第34話『アルゴフィリア』
「あ、ところで皆さんこうは思いませんでしたか? “なぜこいつらは自ら邪教と名乗るのか”と――」
頭を下げたアルゴフィリアは不気味な笑みを絶やさず、突如として語りはじめた。
「元来宗教とは何かしらの神を信仰し信者を募るというものでした。最初に考えた人は大バカ者だ、なにせ神は実在しているのだから、新たに神を作り出したところで誰もその神を信じてはくれない。人々は原初の宗教の教祖と信者を揶揄し、信者自身が自らをそうと呼んでいた『宗教』という単語を、『頭のおかしい連中や団体』という意味で使いはじめました。それと似た構造になる迷惑な活動家を、今ではそういうふうに揶揄する表現として使われていますが――。
邪教、という言葉は、その原初の宗教が、自らの真似をして、邪な教えをばら撒く異教を揶揄するために使われた表現でして」
アルゴフィリアはそして勢い良く顔を上げ、殊更楽しそうに、顔中にシワを作り笑った。
「私たち邪教はまさに――まさに、この世に存在する全ての人々から『邪』と呼ばれるに足る教えを持って行動している者たちなのでございます!
ところで皆さんは考えたことはありませんか? なぜ人を殺してはいけないのか、と。なぜ人を殴ってはいけないのですか、と。しかし人ではなく動物ならば良いのか、人であっても大罪人は殺されているし、一般庶民が残虐非道な悪人を殺した場合は罪にさえならない。あれれ、なんで皆人を殺してるの? でもそれってよくないことなんだよね? と。
しかしこれらを大人に聞いても論理的に満足のいく回答は得られなかった。しかし我々はそれに対してこう教えを解くのです。
殺してもいいじゃないか、と」
エルはアルゴフィリアの表情と、そして演説をするかのように膨大する声量に怖気を感じた。
アルゴフィリアの顔は、さながら笑顔を貼り付けた仮面のようだった。その表情以外が存在していない、その表情以外には顔というものが存在していない。あまりに無機質過ぎる笑顔は、しかし、本物の人間の顔から作り出されているものだった。
「所詮この世はエゴとエゴの押し付け合い。彼らがなぜ人を殺してはいけないと言うのか? それは彼らにとって『殺しても良い』という回答が都合が悪いからこそ出た言葉だからだ。それを倫理として広めてしまえば、罪悪という鎖を持って人々の衝動を抑圧できる。
だがだからこそ、都合の良い殺人は見過ごす。あくまで殺してはならないという前提を崩さずに。そのための理由なんてものは些細なことです。必要だったから、殺した方が良い存在だったから、そもそもそいつは人ではないから――思いつくだけでもこれだけ言葉が出る、だからその他諸々の事情なんてどうでもいい。重要なのは都合の良い殺人は何かしらの理由をつけて見逃すという事実だけだ。
その点我々は違う。人を殺す事を明確に悪と置いて、しかし我々は人を殺す事を推奨している。なぜなら、それが世の真実だからだ」
アルゴフィリアが笑う。張り付いた笑みを、しかし心の底から楽しんでいるというふうに笑う。エルが彼に強い不気味さを感じたのは、表情は一切変わらない無機質な物であるのに対し、そこから確かに、「悦び」という感情が感じられてしまうからだった。
「あ――今あなた、私の言葉に不快感を持ちましたね?」
ゾッと、エルはアルゴフィリアが自身の考えを見抜いたことに恐怖した。
異常だ、間違いない。この男は気が狂っている。にも関わらず男は、自分たちの内面にこうも迫ってきたのだ。
「うっふっふっふっふ、ああ、あなたたちの感情が手に取るようにわかります。私という存在を前に、しかしその心情を言い当てられてあなたは今怖気を感じている。
あなたは私の教義を否定する言葉を今探し求めている。どんな物でもいい、ただあなたが納得の行く理屈を全力で今作り上げている。
なぜそうするのか? それはこの手の議論は大概『真実であるか』ではなく、『自らの望む結論』へと向かっていくからだ。
ああ、否定したい。その思想は危険だ、忌むべきものだ、間違っている、排除せねば。しかし一方で反論できず心のどこかで正しいとさえ認めてしまっている。
そうです、この世はエゴとエゴの押し付け合い。倫理や正義なんて所詮自らのエゴを押し通したい者がそれをしやすくするための道具に過ぎない。そうして人々に鎖を纏わせ自由を奪い拘束する。
