第27話『不穏 2』
あれからしばらくして。エルたちはその後、ギルドへと出向き件のことを話した。
ギルドでは既に人攫いが確保され、今はこの王都の中心部、リアレス城に連行されている。当然何かしらの事情があったであろうことを知っていたギルドは、エルたちの話を真剣に聞き、そして彼らが連れてきた少女を保護した。
その後、エルとラザリアは王城から直々に召喚を受けた。大方今回の出来事を報告しろということだが、しかし、2人はそれが不思議でならなかった。
なぜなら、このような事態があろうと、普通、王城が参考人を呼び出すことは無いからだ。それは治安維持を任された騎士たちの仕事であり、『王』の仕事ではない。
そしてエルは、ラザリアと並び、王城の『王の間』へと来ていた。
自分たちのような一般人、あるいは貴族が王と謁見するために作られた部屋だ。無駄に広い空間と、入口から真っ直ぐに伸びる赤いカーペット、そしてその果てで豪奢な椅子に座っている毅然とした王と女王が、押し潰されそうなほどの重圧を生んでいる。
何をまかり間違えば自分ごときがこんな所へ立ち入られることになってしまうのか。エルはガクガクと震え、王を前に背筋を伸ばして立つことしかできなかった。
「――そなたらが、あの仮面の男たちを連れてきた者か?」
王の目が開く。流石一国をまとめる器だ、エルはその眼光だけで震え上がってしまい、喉が締まってろくな声が出せなくなった。
「はい。私はラザリア・ヴァーミリオンです。……こちらの男が、エル・ウィグリーです」
「あ、あ、うあ、あう……」
声を発そうとした途端、呂律が回らず変な声が出てしまった。ラザリアがドスリと肘で脇腹をついてくる。次いで彼女は小声で「ばか、しっかりしろ。王の前だぞ」と注意した。
「ひっ、ひ、ひっ……」
エルはしかし震えを止められなかった。王が呆れとも取れる表情を見せる。
どうやら、早速心証を悪くさせてしまったようだ。エルは自身の吃り癖やコミュニケーション能力の無さを恨めしく思った。
「…………まあ、Dランク帯の男では無理もない。
それよりも。そなたの話は私にも届いているぞ、ラザリアよ」
「はっ」
「エンチャントの学園内にて最優の成績を得た、前代未聞の才女と聞く。聖騎士に最も近いとも。貴族出身で無いそなたがそれほどの実力を発揮したというのは、私としても大変喜ばしいことだ。それは無論、教育者という立場になった今も変わらぬ」
「……お褒めいただき、恐縮です」
「まあそうかしこまるな。……それよりも、今日そなたらを呼んだのは、他でもない。件の人攫いについてだ」
途端、王の目の色が明らかに変わった。ただでさえ緊張していたエルは、その眼光を見てますますガチガチと震えを大きくする。
「――ところでお前たち。【邪教】と言うのを知っているか?」
王が言う。エルは【邪教】が何なのか理解できず、思わずラザリアの表情を覗き込んだ。
しかし、どうやら彼女も理解できていないらしい。ラザリアは疑問を隠さず王の顔を見続けていた。
「邪教と言うのは、近年勢力を伸ばしてきている組織のことだ。奴らは自らの事を『邪教徒』と呼び、作り上げた仮想の神とやらに心酔仕切っている」
「それは……なんとも、おかしな奴らですね。そもそも、神は4属性に対応した4大神しかいないというのに……」
「さよう。これまでにも度々この手の宗教はあったが、皆駆逐されてきた。実在する神を捨て置き仮想の神を盲信せよと言うのだ、甚だおかしいのは言うまでもない」
エルは話を聞き、邪教という物が如何に特殊な組織なのかを、徐々に把握していった。
と、言うのも、だ。
「なら、どうして邪教とやらは勢力を伸ばしてきているのですか?」
ラザリアがエルも抱いていた疑問を王に言う。
