表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
21/22

第二十一話

――笑いの神は、海の悲しみを抱けるか


海が笑わなかった日

布袋尊が海辺へ辿り着いた時だった。

いつも笑っているはずの海が、

その日は静かだった。

波は低く、

風は重く、

空は灰色の雲に覆われている。

布袋尊は首を傾げた。

「おや。

 元気がないな。」


しかし海は答えない。

ただ静かに、

重い波を寄せるだけだった。

やがて海の底から、

低い声が響く。

――笑いの神よ。

 お前は笑いを知る。

 だが、

 悲しみをどこまで知っている。

布袋尊は笑顔を消した。

「知らぬわけではない。」

海は答えた。

――ならば見よ。

 我が抱えた悲しみを。

その瞬間、

巨大な波が布袋尊を飲み込んだ。


潮涙の海底

気がつくと、

布袋尊は海の底に立っていた。

そこには無数の光が漂っている。

いや、

それは光ではなかった。

涙だった。

海が長い年月の中で受け取ってきた、

人々の涙。

戦で沈んだ兵。

嵐に消えた漁師。

帰らぬ夫を待った妻。

子を失った母。

夢を果たせなかった者。

無数の悲しみが、

海底に沈んでいた。

布袋尊は言葉を失う。

海が問う。

――笑えるか。

 この涙を前に。

布袋尊は首を横に振った。

「笑えぬ。」

海が震えた。

――ならば、

 お前の笑いは偽物か。

布袋尊は静かに答えた。

「違う。」

「笑いとは、

 悲しみを忘れるためのものではない。」

「悲しみと共に歩くための灯だ。」

海は黙った。


笑いを失う闇

次の瞬間、

布袋尊の胸から光が消えた。

笑いが消えた。

腹を揺らしても笑えない。

声を出しても笑えない。

世界が灰色になっていく。

初めてだった。

笑いの神が、

笑えなくなった。

海が問う。

――笑いを失ったお前は、

 何者だ。

布袋尊は膝をついた。

心が重い。

苦しい。

涙が出る。

それでも彼は立ち上がった。

「私は布袋尊だ。」

――笑えぬのにか。

「笑えぬからこそ分かる。」

「笑えない人の気持ちが。」

海は静かに波を揺らした。


涙の巨人

海は最後の試練を与えた。

海面が裂け、

巨大な人影が現れる。

全身が涙でできた巨人。

海そのものの悲しみだった。

巨人は叫ぶ。

「私は忘れられた涙!」

「私は届かなかった願い!」

「私は報われなかった人生!」

その声だけで海が荒れる。

空が曇る。

世界が沈む。

布袋尊は袋を下ろした。

そして静かに言う。

「苦しかったな。」

巨人は動きを止めた。

「悲しかったな。」

涙の巨人が震える。

「誰にも聞いてもらえなかったのだな。」

その瞬間、

巨人は泣き崩れた。

海が揺れる。

空が震える。

何千年も抱えていた涙が、

一気に溢れ出した。

布袋尊は袋を広げた。

「全部預かろう。」

「悲しみは捨てなくてよい。」

「私の袋で休めばよい。」

涙は袋へ吸い込まれていく。

終わりの見えない涙。

だが布袋尊は逃げなかった。

笑わなかった。

ただ受け止め続けた。


長い時間の後。

袋が静かに光り始めた。

海の涙。

人々の悲しみ。

失われた願い。

その全てが、

柔らかな光へ変わっていく。

そして聞こえた。

小さな笑い声。

ふふっ。

くすっ。

ははは。

それは悲しみを忘れた笑いではない。

悲しみを乗り越えた笑いだった。

海が震える。

――これが、

 お前の力か。

布袋尊は笑った。

「ようやく笑える。」


潮笑の袋

海は穏やかになった。

雲が晴れる。

太陽が顔を出す。

そして海は、

布袋尊の袋へ潮の紋様を刻んだ。

それは、

潮笑の袋。

世界中の悲しみを受け止め、

涙を希望へ変え、

絶望を明日へ繋ぐ神具。

海は言った。

――笑いの神よ。

 お前は悲しみを否定しない。

 だからこそ、

 本当の笑いを知っている。

 海を渡る資格を認めよう。

布袋尊は深く頭を下げた。

「ありがとう。」


海が割れ、

潮の道が現れる。

その先には、

七色の光に包まれた島。

布袋尊は袋を背負い直した。

そしていつものように、

豪快に笑った。

「ハハハハハッ!

 待たせたな!」

海も笑った。

風も笑った。

空も笑った。

こうして笑いの神は、

七柱最後の神として、

島へ向かうのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