その点我々は違う! 悪を悪と認め! そして推奨する! 鎖などない、狂気に満ちた正真正銘の自由! それこそが我々邪教の『悪意』の教え!」
アルゴフィリアが仰け反り、大きく笑った。甲高い笑い声が洞窟中にこだまし、それは耳を突きぬけ心を侵食してきた。
「黙れ、今すぐその不快な口を閉じろ!」
リガロが叫び剣を構えた。途端にアルゴフィリアは黙り、会食の貴族のようにすらりと姿勢を直した。
「貴様、突然現れて何を言っている? これはどういうことだ、この白骨の数はなんだ、周りに生えたあの植物はなんだ!」
「――ははあ、まあそう気を逆立てないでください。ハゲますよ?」
アルゴフィリアがそして「んふふふふふ」と気色の悪い声を漏らす。リガロはアルゴフィリアを見て剣を握る手を強くしたが、しかしすぐに大きく息を吐き、目を血走らせながらも無闇に動くことはなかった。
「――いや、貴様らが邪教であることは十分に理解した。それだけで十分だ、今すぐ貴様らを捕らえて」
「ところで、ですが。皆さん、どなたか忘れていませんか?」
直後。アルゴフィリアがリガロの言葉に割って入った。リガロはアルゴフィリアを睨んだまま動かない。
「おやおや、怖い怖い。流石隊長様、どうやら忘れていたわけではないようですね。いやあしかし大した判断力だ、私たちを倒してからどこでどうなっているかもわからない彼女を助けようと考えるとは」
「貴様、レインに何かしたのか?」
「ほほう、あの子はそういう名前なのですか。いやあ大変、残念なことをした。おっと殺したわけではありませんよ。ええ、ええ。無事助け出せば彼女は五体満足で帰ってきますとも、ええ」
「――レインを、どこへやった?」
「あの中ですが?」
アルゴフィリアがそう言って、黒い花の蕾を指差した。
エルは瞬間、閃いた予感に腹の底から恐怖を抱いた。
「まっ、さか――」
エルの呟きにアルゴフィリアがそちらを向く。アルゴフィリアは直後にギロリとエルを睨み、エルはそれに喉が締まり声を止められてしまった。
「――あなた、どうやらお察しが良いみたいですね。なるほど、どうやらこの場で一番聡明そうだ。
んふふふふ、まさにそのまさか、です。
食べちゃいました。そこの植物が」
全調査隊員に緊張が走る、エルはラザリアを守るように近付き、ラザリアもまた警戒の色を特に強くする。
「ああ、ご安心くださいご安心ください。何も食べられたら消化される類の植物ではありません。奴の名は『インキュバス』! 私が『創った』植物生命体! 皆様も見たあの黒い触手で女性を捕え――
あの蕾の中で、陵辱し続けます」
アルゴフィリアが、またも笑った。
「あの植物は蕾の中に捕えた女性を、中にある無数の触手で犯し続けます。
彼女は純潔であったでしょうか、ならば大変喜ばしい。まあ捕らえられた瞬間に間違いなく純潔は散らしているでしょうからねえ、彼女にとっては大変ショックではなかったのでしょうか」
「っ――貴様!!」
「ああそうだ、あの子に恋人はいますか? もしもいるならこれまた喜ばしい、あの子は恋人ではなくあの植物に自らの処女を捧げたのだ! ああ、この愉悦、快感。他人の男に渡るはずだった初体験を私が無理矢理奪った! ああああ、なんとなんとなんとッッッッ!!!!!!」
直後にアルゴフィリアがビクビクと震え出す。途端にあれほど騒がしかった男が静かになり、そして深くため息を深く吐いた。
「――なんという、快楽。うふふふふ、思わず達してしまった」
エルは思わず吐き気を催した。
まさか、こいつ、今ので絶頂したのか? エルは息を荒らげ、もはや恐怖ではなく生理的な嫌悪感さえをもアルゴフィリアへと向けていた。
同時にラザリアが「うっ……」と声を漏らし後ろへ下がる、エルは彼女の気を察しラザリアを守るように寄り添った。
例の植物が再度攻撃を仕掛け、もしもラザリアが捕まったら――。その先は考えるだけでも恐ろしいが、その恐怖を、今誰よりも強く味わっているのは間違いなくラザリアだ。
「……こいつ、人間じゃねえ!」
騎士の1人が耐えきれずに叫ぶ、しかしアルゴフィリアはそんな彼を嘲笑い、体を大きく仰け反らせた。
