第25話『人攫い 2』
「……あれ、なんだよお前たち」
仮面を被った男は言い、エルたちへと目をむけた。エルはたらりと汗を流し、男の次の行動を冷静に見つめる。
「なんでお前たち、立ってんの? 動けんの? コイツに腹を抜かれてないの?
いや――というか。なんでお前たち、コイツが、見えてんの?」
男は右手に持つ球体を、さらに強く握り締める。エルは1度、後ろで倒れている少女と腹部を貫かれたリネアを見た。
――危険な匂いがする。この子たちを放って戦うわけにはいかない。エルは唾を飲み込んで、ゆっくりと地面に膝をつき、そしてペンで文字を書いた。
「おかしい……おかしい、おかしい、おかしい。あの方は、仲間以外にコイツが見えることなんてないと言っていた。
だがお前たちは――仲間じゃあない」
様子が、おかしい。エルは男が現れた瞬間から、その気迫に違和感を覚えていた。
他の男たちとは明らかに違う。何がとは上手く言えないが、しかしエルは、この男がただの人攫いだとは思えなかった。
「エルさん」
フィオナが話しかける。エルは男から目を離さず、その先の言葉を待った。
「おそらく、アイツが親玉です。なんというか、他の奴らとは雰囲気が違います」
「ええ。どう見ても気狂いしている……」
「いえ。それ以上に、アイツからは何か、そういう気を感じます。特に、あの仮面。アレは魔道具の一種と考えても良いと思います」
エルは指摘を受け男の仮面を睨みつけた。
魔道具。魔力を詰め込み属性を付与した、魔法の道具と言える物だ。
魔道具は日常に住みつくほど数多くあり、その効果も一様ではない。物によっては単なる魔術よりも強力な場合もある。
――もしもあの仮面がそれだとしたら。エルは警戒を強め、仮面の男へと目を向けながら、「ありがとう」とフィオナに頷いた。
「――いや、いや、いや。どうもこうもない」
と。男が、親指を噛み始める。骨まで歯が突き刺さっているようだ、なにやらその表情は、深く思案している。
「……コイツが見えてるってことは、驚異ってことだ。なら答えは一つ――」
男は呟く。エルは男が持つ球体へと目を移し、冷静に、冷静にその様子を観察した。
瞬間。男の持つ球体が、黒い光を放ち、
「殺すしかない」
直後、球体の中から更に一本の牙が現れた。それは茨のように、空間をひび割れていくかのようにエルたちへ迫る。しかしエルは、
「やっぱり、それしかできないみたいだなっ!」
叫び、地面に書いた文字へと手を触れた。
「『守れっ!』」
叫ぶと同時、牙が目前で止まり折れる。エルは次いで男を睨み、大声で叫んだ。
「『壊れろ』っ!」
エルの後方から光があふれ、男の元へと飛んでいく。男は笑うと、球体を掲げ。
瞬間、黒い牙がエルの放った光の玉を消しとばした。
「なっ――!」
「ショボいな、その力よお、ショッッッッボイなぁ!」
間違いない。男は正確に目視して、あの魔力を弾き飛ばした。
――だが、だからどうした。
「わかってないなら教えてやるよっ! 力っていうのはよお、こう使うんだよお!」
瞬間、男はさらに球体を光らせると、また黒い牙をエルへと仕向けた。
「どうだっっっ! これでお前も――」
「『守れっ』」
エルは直後に言い、男の出した牙を食い止める。
――と。
「授業を、始めよう」
エルはほのかに笑いながら、男へと目をむけた。
「魔術の基本は属性の合成だ。例えば、火と天の属性を混ぜれば、炎の竜巻が発生する。そしてこの時に混ぜた属性の配分によって、魔術の内容は変化する」
男は「はぁ?」と言いこちらを睨んだ。エルは構わず、続ける。
「ところで僕たちの扱うこの魔術は、属性の概念がない。正確に言えば、僕たちの扱う魔力は、おそらく、どんな属性にも変換可能なんだ。
今手元にある属性を借りることでしか発動できない共鳴の魔術。それに対する僕たちの魔術の利点は、何よりもその創造の自由さにある」
「気でも狂ったかあ? なにが言いたいんだよ?」
「そう。例えば、空から降り注ぐ光を――」
エルが笑い、瞬間。
男の後ろから、フィオナが現れた。
「屈折させて、人を隠すとか」
男が後ろを向く、フィオナは既に剣を抜き、それに炎をまとわせ振り下ろす。
「君が喋っている間に、文字を書いた。言霊の魔術は『意思を現実に引き起こす』魔術。意思を現実にする際、僕たちは様々な手を使う。
それは例えば、声であり。あるいは、文字である。そして複雑な使い方をするには、より複雑な表現が可能な文字の方が向いている」
男は「うわああああ!」と叫び、球体をフィオナへと向けた。
牙がフィオナへと飛び出す。牙はそして、フィオナの体を貫いた。
しかし。貫かれたはずのフィオナは、それでもなお、動いていた。
「複雑な表現は、より複雑な魔術を可能とする。それは例えば、繊細な術であったり、同時多発的な魔術の発動だったりする。
誰が後ろの彼女が本物だなんて言った? それは光を調節して作り上げた虚像だ」
瞬間、男の背中から血飛沫が舞い。
かと思えば、彼の後方から、電気の流れる剣を振り下ろした本物のフィオナが現れた。
「最初から前にいたんだよ。君がその変な牙で彼女を貫かないよう位置は調節していたけど。
見ただろう? 力っていうのは、こうやって使うんだ」
エルは笑いながら言い放つ。バチバチと強烈な音が響き、男が倒れる。
