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第28話『チェイン・アームズ』

「ひとまず、あの子のことはここで保護する他無いだろう」



 ラザリアは言いながら、その巨大な建物の扉を開けた。


 清掃の行き届いた玄関、大々的に掲げられた巨大な『気高くあれ』という文字。木造の床はきしりと音を立てることもなく、行き交う人々の歩みを支える。その他にも美しい装飾や、大層頑丈でかつ艶やかな石の壁など、その有り様は芸術であった。


 途端、鎧を身にまとった高潔な印象のある男女が、「ラザリアさん!」と彼女の名を呼びながら駆け寄ってきた。



「大丈夫でしたか?」

「ああ、心配ない。生徒たちも全員無事だ」

「突然王朝に呼び出されるなんて、何があったのですか?」

「詳しくはあとだ。それよりも、私はこいつらと話をせねばならん」



 ラザリアがこちらへ手招きをする。エル、そしてフィオナは、彼女の呼び掛けに応じてそそくさとその後ろをついて歩いた。



「あ、な、あなたはフィオナさん! ……と、えと、どなた?」


「あ、え、えと、え、エル・ウィグリーです。フィ、フィオナさんとは奇妙な縁で……」


「どうでもいい話をしている暇はないぞエル。ああそうだ、フィオナとリネアは女子寮の管理人の所へ行き事情を話して、フィオナとフィリアちゃんの住む場所を見繕ってくれ」



 ラザリアはテキパキと指示を出す。後ろを歩くフィオナとリネアが「はい!」と返事をすると、手を繋ぎ連れてきたフィリアを引っ張り「こっちへ来て」と誘導した。


 あっという間に周囲の状況が動いていく。やはりラザリアは、自分にはない力を持っている。エルはラザリアという優秀な人物の判断力に舌を巻き、自らが霞んで思えるようなほどに感嘆した。



「エル」



 エルが劣等感に唇を噛んでいると、ラザリアはこちらを向いて先ほどと変わらぬ調子で話しかけてきた。



「お前には後でこの学校の学長へと会ってもらうが……そうだな。なにせ、10年以上時が経っているのだ。お前ももう、ここの構造なんぞは覚えていないだろう」



 エルは「えあう……」と小さく溢し、こくこくと頷く。ラザリアはすると改めて胸を張り、そしてほのかに笑いながらエルへと手を突き出した。



「ならば、案内しよう。今日からお前とフィオナ、そしてあの少女はここで暫し滞在することになる。

 改めて、ようこそ。第2の魔術、『エンチャント』の総本山、我が母校にして優秀な騎士を輩出する、高潔たる学園。――チェイン・アームズへ」



 エルはラザリアの姿を見て、脳に風が吹き抜けるかのように当時の情景を思い出す。


 エルたち一行は――ラザリアが在籍する高位たる学園、チェイン・アームズへと、足を踏み入れていた。



◇ ◇ ◇ ◇



 チェイン・アームズは第2の魔術、エンチャントを学ぶための学び舎である。


 魔術の体系は5つから成っている。


 第1の魔術『ホーミング』、第2の魔術『エンチャント』、第3の魔術『ライズ』、第4の魔術『ジャミング』、そして第5の魔術、『ヒール』。いずれも根本としているのは『共鳴により得られる魔力の扱い』であり、根ざした基礎は同じと言える。


 そも、魔術というのは広く知られた技術ではあるが、しかしそれを扱える者はそう多くはない。魔術を扱うための特殊な学校にて授業を受け、訓練を続け、ようやく獲得できる力だ。そうでない人々は、魔道具を使うことで魔の力を操っている。



 無論、5つの体系にはそれぞれの魔術学校があり、それぞれ校風というものが存在している。


 その中でもリアレス王国にあるチェイン・アームズは、統率の取れた風紀と校内全域に満ちた高潔さが特徴だ。上品な雰囲気が漂うこの空間では、どのような下賤もたちまち騎士のような立ち振る舞いをするようになるという。



 エル・ウィグリーは、ラザリアと共にそんなチェイン・アームズの学長室にやって来ていた。


 学園の案内は一通り終わっている。流石名門校と言うべきか、広い訓練場や充実した施設、男女別の寮を備えられ、また学校自体の大きさもかなりのものだ。学長室はそんな学園の最上階に位置する場所に設置されている。



