛って連れていった。あっちもあっちで話を聞かないとな。
まさか、普通の奴隷商人が昼間っから馬車で奴隷を運んだりはしないよなあ。しかも、お姫様を。
なんだかきな臭い。
さて、それじゃ本題。
「何があったの?」
我ながらはっきりしない問いかけだとは思うが、こう聞くしかない。事態が大きすぎて、俺には何が何やら。
森人族の子は、イングヒルトは悔しそうに涙をにじませながら教えてくれる。
「一か月前、私たちの国が、人間に襲われた。見たこともない魔法を使って、王国全土を引き裂いた。
いきなりスケールがデカい。
俺が聞いた話だと、森人族の国はあまり大きくない。森人族の人口が、人間と比べてそもそも少ないからだそうな。
王国の十分の一もないんだったかな。どこかの地方領主の領土くらいだって、仲間だった賢者・ローレンスが言ってた。
ただ、森人族は魔力が高くて、逆にこっちは人間の十倍くらいは余裕であるそうな。寿命も人間の五倍くらい。
だから、まともに戦争したら、王国の方が危ないんじゃないかって話だったと思う。もっとも、人間と森人族は仲良くやってきたので戦争する必要がないんだけど。
「いきなりだった。何の宣告も、前触れも無しに人間が襲い掛かり、民も王族も関係なく殺された。王は最後まで戦いを止めようと話しかけていたが、人間は全く応じなかった」
ひでぇ。
「人間の魔法は、森人族がどれだけ抵抗しても防げなかった。私も、全力で応戦した。しかし、生き残ってしまったがゆえに捕えられ、奴隷として貶められた」
……。
「生き残った者は、散り散りになった。多くは捕えられ、私と同じように奴隷として扱われた。逆らえば、殺された」
…………。
「訳が分からない。我々と人間は、友好的な関係を築いていたはずだ。なぜここまで殺戮されるのか、全く、分からない」
………………。
「なあ、勇者、なぜなんだ。なぜ私たちの国は侵された。なぜ私たちを助けてくれなかったんだ。どうして私たちはこんな目に遭わなければならなかったんだ……!」
「すまん」
「……え?」
「何も知らなかった。何もしてやれなかった。酷い目に遭わせて、本当に、すまん」
なんてこったよ。そこまで酷い話なのかよ。
謝ることしかできねえ。一か月前っていうと、俺は、勇者が世界にいなかった頃だよな。いや、関係ないか、いたかどうかなんて。
勇者なら、止めなきゃいけなかったはずだ。そして、今の勇者は俺だ。なら、これは無視できる話じゃない。
そうなると、まずは確認か。悠長かもしれないが、確認してから今の俺に何ができるかをまず判断しないと。
確認、となると、アーサに聞いてみよう。王国が森人族を襲うなんて話、騎士団なら知らないはずがない。
すぐさま王都に戻って……、あ、いや待て。
俺はすぐ王都に戻れるけど、イングヒルトはどうしよう?
「勇者……? どうした?」
「ああ、君をどうしようかちょっと考えてて……」
「私を?」
腕の中で、イングヒルトがビクリと動いた。怯えさせてしまったか?
いかんいかん、なるべく優しく言わないと。
「俺は君の言うことを確認しに、いったん人間の国の、王都へ向かわないといけない」
「確認? 信じてくれないのか!?」
「違う、君を疑っちゃいない。ただ、王国が森人族を襲う理由が分からない。それを知らないと、俺も何をしたらいいかが分からないんだ」
「そんなの決まっている。復讐しかないだろう!?」
復讐、復讐か……。
今の俺も、復讐のために生きている。自分の大切な人を傷つけられる、失う悲しさを知っている。
ただ、ここですぐに了解してはやれないんだよな……。
今の俺は勇者だ。ジョブに見合った力も持っている。借り物の力だけど、だからこそ、使い方には慎重にならないと。
「なあ、イン……」
っと、そういえばまだ名前を聞いていないんだった。いきなり名前で呼びそうになって、思いだした。
「……君の名前は?」
「……イングヒルトだ」
やっぱり怯えているし、警戒もしてるな。名前を言うまでに、ちょっと間があった。
まあ、そうか。勇者は盟友なんて言ってたけど、実際に会うのは今が初めてだし。
「じゃあ、イングヒルト。さっきも言ったけど、俺は王都に一度戻る。その間、君をどうするかっていうか、安全な所にかくまいたいんだけど」
道に放り投げて、じゃ、後で、とはいかないからな。
「……王都は人間の都だったな」
「ああ、そうだ」
「私は、行きたくない」
だろうね。
抱えられたまま縮こまるイングヒルト。うーん、この子にとって安全で安心できる場所はどこだろう。
「……ここに来るまでに、森を見かけた。あそこがいい」
え? 森?