そう、神が実在するのならば、わざわざ実在しない神を作ったところで、誰も信じることはないのだ。故に神を信じる宗教は、その多くが滅びている。エルたちが宗教と聞いて思い浮かべる存在は、社会活動に執心し徐々に過激で攻撃的なテロ活動を行っていく慈善団体のような組織のことだ。
しかし、邪教は明確に違う。まさに仮想の神を作り上げ、しかしそれを盲信させ、人員を確保することに成功している。それはすなわち、仮想の神というものに対し、それほどまでの説得力があるということなのだ。
王はすると、近くにいた従者に呼びかけ、エルたちにある物を見せた。
「これを見ろ」
それは、人攫い達が身につけていた仮面だった。
ラザリアが意味がわからないと首を傾げる。しかしエルは、ゾッとするような怖気が背中を走るのを感じた。
『あの仮面。アレは魔道具の一種と考えても良いと思います』
フィオナの言葉が脳裏をよぎる。王はそして、エルが予想した言葉を口にした。
「この仮面からは、我らが扱う魔力とは違う力が発見された」
エルはゴクリと唾を飲む。ラザリアが「どういう、ことですか?」とさらに尋ねる。エルは王が口を開くその直前、あまりの胃の痛みに思わず腹部を抑えた。
「邪教が仮想の神を信じさせられているのは、この魔力が理由だ。
我らが扱う魔力は、4属性、4大神に対応している。魔力とはすなわち、神の力だ。
そこに新たな『魔力』が現れたのだ。もう一体神がいると吹聴したとしても、他人を信用させるのは容易だろう。
わかるな? 邪教徒どもは、この魔力を含んだ魔道具を扱っている者たちだ。そして今、奴らは様々な土地、様々な国で暴れている」
エルはなんとか表情が変わるのを抑え、歯を食いしばる。
ただの注意勧告。危険人物の情報を民間人に聞き尋ねるような、そんな会話だ。
しかしエルには、王の言葉が、実質的な指名手配にしか聞こえなかった。
「――お言葉ですが、王」
と。ラザリアが、仮面を睨みながら王へと尋ねる。
「この仮面に、本当に魔力が含まれているのですか? 私には、感じることさえできませんが」
「ああ。我の優秀な臣下が、これを発見したのだ。
あまりにも禍々しい気を放っていると言っていた。さらにこの魔力にあてられた者たちは、皆どういうわけか倫理感を失くし人を襲うようになる。故に、我らはこの魔力をこう呼んでいる。【悪意】と」
なんとも、物騒な名前を付けられてしまった。エルは不安を抱え、それでもなお、王の話を真剣に聞いた。
「悪意に汚染された人間は、これまでにも多々見てきたが。誰一人として、正気には戻らなかった。今では悪意に汚染された人間は確実に殺せ、と言うふうに対応の仕方も変わっている」
「――待ってください。となると、今回の人攫いたちは……」
「さよう、全員漏れなく死んでもらうことになる」
エルの感情がさらに激しく揺れる。ラザリアが大きく呼吸をする、そして王に向き合い、「王」と呟いた。
「人攫いたちは確かに罪人です。彼らが殺されることには何も異議は申し立てません。
しかし、もしも彼らが、その悪意とやらにあてられ『暴走して』そのようなことをしたのなら、その決断はあまりに残酷過ぎます。
それに、たとえ罪人でなくとも、悪意にあてられれば殺すのでしょう? 私めが意見するのは立場上問題があるように思えますが、それでも言わせていただきたい。
――些か、早計に過ぎませんかね?」
王は目を瞑り。そして、大きく、大きくため息をついた。
「そなたの言っていることはよく心得ている。だがそれ以外に手を打てぬのなら、現状はそうせざるを得まい。別の手段でも見つかれば話は別だがな」
「別段、一時の監禁でも充分でしょう? それに、殺すほどの罪に値しない人間を殺すのは、民からの非難も募ると思いますが?」
「無罪の者を有罪にする方法など、いくらでもある。無論民がそう望むように仕向ける方法も、な」
エルは直後、王の顔をジロリ睨みつけた。
