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第38話『悪意とは』

 フィオナはリネアの手を引き校内の廊下を走っていた。


 校内は酷い有様だった。他の生徒たちと戦い合ったのであろう者たちが至る所に横たわっていた。

 幸いにも死者はいなかったが、しかし、いずれにせよこの学校が暴力に占領された危険地帯であることには変わりない。フィオナたちも既に何度も暴走した生徒たちに襲われていた。


 かなり危険な状態だ。早く、フィリアを見つけねば。フィオナは暴力を振るわれ血だらけになったフィリアを想像して、胃がキリキリと痛むのを感じた。



 走り、走り、廊下の角へと差し掛かる。フィオナが頭を抑え顔を青ざめさせているリネアを引き、その角を曲がると……



「あっ!」



 直後、目の前に小さな女の子が現れた。フィオナは「うわっと!」と思わず叫びながら女の子を避ける。



「あ……! フィ、フィリアちゃん!」


「お姉ちゃん!」



 現れた女の子は、フィリアだった。


 フィリアはフィオナに気が付くと、恐怖に切迫した様子でフィオナの身体に抱きつく。



「大丈夫だった?」


「ふええ……怖かった、怖かったよお……!」



 ――良かった、どこにも傷はない。無事だ。フィオナは抱きついているフィリアの頭を撫で、心の底から安堵のため息を漏らした。



「……フィリアちゃん。泣いている暇はないわ。ここは危険よ、早く校内から逃げないと――」



 フィオナが言った途端、後方で爆発が起きた。衝撃が風を巻き起こし、フィオナたちの髪が激しく揺れる。

 逼迫(ひっぱく)が辺りを駆け抜ける。フィオナは後ろを向き、黒煙の中から姿を見せた1人の教官を睨みつけた。


 やはり、目が狂気に満ちている。フィオナにはそれが、体の中に眠っている獣性を呼び起こし、一切の理性が働いていないかのように見えた。


 ――来る。フィオナは反射的に剣を構え、途端に教官がこちらへと駆けた。


 凄まじい気迫だ、さすが教官という立場にいるだけはある。フィオナは瞬時怖気を感じるが、しかし今後ろには、リネアと、そしてフィリアがいる。


 教官を務める人間に勝てる見込みなどなかったが、しかし、逃げ出すわけにはいかない。フィオナは覚悟を決め、目の前の教官を睨みつける。


 と――



「そこまでになさいっ!」



 怒声が響き、直後に目の前の教官に雷の剣が突き刺さった。


 バチバチと音が鳴り、あっと声を出す間も無く教官が倒れる。フィオナは一瞬の出来事に驚き、声の主へと目をむけた。



 そこに立っていたのは――何人かの生徒を引き連れた、チェイン・アームズの学長、キンブリーだった。



「…………いくら暴走したとは言え、生徒たちに手を出すとは言語道断です。……とは言っても、こと今回に関してはいたしかたないところもありますが」



 キンブリーはそう言いつつ、倒れ込んだ教官の体を起こし、壁を背にして座らせた。



「――2人とも。無事でしたか?」



 キンブリーはフィオナとリネアに目をやり言う。フィオナは目の前にこの学園の創始者が立っているという威圧感に気圧され、声を震わせながら「は、はいっ!」と声をあげた。



「それはなによりです。さて、ところであなたたちは、今この学園がどういう状況になっているかを知っていますか?」


「――み、みんながおかしくなってます。なぜか、こう、突然人を襲うように……」



 フィオナが答えると、キンブリーは「ええ」と頷いた。



「大勢の人たちが、なぜか突然暴徒と化しています。この学園は高潔な騎士の学園、彼らには常日頃から『無闇な鍔迫り合い』は避けるよう言っていました。故に、このような事態が起きたことを、私は信じられません。間違いなく、これには何か裏があると私は踏んでいます」