「危なくない? 特に、夜とか」
さっき倒したばかりのサイクロプスを思い出して、俺は言う。
でも、イングヒルトは頬を膨らませ、抗議してきた。
「私は森人族だぞ。森は家みたいなものだ。危険など無い」
森人族は森に詳しいって聞くけど、まだ子供だぞ。
「子供扱いしているんじゃないだろうな。おい、勇者」
「な、なに?」
「お前は何歳だ」
えーっと、十七に一年足すから、
「十八になるのか」
答えると、イングヒルトは、
「私は五十二歳だぞ。お前の三倍近く生きている。年長者の言うことは聞け」
あー、森人族だもんね。見た目はお子様でも、かなり年上になるのか。
うーん、悩むけど、本人がそこまで言うならしかたない。
「じゃあ、あまり森の奥まで行かないでくれよ? 俺もなるべく早く戻ってくるから」
「分かった。ただし、あまり待たせるな」
了解。
決まったなら、すぐに行動した方がいいよな。
俺は走って森の入り口、道に近いところまでイングヒルトを送った。
「明日には戻る。待っててくれ」
「待っている。信じるぞ、勇者」
ローブはあげた。さすがにボロボロの服を着させたままじゃね。
イングヒルトと別れたら、俺は全速力で走った。ちょっと時間を使うことになったけれど、勇者の脚なら夕暮れ前に砦には着ける。
走ったので、街道までは時間がかからなかった。街道に馬車をとめていたんだが、もう無かった。お供の二人は無事に砦へ向かったようだ。
んじゃ、俺も急ごう。馬車に追いつけるかもしれない。
行きかう人々に驚かれる速度で走っていたら、予想通りにお供たちの馬車に追いつけた。
「よっと」
「ゆ、勇者様?」
「お待たせ」
まあ、馬車に追いつかれたら、驚くよね。
それはさておき。捕まっていた奴隷商人の二人はおとなしかった。ガタゴトいう馬車の上で騒ぎもせずに、転がっている。
こいつらからも話を聞かないと……。って、あれ?
おとなしすぎない?
まさか……。
「……死んでる」
息がない。脈もない。
兵士の二人も様子を見にきた。驚いている。
「君たちじゃないよね?」
念のため、確認。連れていけとは言ったけど、とどめを刺せとは言ってないぞ?
「め、滅相もありません!」
「はい! 馬車まではこいつらも歩いておりましたし、それから勇者様が合流されるまで、我々は何も……」
毒って感じでもないし、魔法か何かか?
二人の持ち物を漁る。けど、それらしい持ち物は見当たらない。呪われた道具とか持っているかと思ったんだが。
それでも死体を調べていると、二人の左手のひらに、おそろいの刺青があった。
刺青、というか、文字か? 毒々しいまでに赤いこの文字、いかにもな感じがする。
後で、魔導医に聞いてみよう。
これはますますきな臭くなってきたぞ。奴隷かと思ったのが森人族のお姫様で、奴隷商人の二人は謎の死。怪しすぎる。
砦に着くと、俺はすぐさま転移の魔法陣に乗った。
勇者の力とは別の、元・遊び人の勘が言っている。気を付けろって。
王都に戻ったら、アーサに森人族国への侵略について聞こう。ロスヴィータにも知恵を借りよう。
バグ退治とは別のところで忙しくなってきた。まさかこれ、カミサマが仕向けたんじゃないだろうな。
嫌な予感を抱きながら、俺は転移魔法の詠唱を聞いていた。