王が視線に気付いた。こちらと目が合い、エルは一瞬狼狽する。
――いや、違う。ここは、狼狽しなきゃあならない。
王は今、一応の民間人にあたる自分たちに、言ってはならないことを言った。
話を聞くに理解できる。これは脅しではない。いわばこの男が犯した、巨大なミスだ。
すなわちこれは、今までも彼の言ったことがまかり通っていたということだ。
となると、自分たちもその危機に瀕する可能性は充分に高いということ。
ましてや自分なんて、もっとそうだ。エルは瞬時に判断、恐れるように王から目を逸らした。
――ラザリアは、どう反応しているのか。エルは隣に立つ彼女を見た。
ラザリアは目を怒らせて、王を睨んでいる。気の強い彼女のことだ、きっとそうなるだろうとエルはどこかで予見していた。
「王――」
「お、おお、王……」
エルは声を震わせ王へと話しかける。ラザリアが口を止め、不満そうにこちらを見た。しかしエルは、止まらず声を震わせ続けた。
「そ、そそ、その、えと…………ぼ、僕たちを呼んだり、理由は…………邪教や、悪意の話をするため、だけですか?」
「………………」
「僕、には……そ、そんなことのため、だけに、呼ぶとは、思ってい、いいなくてて。――何か、頼みたいことがあるんじゃあないですか?」
王はエルの言葉を聞き、大きく頷きながら2人を一瞥した。
「――今回の人攫いたちだが。殺す予定はあるものの、何も『今すぐ』殺しはしない。
奴らが現れたということは、いるということだ。奴ら以外の人攫いや、邪教徒どもが。
そなたたちには、その調査をしてもらいたい」
「そ、それが、僕たちを、よ、よんだ、理由……」
「さよう。今回捕まえた人攫いたちはいわば唯一の手がかりだ。上手く行けば、邪教に関する大きな情報を掴めるやもしれぬ。利用しないわけにはいかないだろう。
よって、我らは話し合った結果、そなたら2人と、人攫いの1人をメンバーに加えた調査隊を作ることにした」
……は? エルは王の言葉を聞き、思わずその声が出そうになったのを、なんとかして堪えた。
「ま、待って、ください。そ、その、調査隊を作るのは結構として――人攫いをメンバーに加えるということは、行くのですか? 現地に、人攫いを連れて?」
「それが1番合理的であろう」
「い、いや……! もし、もしも、人攫いが逃げ出したら……? 奴らは、その、とてつもない力を持っています……! その、判断を見直した方が……」
「わかっている。故に調査隊には聖騎士を1人加える。他の騎士たちも、精鋭揃いにする。そうすれば、流石に奴らも逃げだせまい」
王はエルにピシャリと言い放った。エルは声を詰まらせ、納得いかないその想いが喉元でせりあがっては沈むような不快感に不安を募らせる。
「…………エル」
ラザリアがエルの思いを察してか、彼の肩に手を置いた。
「どうやら、逆らうわけにはいかないようだ。元より国の命令だ、私たちに選択権はない」
ラザリアは体を火で炙られているかのように表情を重くしていた。汗がたらりと頬を伝い、不満を飲み込んでいる。
彼女自身理解しているのだ。自らが攻撃を受けたからこそわかる、あの見えない攻撃の恐怖を。
「なに、心配するような事態にはならん。人攫いはもちろん、そなたたちも、しっかりと管理下に置き守り抜くさ」
王は冷静に言う。そんな簡単に物事が運ぶのならどれほど幸運か、エルはその言葉を噛み潰し、一言「分かりました」と呟いた。
◇ ◇ ◇ ◇
リアレス城を後にし、エルとラザリアは王の下した決断に不満の色を隠せなかった。
耳元で不快な音を鳴らされているかのように落ち着かない。エルがしきりに腕を指で叩く中、ラザリアは「クソ」と言いながら地面を小さく蹴った。
「いくらなんでも決断が早すぎる。私たちは危うく死ぬところだったのだぞ? いくら聖騎士様がいるからとは言え、早計過ぎる」
