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第33話『邪教』

 エルはラザリアや騎士たちと共にグリムの森を進んでいた。


 自身の隣には、ラザリアと、そしてリガロがロープを握り管理している、体を拘束されたイアンがいる。イアンはやる気がなさそうに先導し、合っているかどうかもわからない道案内を続けていた。



「――ラザリアせんせーい」



 と。イアンが突然後ろを振り返りながら、ニヤニヤとした笑みをラザリアへと向けた。



「あんた、まだ師匠(マスター)続けてたんすね」


「――それがどうした」


「ケヒヒ、いやあ、向いてねえからさっさと辞めた方がいいぞって思ってね。さぞかし楽しいだろうなあ、集まった『優秀な』生徒たちを育てるのは。あんたの厳しさに耐えかねて辞めた連中、今なにやってるんだろうね」


「――黙って、歩け」



 ラザリアの表情が明らかに曇った。エルはイアンから底知れぬ悪意を感じ、思わず胸の中でふつふつとした憤りが生まれてしまった。



 ――こいつ、今ラザリアさんが一番気にしているであろうことを、的確に突いてきた。エルはイアンを強く睨んだ。


 確かに、ラザリアの指導は素晴らしいのか、彼女の周りの生徒は優秀な者ばかりだった。しかしラザリアは他人に対して決めつけてしまう所があり、彼女は現在その問題に直面している。


 だがエルは、イアンの悪意を咎めようにも咎められなかった。なぜなら、イアン自身が、ラザリアのそうした面の被害者でもあるからだ。


 ラザリアは言っていた。『自分が除籍を言い渡した』と。フィオナと出会う前の彼女がそうしたということは、間違いなく言ったのであろう。人を蝕み続ける、あの一言を。


 結果だけでなく、これまでの全てを否定するあの言葉は、ともすればそれだけで人生を歪めかねない。エルはその辛さを知っているが故、どうしてもイアンを咎める気にはなれなかったのだ。



「――さーて、と」



 と。イアンが突然立ち止まった。



「つきましたよ」



 どうやらいつの間にか、目的地についていたらしい。

 目の前には、大きな崖がそびえている。かなり高い、中途の場所からであろうと、落ちたらひとたまりもないだろう。

 その崖の根本に、1つ、小さな洞穴が空いていた。



「ここが俺らのアジトっす」



 リガロが「本当なんだろうな?」と呟きイアンに迫った。確かに彼の疑問はもっともだ、案内をさせたとは言えこうも素直にアジトへ連れてきてくれるとは普通思わない。だがエルは、イアンが嘘を言っていないことを確信していた。


 黒いオーラが、洞穴の中から漏れ出している。かなり強い気だ、見ているだけで感情が不安定になってくる。エルは途端に手足が冷え逃げ出したくなるような衝動に襲われた。



「私が、確かめます」



 と、1人の女性騎士がサッと手をあげた。リガロは「頼んだ」と頷くと、女性騎士は急いで洞穴の前に行き、そして一度、大きく深呼吸した。



「――いいんっすか」



 と。イアンがリガロを見つめながら、ニヤニヤと笑った。



「なにがだ?」


「いやあ。あの人先に行かせていいのかって。女の人でしょ、アレ」


「だからどうした?」


「いやあ……向いてねえからやめといた方がいいっすよって思っただけっす」



 途端。女性騎士が「行きます」と言い、洞穴へと足を踏み入れた、


 直後。


 黒い触手のような物が洞穴の奥から伸び、それは一瞬で女性騎士を絡めとったかと思うと、あっという間に彼女を洞穴の奥へと引きずり込んだ。



「んんんんっ――!」



 黒い触手に口元を覆われ、声にもならない悲鳴をあげる女性騎士。瞬間、場の空気が大きく揺らぎだした。



「なっ、なにがあった!」


「なんだあの黒い触手は!」


「中に、中に一体なにが――」



「狼狽えるな!」



 直後にリガロが叫び、それを境に一気に場が静かになる。



「イアン、これはどういうことだ?」


「さあねえ、ケヒヒ。確かめてみたらいいんじゃないすか? あ、もう女の人でも入って大丈夫っすよ、たぶん中の奴もアレで多少満足してるでしょうから」



 イアンが下卑た笑みを浮かべる、リガロが眉間にシワをよせ、ごくりと唾を飲み込み洞穴の奥を見た。



「――いずれにせよ、仲間が連れ去られた。放っておくわけにはいくまい」



 リガロは呟き、そして洞穴の中に足を踏み入れる。



「男性隊員は一緒に来い。女性隊員は、例の触手に十分な注意を払いつつこの洞穴の出入り口を守れ。……ゆめゆめ、警戒を怠るな」



 リガロはそう指示をすると、洞穴の闇へと消えていった。調査隊の騎士たちが一瞬戸惑うように躊躇した後、1人、また1人と洞穴へと入り奥へと進む。



「――ラザリアさん、あなたはここで待っていて下さい」


「何を言う、あの子の母親がいるのかもしれんのだぞ。私だけ何もしないわけにいくか。そもそも私たちは隊長の指示とは別に動く方針だっただろう?」


「――わかりました。いざと言う時は、僕が守ります」


「大丈夫だ、私は簡単に遅れを取るような玉ではない」



 エルが先導し、その後ろをラザリアが追う。


 暗く、わずかな足音さえ響く閉鎖的な空間。エルはじっとりとした空気の中、冷や汗を流し足を震えさせながら、奥へと進んだ。



◇ ◇ ◇ ◇



「――なんだ、ここは」



 騎士の1人が洞穴の光景に小さくつぶやいた。


 洞窟内には様々な物が投げ捨てられていた。携帯食料の包み紙、破り散らかされた布切れに、何者かが身につけていたであろう服や胸当ての数々。長い間手入れされていないらしい、錆びて刃こぼれが見える剣や槍の穂先。その他冒険者が生活に使う物品の数々……。