「……まさか、あなたが再びここに来ることになろうとは思っていませんでしたね。エル・ウィグリー」



 チェイン・アームズの学長は黒と白の正装に身を包んだ初老の女性だった。わずかな発言であるにも関わらず威圧感が部屋中に響き、それは彼女が如何に格上なのかをエルに思い知らせるには十分だった。



「お、おおおおおおしさし、さしさしぶぶぶぶ」


「…………ラザリアさん、なんと言いますか、彼はどうなされたのですか?」


「キンブリー学長、エル・ウィグリーは、その……こんな感じの奴なのです」


「ふむ。相変わらず、殿方としては些か頼りなく思いますが……」


「ぶりぶぶりぶりぶぶぶ」


「もうよろしいです、エルさん」



 エルはキンブリー学長の言葉を聞き反射的に黙り込んでしまった。



「しかしまあ、驚きました。10年以上前にここを除籍されたあなたが、数年前に同じく除籍された女生徒を連れて舞い戻ってくるとは。奇妙な(えにし)を感じます」


「ぼ、ぼぼくも、なんとなく、そそそそんなことを思っていました」


「そう畏まらなくても良いです。……まあ、本題に入りましょう」



 そう言うと、キンブリーは改めて姿勢を直し。



「御二方は今後、グリムの森へと出向き件の人攫いたちを調査してくることになる、と。今回ここへ来たのは、その話を私にするためなのですね?」


「はい。極めて重要な話となります。報告をする必要があると判断しました。つきましては、エルやフィオナ、そして今回の件で助け出した少女を、この校内で滞在させて欲しく許可を願いに来ました」


「なるほど。まあ、許可自体は致します。無論です、このような事態にむしろしない方が愚かと言えますからね。

 しかし、気になる事があります」


「なんでしょうか?」


「調査には、聖騎士様も同行なさるのでしょう?」



 キンブリーがエルたちを見つめ尋ねる。エルは眼光に気圧されごくりと喉を鳴らすと、ラザリアが「はい」と受け答えた。



「ふむ。不可思議ですね」


「――なにが、でしょうか?」


「はっきりと申せば、こんな事件くらいであればよくあることなのです。わざわざ聖騎士様を出さずとも、上位の騎士を用意すればそれで事足ります。なのに国は、どうしてそんな不相応な力を調査隊に寄越すのです? それがよほど重要なことなのでしょうか……」



 確かに。聖騎士といえば、国の戦闘員の中でも最上とも言える存在だ。あの人攫いたちを腹部を半分吹き飛ばされてなお全滅させたラザリアよりも、遥かに強いのだ。


 きな臭くないわけがない。エルはキンブリーが見せた冷静な思考力に畏怖と尊敬を覚えながらも、その先にある何かに警戒心を持った。



「……まあ、今は気にしても仕方がありませんね。ですが、気になることは調べておきます。……ラザリアさん」


「はい」


「今回の件、聖騎士様が出ると言うことは、国はそれほどにこれを重く見ているということです。あなたも油断をなさることのないよう」


「心得ております」


「それと、エルさん」



 エルは突然振られた話に驚き「あっ、はぃ!」と裏返った声を出した。



「あなたも調査隊に加わるということですが――くれぐれも、無理だけはしないように。有事の際は、ラザリアさんに任せなさい」


「っ…………。わかり、ました」


「…………。まあ、調査が始まるまでは幾ばくか日もあることですし。そうですね、エルさんは教員用の寮に住んでいただいた方がよろしいでしょう。そうするように手配致します」



 ラザリアが「ありがとうございます」と頭を下げる。エルは少し反応が遅れ、しかし同じく「ありがとうございます」と言いながら頭を下げた。



「話すことはこれくらいでしょう。では、ラザリアさん。1度寮の管理人に会って、彼を部屋に案内させてください」


「わかりました。……行くぞ、エル」


「あ、は、はい!」



 エルはラザリアの背をおどおどと追う。彼は部屋を出るその間際、一瞬だけ、キンブリーの姿を後ろ目に見た。


 キンブリーは、何かを探るような目で、エルのことを見つめていた。

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