「――おそらく、邪教の情報をいち早く掴みたいんだ。アイツらは他の国にも迷惑をかけている。だから邪教の情報をより多く握って、自国の優位さを示したいんだと思う」
「そんなことのために、ろくな議論もしなかったと言うのか? 昨日や一昨日なんて話では無い、今日この瞬間だぞ? 奴ら、問題を舐めきっている」
「国って言うのは、なんで得てしてこんな感じなんだろうね」
エルは立ち上がり、募ったイライラに身を任せ石を蹴り飛ばした。
地面を転がる小石。と、その先に、フィオナとリネア、そして、人攫いに襲われた時に助けた少女がいた。
「エルさん!」
フィオナがそう言って手を振りこちらへとやってくる。リネアが「あ、ちょっとフィオナ!」と、少女の手を引き彼女を追った。
「エルさん、何の話をされていたんですか?」
「…………まあ、後になったら話しますよ。それよりも、フィオナさん。あの子は……」
エルはフィオナたちが連れてきた少女を指さす。フィオナは後ろを振り向き、少女の方を見た。
「ああ、あの子。目を覚ましたので、連れてきました。お礼が言いたかったって」
リネアがフィオナに追いつく。「もう、突然走りださないでって言ってるじゃん!」とリネアが怒り、フィオナは「ごめんごめん」と笑う。
と。リネアの後ろから、エルたちが助けたあの少女が、恐る恐る顔を出した。
「………………え、えと、その……お、お兄ちゃん、お姉ちゃん……フィリアを、助けてくれた人?」
長い金髪がふわりと揺れる。フィリアと言うらしい少女はくりくりとした目を潤ませ、不安そうに口を結んでいた。
ふんわりとした円い輪郭、おおよそ自分たちの膝上程度までしかない身長に華奢な体格。金色のロングヘアの天辺で小さな団子を作り、それが頭からひょっこりと出ている。小動物を思わせるように震えるその姿は、妙に保護欲をそそるような、そんな雰囲気を帯びていた。
エルはフィリアに笑いかけながら、目線を合わせようとかがみこんだ。
「あそこのお姉ちゃんが君を助けてくれたんです。大丈夫ですよ、僕たちは何も怖いことはしませんから」
エルはフィリアの目を見る。天使を思わせるような瞳がわずかに揺れ、「ふえ……」と小さく息をした。
「そ、その……えと、た、助けてくれてありがとう。お兄ちゃんたちがいなかったら、わたし、危なかったかも……」
フィリアが震えながら手を小さく組み、上目遣いでこちらを見る。エルはその涙目を見て、もしかしたら不安なのだろうかと思い、彼女を安心させるために頭を優しく撫でた。
「……フィリアちゃん。少し、話を聞きたいのだが」
エルの後ろにいたラザリアが、突然フィリアに話しかける。フィリアが視線をラザリアに移し、不安げに「ふえ……」と呟く。
「君はあの時、森の中で1人倒れていたね? ……一体どこから、君は逃げて来たんだい?」
ラザリアは目を優しく緩ませ、しかし鋭く尋ねた。フィリアが「えう……」と声に詰まらせる。エルはもう一度彼女の頭を撫で、ゆっくりと語りかける。
「……フィリアちゃん。ゆっくりで、いい。思い出せそうなことがあったら、どんな話でもして欲しい。……ただ、無理はしなくていいからね」
エルは唾を飲み込む、フィリアが不安げな表情を浮かべ、エルはそれに共鳴するかのように物憂げな顔を浮かべた。心拍が上がり、黒く巨大な壁が身に迫るような緊張が滲み出す。
と、フィリアは、しばらく黙りこくったかと思うと、声をつまらせながらもゆっくりと話し始めた。
「その……覚えて、ないの。とにかく、必死だったから。……でも、」
フィリアが間を空けた。自然、その先の言葉に、全員が注目し。
「……このままだと…………お母さん、が……」
フィリアのその一言に、皆々の表情が固まった。
――なんてことだ。エルは顔を歪め、思わず髪を掻きむしった。