「――ナイス奮闘でした、フィオナさん」
エルは男が完全に伸びてしまったのを確認すると、フィオナにそう言った。フィオナは顔を赤くしながら「えっへへ」と笑ってみせた。
「さて。あとは他の奴ら、といきたいところですが」
エルはそう言って辺りを見回した。
と。突如、木の影から何者かが現れた。
エルとフィオナは警戒し、現れた者を見る。
それは、側腹部から血を流し苦痛に顔を歪めたラザリアだった。
「ラザリアさん!」
「師匠!」
エルたちは彼女に駆け寄る、しかしラザリアは「落ち着け」と声を出し、2人を静止した。
「ひとまず、敵は全滅させた……! もうここは安全だ、早く生徒たちを……」
全滅させた……? この短時間、この負傷で? エルはラザリアの言葉に耳を疑った。
「聞こえているのかっ! 早く生徒を治せ! お前、治せるのだろう! 人の傷をっ!」
「あっ――は、はい!」
エルはそして、ペンを取り地面に文字を書いた。
『この場にいる仲間の傷を癒す』、そう意思を込め、それに伴い、即座に表現を練り。そしてエルは文字を書くと、それに手を触れ発光させた。
光は輪となり、波紋のように周囲へと拡がる。すると生徒たちを貫いていた牙が消え、彼ら彼女らの傷が瞬く間に塞がっていった。
生徒たちが「あれ……?」と呟き、不思議そうに体を見つめている。エルは誰一人として死者が出なかったことに安堵すると、「よかった……」と腰を抜かした。
「み、みんなっ!」
ラザリアが生徒たちに駆け寄る。彼女は生徒たち一人一人を回り、各々の状態を調べ回った。
「大丈夫か!」
「大丈夫です、傷は……完治しています」
「ならよかった……」
ラザリアは生徒が無傷であることを確認すると、ふぅ、と大きくため息をついた。
「……エル」
ラザリアがエルへと話しかける。エルは「は、はい」と背筋を正した。
「すまない、世話になった。――それと」
ラザリアはそして、少し離れた位置で、リネアに声をかけているフィオナをチラリと見た。
「……どうやら、私が間違えていたらしい」
エルは「えっ」とつぶやく。と、ラザリアは、突然エルに頭を下げた。
「すまなかった」
エルはわけがわからず「え、えっ、え」と声を漏らすことしかできなかった。
エルは妙な焦りを感じ、周囲を見回す。ラザリアの生徒たちが、フィオナが、フィオナの友人であるリネアが、一斉にこちらを見つめていた。
「殺気を感じた瞬間、咄嗟に避けてはいたが――あの謎の攻撃を受けた時は、『まずい』と思ってしまった。正直、全滅を予期した。
お前たちがいなければ、間違いなく私たちはこの場で殺されていただろう。実力を見誤り、数々の無礼を働いた。本当に、申し訳ない」
「い、いや! その、ら、ラザリアさんだって、あの負傷でも他の敵を倒してくれたじゃないですか! 僕なんて、その、誰も倒してないですよ。それに比べたら」
「だが、この戦いで窮地を救ったのは間違いなくお前たちだ。なにより、生徒たちの傷を癒してくれた。――この大恩は、絶対に忘れない。感謝する。そして、すまない。私はどうやら――また、何も知らない癖に、決めつけてしまっていたようだ。それも、元とは言え私の生徒にまで。私は、自分が恥ずかしくて仕方がない」
――本当に、そう痛感しているのか。エルはラザリアの言葉を受け止め、息を深く吸い。
「……顔を、上げてください」
一言。ラザリアがゆっくりと顔を上げる。エルは微笑みながら、ラザリアに手を差し出した。
「お褒めいただき、ありがとうございます。
ただ――もしも僕の願いを聞いてくださるのなら。
謝罪よりも、ただ、あの子を褒めてやってください」
エルはフィオナへと目をやった。フィオナはギョッとしながら自分を指差し、顔を赤くしてあたふたとしだす。
「彼女はここに至るまで、本当によく頑張っていました。3年もの間芽が出ない期間を経て、僕と新しく開発したばかりの技術を発展させて、それを身につけて……そしてみんなを救ったあの子を、ただ、認めてあげて欲しい。
あの子にとってあなたは憧れなんです。きっと、あなたから褒めてもらえたら、凄く嬉しいと思います。……だから、お願いします」
エルが頭を下げる。ラザリアはしばらく目を瞑り黙り込んだかと思うと、やがて「わかった」と言い、そしてフィオナに歩み寄った。
気恥ずかしいのか、しかし期待しているのか。フィオナは逃げだそうとしながらも、もぞもぞとするばかりで動かなかった。やがてラザリアがフィオナに向き直ると、
「――なんだ、その。……いざこういう状況で褒めるとなると、恥ずかしいな」
ラザリアは照れたように顔を赤くしながら、頬を一度掻いて、咳払いをした。
「よく、頑張ったな、フィオナ。お前を見捨ててしまったことは、今も後悔している。
だが、そんなお前が、一人前に戦い、そしてみんなを助けた。私は今、フィオナが活躍したことが極めて嬉しい。
成長した、な」
ラザリアはそう言ってフィオナの頭を優しく撫でた。フィオナは耳まで真っ赤にさせながら、「え、っへ、えへっへ」と笑っていた。
本当に、嬉しそうだ。フィオナの様子を見ていたエルは小さく笑い。
――ふと。フィオナの隣にいるリネアが、彼女に対し、嫌悪の目を向けていたのに気が付いた。
◇重要なお知らせ◇
実は僕ギャランドゥです