 キンブリーが言う、フィオナはそれを聞きゴクリと唾を飲み込んだ。


 在籍していた頃から、その凄まじい存在感から覚えていた。話すことさえおこがましいとさえ思っていたあの学長が、いざ対面すると、その存在感がより強く、色濃いものとなった。


 なにせこの学長は――おそらく、現状自分にしか見えていないはずである『悪意』の存在を、勘だけで感知しているのだ。その神秘性さえ感じるほどの直観力は、それだけでフィオナから畏敬の念を引き出させるほどであった。



「しかし……それについて調べている暇はありません。あなた達は一刻も早く、この学校から逃げ出しなさい」


「が、学長、私も手伝います!」


「いいえ、あなたは逃げなさい、フィオナ・レインフォード。ここは私だけで十分です」


「――! 私の名前、覚えていて……」


「当然です。ラザリアさんが、あなたの除籍に最後まで反対していましたからね。あの人が成績不良な生徒にそこまでするなんて、今まで無かったですから。

 それに、私はこの学園の学長です。これまでの生徒のことは全員覚えています」



 キンブリーは一切表情を崩すことなく淡々と言い切った。彼女のその態度は毅然としており、フィオナは彼女が如何に大きな人物であるかを再確認した。



「とにかく、ここは私に任せてください。なに、心配はありません。これでもこの学園の学長、生徒たちが束になろうと退く力くらいは――」



 ふと、キンブリーは突然声を詰まらせ、そして大きく目を見開いて硬直した。


 何があったのだ。フィオナは反射的にキンブリーが見つめる先へと目をやった。



 キンブリーが驚愕し見つめていたのは――リネアの後ろでオドオドとしている、フィリアだった。



「この子は――確か、あなたたちが保護したと言う」


「は、はい。えと、ついさっき合流しまして、それでこの子も、早く逃がさなきゃって……」



 途端、キンブリーは目を怒らせて剣を抜いた。



「が、学長!?」



 フィオナは驚き声を上げる、後ろで立つ生徒たちもざわめきだす。そしてキンブリーは、彼女らの反応など構っていられぬと言った表情でフィリアに語りかけた。



「あなた――何者、ですの?」


「キンブリー学長、この子はただの子供です! なにもそんな――」


「いいえ、フィオナさん。この子はただの子供なんかじゃあありません。その証拠に、この子はこの事態の渦中にいるにも関わらず、全く傷を受けることなくここに立っています。か弱い幼子がそうしていられるなどありえません」



 フィオナはそれを聞き、ドクンと、嫌な予感が心臓を打つような感覚を覚えた。



「あなたは、何者ですの? どうしてこの状況で、無傷でフィオナさん達と合流することができたのですか?」



 途端――フィリアがニヤリと、楽しそうに笑い。



「素晴らしい」



 そう言うと同時、禍々しい気を醸し始めた。


 リネアが殺気に勘付きフィリアから離れる。フィオナは彼女が突然様子を変えたことに困惑し、驚き、何も言えなくなった。



「いやいや、まさかそんなことから見抜かれるとは思いませんでした。流石、この学園の学長を務めるだけのことはある」



 突如。フィリアの体が、ごきり、ごきりと音を立て始めた。


 全身の関節がありえない方向へと曲がっていく。目を爛々とさせて笑うフィリアの顔が、骨の砕ける音と共に上下が反転する。フィオナはあまりに惨いその光景に、しかし目を離すことができなかった。



「ふふ……ふふふふふふ……。

 悪意とは、善意(・・)の裏に潜むモノ」



 やがてフィリアの体は、その形を大きく変貌させていき。


 1人の――歪に笑う、長身の男がそこに現れた。



「純真無垢な幼女の正体が、悪意の顕現だとは思わなかったでしょう」



 黒い正装を着込んだ男は、フィオナたちを一瞥しながら言う。


 フィオナはその男に、あの仮面の下にあった、果てのない怖気を垣間見た。

なんか最近の話を色々見てると、人間って変わんないなと思います

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