「んふふふふ、人間ではない、ですと? 確かにあなた方から見たら私は異常だ。しかし、しかししかししかし、私はあなた方と全く同じ、人間そのものでございます。しかし、よくもまあそんな差別的な見方ができますねえ。……もしかして、人間面しているあなたの方が、むしろ私よりも醜悪なのではなくては?」
「――もう、いい。もう、喋るな」
と、リガロが顔を青ざめ眉間にしわを寄せながら呟いた。
そして彼は全身から殺意を噴出させると、もうあの男など眼中にもないと言ったふうに、全員へと指示を出した。
「総員……戦闘だ。これよりあの醜悪の塊を打ち殺し、そして攫われた同胞、レインを助ける」
リガロの声で全員が殺意を醸し出す。場が緊張感に満ちる、一触即発の空気の中、しかしアルゴフィリアは、依然楽しそうに笑うその表情を崩すことはなく。
「おやおや、格好いいですね。物語の主人公、ですかねえ。しかしあなたは歴戦の覇者にはなり得ない」
途端。アルゴフィリアの後ろに立つ、黒いローブを纏った邪教徒たちが、おぞましい気を放つ黒い水晶を取り出した。
「――それでは、皆様。『やってしまいなさい』」
黒い水晶は、直後、禍々しい光を放ち。
「――っ! 『みんなを、守れ!』」
エルはそれに強い危機感を覚えた。咄嗟に魔力を込め、言葉を叫ぶ。
瞬間、エルの障壁の魔術が発動すると同時に、邪教徒たちの水晶から黒い牙が飛び出した。
黒い牙は騎士たちへ向かい、そして彼らの前で押し止まる。エルが張った障壁に当たった途端に甲高い音が響き、狭い洞窟内を何重にも反射する。
「ッッ……! な、なにが……」
リガロが音に顔を歪める。と、アルゴフィリアは一瞬だけ表情を変え、
「…………これは、ヒトの魔術――」
驚いたように呟き、そしてエル・ウィグリーと目を合わせた。
「――なるほど、発生源はあなたですか」
エルはアルゴフィリアの眼にぞくりとして冷や汗を流した。しかし目は逸らさない、強い意志を込めその醜悪な眼球を睨み返す。
「ふむ。これは、これは。やはり、如何なる手を尽くしてもこうなりましたか」
「……なんの、話をしている?」
「いえいえ。ですが、あなたは大変素晴らしい。よもやこの技術を扱いこなす者が現れるとは。誰に習ったのですか? まさか、奴らじゃあありませんかね?」
「奴ら?」
「ッッ――! 嗚呼、なるほど。これは、非常に――厄介、ですね」
アルゴフィリアは何かを悟ったかのように呟くと、しかし直後、楽しそうに笑い。
「ああ、しかし運命とは皮肉なものです。私たちの目的には必ず『阻むモノ』が現れる。いつしかの神どものように」
「神……?」
「しかし、しかししかししかしッッ!! 私個人の意向を語るのであれば――。
面白い。いやはや、非常に愉しい。何よりも目の前にいる人間は、何についても『無知』な存在だ。その証拠に、私の言葉を聞いてあっけらかんと間抜け面を晒している!」
「……お前、本当に、何を――」
「故に私はあなたを阻む。その力、身につけるまでにどれほどの苦悩があったでしょうか。それを想像するだけで、あなたを苦しめたくなる――。
改めて――敬意を表し、名を言おう。私は『苦悶好き』。人々に痛みを、苦しみを与え絶頂に至る悪意の塊。
決してあなたは希望を捨ててはいけない。全てを閉ざされた生物の心は死に行き腐る。それは苦痛ではなく諦めだ、もはやそいつからは痛みを得ることはできない。
希望を捨てず、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も足掻き苦しみ悶える者こそが、私の『相手』に相応しい!
さて――あなたは何回、私をイかせてくれるのでしょうか?」
アルゴフィリアが殺意を放った。エルはその『悪意』を敏感に感じ取ると、再度声高に『守れ!』と叫ぼうとした。
しかし、直後。エルの目の前にアルゴフィリアが現れたかと思えば。
エルの体は、アルゴフィリアの手に貫かれていた。
~どうでもいい補足~
本来『苦悶好き』は僕みたいなドMに向けて付けられる言葉です。
ではなぜサディストな彼にその名前を付けたかと言うと、彼のキャラ造形当初、本来の意味を真逆に履き違えていたからです。
YES。勘違いYES。指摘されると恥ずかしいから自分から言ったYES。これがマイデスティニーYES(?)
あと、あの植物の設定はもっとエグいけどどうしても流れの都合上出せなかったのでカットです。




