第47話『星の導を灯す者』
「――おま、え……!」
イアンがエルを睨みつける。エルは冷や汗を一滴流しながら、イアンに反抗するように、ジッと彼を睨みつけた。
「お前、なんなんだ……! 一体……! お前は関係無いだろうがっ……!」
「関係ある。お前が彼女を傷付けるのなら、僕はどんな理由があろうとお前と戦うよ」
「は、はは、なんだお前、まさかこんな奴のことが気に入ってるのか?」
「いいや、違う。お前と同じだ。嫌いだ、正直憎んでさえいる」
「だったらなんで……!」
「嫌いだけど、生きていて欲しいからだ」
「意味がわからない……! 殺しちまえばいいじゃないか! ソイツは俺も、俺以外も、何人にも残酷な言葉を浴びせてきたんだぞ! それを助ける? 助けるだと? ふざけるなっ!! あまりに理不尽過ぎるじゃあないか。他人を傷付けておきながら、一切の罰も受けずに無罪放免だなんて……! 殺してやる、殺してやる、殺してやる……!」
「そうだな。僕も、そう思うよ。けど、決めたんだ。僕は彼女を守る。……ラザリアは、殺させない」
「――ああ、そうか。なるほど、なるほどな。
お前がソイツを匿うって言うんなら……お前も、同罪だよなあ……!」
直後、蛇を何重にも編み上げたかのようなイアンの肉体から、黒い、刃の付いた触手のようなモノが浮き出た。エルはペンを握り、身構え、
「同罪なら、お前も死ねよおッッ!!!」
文字を書く、瞬間にイアンが刃を振り回しそれが勢い良く迫る、エルは文字に手を触れると同時に「『守れ』!」と叫び、刃を弾くと同時にイアンの目前に炎の塊を出現させ、そしてそれを強く爆発させた。
「ぐああっ!」
イアンが吹き飛び、地面を転がって校舎の壁に激突する。エルは後ろにいるラザリアに手を差し伸べ、彼女を鼓舞するように言った。
「ラザリア! ……立てるか?」
「――ああ、立つさ!」
ラザリアはエルの手を取り、エルはラザリアの手を引き、立たせる。そして2人は構え、イアンへと向かい合った。
「――安心しろ。覚悟はできてる。イアンを、殺すんだな」
「――いいや、違う。絶対に殺させない」
「なんだと?」
「アイツは確かに罪深いよ。けど、僕にはアイツを殺せないし、君にも殺させたくない。だったら、生かすしかないだろ」
「そんなことが、できるのか?」
「――不可能を可能にする。僕たちの弟子が言っていたことだ。だったら、僕だって目指さなくっちゃいけない。……そうでもしないと、僕はあの子に、顔向けできない」
エルの言葉を聞き、ラザリアが笑った。
「――ああ。お前の言う通りだな」
と、イアンが瓦礫を吹き飛ばしながら、溢れた憎悪のオーラを暴風のように吹き荒れさせながら立ち上がった。
「許さない、許さない許さない許さない許さないイイィィィィ!!!!!!」
「行こう、ラザリアッ!」
「ああ、エルッ!」
同時にエルとラザリアは二方向に分かれながら走り出す。イアンを挟むようにして立ち、エルは人差し指をイアンに向けて魔力を集めた。
「『壊れろ』ッ! 『壊れろ、壊れろ、壊れろ』ッ!」
意志を込め4発の言霊を放つ、イアンはそれを目視し右手に生み出した黒い剣でそれを弾く。しかし瞬間にイアンの剣が砂塵となって消え、同時に彼の背中をラザリアが切りつけた。
「このっ――!」
イアンは全身を振り回すようにして魔力の腕を振り、ラザリアを攻撃する。ラザリアはそれを空中に飛び上がり避け、同時に体を横向きに回転させた。
「はああッ!!」
そしてそのまま勢いを殺さず、地面に着地すると同時に剣を振り抜く。剣は大地を切りつけ、瞬間、巨大な旋風が巻き上がり、イアンの体を吹き飛ばした。
「ぬううっ――!」
イアンの体が高く、高く浮き上がる。イアンは旋風が晴れると同時に下を見渡し、そしてラザリアの姿を探した。
「どこだっ、どこへッ――」
直後、イアンの体に六角形をした石の柱が激突した。
エルだ。エルが下で地面に文字を書き、そして魔術を起動させ石柱を突き出させたのだ。
「吹っ飛べええええええ!!!!!」
エルが叫ぶ、イアンは石柱に押し飛ばされ、空中に投げ出されながらもなんとか体勢を整えた。
「邪魔するなあああああああああああッッッ!!!!!!」
イアンが叫ぶ、黒いオーラが増大し、背後から無数の黒い光線のようなものが放たれる。
「ッ――『守れ』!」
エルは自らの周りに障壁を張る。しかし無数の光線が障壁に当たる度、それはピシリと音を立てていき、やがては音を立てて割れてしまった。
光線が体を貫く、エルは肩や腿から血を流して痛みに歯を食いしばった。
「ッ――」
「ハッハッハァ! 余計なことをするからそうなるんだよマヌケがあっ!」
「ハアアアッ!」
直後にラザリアが高く飛び上がり、剣を構えイアンへと迫った。イアンは「おっとぉ!」と言いオーラを触手のようにラザリアへと伸ばし、彼女を絡め取った。
そしてイアンはそのまま空中で体を回転させ、ラザリアを振り回し地面へと投げ捨てた。
土埃が舞う。イアンは更にオーラを蜘蛛の足のように伸ばし、それを地面に突き立て空中に留まる。