 おおよそ洞穴の中というよりも、一人暮らしの男の部屋と言った方が適切そうだ。エルは故に、そのあまりに生活感のある光景に固唾を飲んでいた。


 間違いなく何者かが――それも1人ではなく、何人もの人間が住んでいる痕跡だ。その上装備などが投げ捨てられているところを見ると、ここにいるのは間違いなく、人攫いとその被害者たちだ。

 つまりここには、フィリアというあの少女の母親がいる。エルは助けなければという使命感が高まれば高まるほど、自身の背に緊張がのしかかってくるのを感じた。



「――エル」



 ラザリアが険しい声で話しかける。エルは一度震えた息を吐き切ってから、「どうかしましたか?」と尋ね返した。



「この先から腐臭がする。だが、どういうわけか……その、花の良い香りもするんだ」


「えっ……」



 ラザリアの怪訝な表情にエルは困惑する。


 瞬間にエルは、確かに微かではあるが洞穴の奥から腐臭がするのを嗅ぎ取った。さらにその中には、強い花の香りが混ざっている。


 この奥に、なにが。エルの感情はますます切迫していき、足の震えが徐々に、徐々に増していくのを感じた。



「――イアン。ここでいいんだな?」

「そっすね。ここが俺たちのアジトっす」



 リガロとイアンが言う、エルはその声につられ奥の空間へと目をやった。


 人一人が通れる程度の穴の向こうから、微かな光が飛び込んでくる。しかしエルはこの場の誰もが見えていないどす黒いオーラを、確かに目の当たりにしていた。


 ――悪意。王がそう呼んでいた禍々しい気は、エルの足を一瞬止めてしまい。



「なにをしている、エル」



 後ろを歩いているラザリアが、一瞬現実から離れた意識を呼び戻した。



「い、いえ。……大丈夫です」



 エルはラザリアに返答しながら、ポケットからペンを取り出した。

 手汗が滲む。エルは既に戦闘態勢へと入り、いつでも文字を描けるよう準備をした。



「……入るぞ」



 リガロが言い、そして広い空間の中へと足を踏み入れる。それに続き他の騎士たちが入っていき、エルとラザリアも警戒を解くことなく立ち入った。



「――なん、だ、ここは」



 騎士の1人が思わず声を漏らす。イアンが楽しそうに笑う、調査隊は困惑したように辺りを見回す。エルは異様な光景にますますペンを握る力が強くなった。



 円状に広がった、あの狭い通路とは打って変わった広い空間。1つ、2つ程度の集落であれば問題なく生活ができそうなこの場所は、人骨と、そしていくつもの、花の(つぼみ)のような植物で溢れていた。


 転がっている人骨も異様だが、何よりもその、黒色の植物。エルは全身が急激に冷えていくのを感じながら、しかし、いくつも生えた植物を、まじまじと見つめた。


 よく見ると、蠢いている。植物が微妙な動きをしている――と言うよりも、植物の中から何かしらの衝撃を受けて、それがこの蕾のような物を動かしているのだ。

 それはまるで、母親の腹を胎内から赤児が蹴るかのように。エルはその植物から危険な香りを直感し、直後、彼は反射的にラザリアを庇うように彼女に飛びついた。



「あ、危ないラザリアさんっ!」


「あふっ!?」



 ラザリアがエルに押し倒される、直後、2人の頭上を黒い触手が通過した。



「ッチ」



 イアンが舌打ちをした。エルはぞわりと背中を悪寒が駆けるのを感じ、そして散らばった人骨へと目をやった。


 いくら骸骨とは言え、男と女とではその形態に性差がある。エルは遠目ではあるが転がっている骨盤らしき骨を見、そして、それが女性の遺体であることを把握した。



「え、エル、おおおおおお前まえ、いきなりななななななな」


「ラザリアさん、警戒してください。今一番危険なのは、間違いなくあなたです!」



 顔を赤くしていたラザリアはエルの言葉で瞬時に眼光を鋭くさせる。エルは立ち上がり、そして辺りに注意を払いながらラザリアへと手を貸し彼女を立たせた。



「エル・ウィグリー。なにか、わかったのか?」



 リガロがエルに語りかける。エルは彼から話しかけられるとは思わず一瞬驚いたが、すぐに動揺を打ち消し、今しがた予見した事を全員に伝えた。



「はっきりとはわかりません。ただ、おそらくあの植物は――、

 あの触手で捕らえた“女性”を、“食べて、あの蕾で覆い隠している”!」



 途端に騎士たちの雰囲気が変わった。全員が戦闘態勢に入る、剣を抜き、これから迫る危機に備え出す。途端、洞窟のこの空間に、声が響いた。



「――一瞬でそこまで理解するとは、なかなか大した観察力ですねぇ」



 その声は、胃にのしかかるような重たさを持ち。そして妙に神経を逆撫でした。


 と、直後。空間の中央に黒く巨大な歪みが生まれたかと思えば、次の瞬間には、ローブを着た何人もの人間と、そして、長身の、正装をした男が現れていた。



「いやあ、はじめまして、の挨拶としてはいささか乱暴すぎましたかな?」



 男は極めて楽しそうにニヤニヤと笑う。エルは男から奇妙な気迫を感じ、思わずたじろいだ。



お待ちしておりました(・・・・・・・・・・)、王都リアレスの騎士の皆さん。わたくしは皆さんが追っている邪教の教祖(きょうそ)、名前を…………そうですね。

 ――アルゴフィリア、とでも名乗っておきましょうか」



 自らをアルゴフィリアと名乗った男は、そう言いながら極めて流麗な仕草で頭を下げた。

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