第46話『絶望に抗う星』
剣が弾かれる音、同時にイアンが「なにぃ!?」と叫び、何かが吹き飛ばされるような、そんな爆音が響いた。
ラザリアは音に驚き顔を上げた。世界は暗黒に包まれている、魂の色彩は依然として一切の光を灯していない。
しかし。しかしラザリア・ヴァーミリオンは、それでもなお、その強い意志の声を聞いた。
「『――聞こえますか、ラザリアさんっ!』」
声の主は紛うことなく、エル・ウィグリーと言う男であった。
響いた音を考えれば何が起きたかなど容易く推測できた。おそらくエルは、振り下ろされた黒い剣を、そして怪物と化したイアンを、自らの魔術を持って吹き飛ばしたのだ。
「――エル?」
「『聞こえているならそのまま聞いてください! 僕はあなたを助けに来た! だからすぐに、その世界から抜け出してください!』」
「――助ける? はは、何をバカなことを。いいか、私は自分の生徒の人生をめちゃめちゃにしたんだ。そんな人間に、助けてもらう資格なんて無いよ。……私はな、ここでイアンに殺されなくっちゃいけないんだ」
ラザリアは響いた声にぼそり、ぼそりと反論した。
事実だ。いくらそこに悪意が無かったとは言え、自分は愚かさゆえに他人を貶めたのだ。殺されたとしても文句は言えまい。
罪とは過去である。過去とはもはやどうしようも無い物である。ラザリアは自らへの失意を取り返すことはできないと悟り、もはや自身の人生さえをも諦めようとしていた。
しかし。それでも、エル・ウィグリーは。
「『そんなこと、知ったことかッ!!!』」
ラザリアに対して、そんな無茶苦茶な声をあげていた。
◇ ◇ ◇ ◇
闇の中、エルは全身から魔力を噴出させていた。
強い意志の力は大きな輝きとなり、自らを纏う光と化す。闇をつんざく明かりを灯し、エルは無我夢中で喉元に力を込めていた。
奇遇にも、闇に沈んだラザリアを助けだそうとエルが至った結論は、自らの弟子であるフィオナと同じものであった。
すなわち、彼女の中にある感情を呼び起こすこと。
エルは信じているのだ。人が人である限り、生命が生命と言う動力を尽きさせない限り、必ず備えている力を。
『生きたい』という、その感情を。
――彼女は、生きていても良いのか? そんなことは、どうでもいい。
叫べ、叫べ、叫べ、叫べ。
憎悪、怒り、親しみ、尊敬。ありったけの感情に目を向け、複雑な想いを表現しろ。
真っ直ぐな言霊は、きっと彼女の心に届くから――!
エルはそして、自身の言葉に様々な意志と感情を込め、なおもまた、叫び続けた。
◇ ◇ ◇ ◇
知ったことか、だと? ラザリアは暗闇の中、エルの言葉に戸惑っていた。
おかしいだろ、それは。エル・ウィグリー。
お前だって、いや、お前だからこそ、わかっているはずだ。私がどのような事をしたのかが。
自分の言葉の意味に気づきもせず。
自分の行いを振り返ろうともせず。
そうして何人もの人間を、一切の罪悪感さえなく地獄へと突き落としてきたのだ。
許されるはずがない、恨まれても仕方がないのだ。
「『ああ、そうさ。ハッキリ言ってやる、僕だってあんたが嫌いだ! 憎いさ、憎いよ、何度だってぶっ殺してやるって思ったよ!』」
ほら、見ろ。だったら、何もするんじゃない。それが一切の償いになるわけじゃないと知っていても、私は、罰を受けるべきなんだ。
「『けど、だからどうしたって言うんだ!』」
ラザリアはそして、またエルの言葉に戸惑いを隠せなかった。
「『確かにあんたは罪を犯した! 否定はできないし、する気もない。あんたはバカだし、僕はあんたに苦しめられた。覆しようも無い事実だ。
けど、それでも――僕はあんたに、生きていて欲しいんだ!』」
なぜだ、どういうことだ。意味がわからない。ラザリアの心は、エルの言葉に揺れて、揺れて。
「『罪がどうとか死ぬべきだとか、一切合切どうでもいい。この世界が所詮、エゴとエゴの押し付け合いでしかないのなら、僕はハッキリと自分のエゴを押し付けてやる。
生きろ、ラザリア! そしてそこから抜け出してくれ!』」
――ああ、そうか。ラザリアは途端、エルの感情を理解して。
エル・ウィグリーよ。お前は私の罪も、醜さも、何もかもを否定しないで、例えそれが理不尽であろうと、『生きてくれ』と叫ぶのだな。
途端、真っ暗な世界の中に、1粒程度の光が射した。
それは確かに、小さい物であったが。しかしいついかなる時も消えないような、そんな確かな強さがあった。
それはまさしく、夜に光る一等級の星。暗い夜闇の中にあっても導べを示す、確かな光。
――エル・ウィグリーとラザリア・ヴァーミリオン。2人の違いを簡単に説明するのであれば、その光であろう。
挫折や敗北こそ経験すれど、その先に必ず光ある未来が見えたラザリアと。
幾重にも失敗を続け、自信を失い、自らの未来に希望を持てなくなり。
それでもなお信念を見失わず走り続けたエルとでは、『絶望』と言う闇に対する力が違ったのだ。
その力の差は歴然と輝き、そしてラザリアの目に強く焼き付いた。
だからこそラザリアは、その光に誘われるままに生きてみようと思ってしまったのだ。
「『君が罪を抱えていると言うのなら、僕も一緒に、罪を背負おう。
僕は、絶望の歩き方を知っている。君が目の前の闇を壊せないのなら、僕が君と共に歩いて、それを打ち崩す力になる』」
瞬間。ラザリアの周りを覆っていた闇が、ピキリと音を立て、そしてガラスを打ち壊すかのように崩れていった。
視界が晴れる。ラザリアの意識が、現実へと戻り始める。
ラザリアがそして見たのは、自身の前に立ち、全身を輝かせながら自らを守る、エル・ウィグリーの姿だった。
――未来に光はない。夜闇において、太陽が昇るのを信じることは困難だ。だからこそ、その胸に星を灯して。
それはまさしく、彼の積み上げてきた物を証明した輝きであった。
人はそれでも生きるのです