「どうだ、どうだどうだどうだこの力!!! お前なんかじゃあ絶対に辿り着けない悪魔の力ッ!!! 正義も理想も信念も何もかもを投げ捨てることでようやく辿り着ける『悪意』の力ッッッ!!!! 全てはお前をぶっ殺すためだ。俺の努力を否定し見捨てたお前への復讐のためだ。
これは断罪だ。一切裁かれることの無いお前への裁きだ。世の善がお前を裁けないのなら、悪たる俺がお前をぶっ殺してやる。
ほらほら、早く出てこいよ! 土埃の中にいたんじゃあ顔が見えなくていたぶりがいがねえだろうがあ!」
直後、「『壊れろ』!」という声が響くと共に、イアンの体に言霊と魔力がぶつかった。
イアンの体から生えた悪意の脚が、1本ちぎれ飛ぶ。イアンは言霊を放ったエルの方を見て、目を血走らせた。
「――今、僕とあんたの違いがわかったよ」
エルはペンを構え、イアンを睨みつけながら言う。
「あんたは実らない成果に狂い、魂を売った。
僕は実らない中でも、絶対にその一線だけは踏み越えなかった。
だけどその差は、とどのつまり、ただの運の違いだ。僕の人生の何か1つが、ちょっとでも違っていたら、こうはならなかっただろう。
咎めはしない。気持ちはわかる。だから僕には、あんたを裁くことはできない」
「ッッ――なにを、言って」
「この世界は理不尽だ。無限の努力が、たった一抹の才能に負けてしまうことだってある。君が積み上げた一切合切を、理解しようとしない人間だっているだろう。
それは僕も同じだった。ああそうさ、努力なんてモノは結局、成果の前には空しいものさ。如何なる人生を辿ろうと、劣等に向けられるほとんどは純然たる悪意だ。僕もそれを味わった。僕だってただの劣等種だったさ。いや――今でさえも、そうと言っても良いだろう。なにせ僕は、偶然手に入れたこの力以外には何も無いのだから。
だからあんたの言いたいことは痛いほどに理解できる。
だけど、だからと言ってこの事態を看過する訳にはいかない。だからあんたを止めてみせる」
「黙れ、黙れ黙れ黙れ!! なんなんだお前は、関係無い癖に、邪魔をしやがって! お前は一体、なんなんだっ!!!」
「――僕の名は、エル・ウィグリー。断絶された世界の中で、それでも光を灯す者。あんたの世界に未来が無いのなら、そこに未来を造ってみせる。
かかって来い。あんたを覆うその絶望を、僕が完膚なきまでにぶっ壊してやる」
「ッ――!」
一瞬、イアンを覆っている悪意が乱れた。エルはそれを認識し、彼が未だ手遅れではないことを悟った。
「ふざ、けるな……! ふざけるな、できるわけないだろ、そんなことがっ!」
「やってみなくっちゃあわからないじゃないかっ!」
イアンがエルへと光線を放つ、エルは地面に文字を書き、魔術を発動させる。途端に地面が割れ、同時に強風が巻き上がり、無数の瓦礫を巻き込んでエルたちは空へと吹き飛ばされた。
「上を取って有利になったつもりのようだな! だけど全部吹き飛ばせば、上も下も関係無い!!」
荒々しい竜巻の中、エルは瓦礫の上に立ち、魔力を指先へと集める。イアンは「クソがっ!」と叫び、そして全身の憎悪を集め、自らの両の手の間に黒い塊を作り出した。
「ハッハッハアッ! 確かに驚いたがよぉ、てめぇの負けだ! 隙のでかい技を使おうとした手前の判断力を恨みやがれ!」
イアンが笑い、黒い魔力が胎動する。しかしエルは一切の迷いも、焦りも見せずにイアンを睨み続け、
直後、「はあああああッッ!!!」という叫び声がこだました。
ラザリアだ。ラザリアが浮かび上がった瓦礫を踏み台にし、大陸を飛ぶ鳥のような速さでイアンへと迫っていたのだ。
ラザリアの声にイアンが反応する、イアンは身に纏う憎悪から触手のように剣を生やしラザリアの斬撃を受け止めた。
甲高い歪な音が響く、ラザリアは剣を防がれそのまま空へと放り出されるように回転しながら飛ばされていく。イアンはそんなラザリアを見てことさら笑った。
「バカがッ、自爆しやがって! そのまま地面に落ちて、卵みたいに弾けやがれ!」
しかし直後、ラザリアは回りながらも反転し、体勢を整えイアンを見据えた。
そして左手を大きく前に突き出し、右手に持った剣を振りかぶり、それを勢いよくイアンへと投げつけた。
刃は回転しながらもイアンの体へと肉薄する、イアンはその予想外の事態に「なにぃ!?」と声を上げた。
イアンは刃を避けようと身をよじる、体勢が崩れ体が大きく回りだす。刃はイアンには当たらず通りぬけ、そのまま風の中へと消えていった。
「し、しまっ……!」
イアンはそして、バランスを崩す中で、エルの魔力が大きく鼓動したのを見た。
エルの指先に集まった魔力が、竜巻に負けぬほどの唸りをあげる。そしてエルは大きく息を吸い、渾身の力を込め、叫んだ。
「『壊れろッッッ!!!!!!!』」
指先から魔力が放たれる。イアンは声を出すこともできぬままそれに当たり、そして。
彼の体を纏っていた蛇のような憎悪が、一瞬膨れ上がったかと思うと、そのまま音を立てて弾け飛んだ。




