第24話『人攫い』
「お前たち、今すぐその娘と持っている物を全部置いていけ。そうしたら、命だけは助けてやるぜ」
仮面の男たちは下劣な笑いを声をあげる。エルは緊張の色を隠せず、辺りを見回し冷汗をたらりと流した。
敵の数は――20人ほどか。対してこちらは、自分と、フィオナさんと、ラザリアさん、そして彼女が連れてきた生徒たち5人。計8人で、この人数を相手にしなければならない。
エルは恐怖がせり上がる中、しかしどこか冷静さを保っていた。
計8人とは言ったものの、その大半はBランク以上の優秀な冒険者だ。正直なところ、遅れをとることはないだろう。
そも、人攫いや野盗と言った類は、その多くが『外れ者』だ。素行が悪くギルドなどを追放されたか、あるいはまともに生きる能力がないが故にその道を選んだか。いずれにせよ言えることは、こう言った輩の多くは、それほどの実力は持っていない。
そんな外れ者の彼らが、6人もの優秀な冒険者を見て勇み挑むとは思えない。そうなると、何か勝算があるのだ。
「気を付けてください、フィオナさん。奴らはきっと、何かを隠しています」
「……はい。アイツら、どう考えても異常です」
フィオナは言い、剣を構えた。仮面の男の1人が「連れないなあ、お嬢さん!」とゲラゲラ笑った。フィオナが気持ち悪そうに、顔を歪める。
「――お前たち。確認するが、お前たちはこの子を攫った者――で良いのだな?」
ラザリアが子供を抱きかかえながら言う。仮面の男たちは「だったらなんだってんだよ!」と一斉に笑いだした。
「――なるほど。ならば良い。で、あれば、だ」
ラザリアが仮面の男たちを睨みつけた、直後。
彼女の生徒が一斉に剣を抜いたかと思えば、彼らは剣を振り、刃となった風が男たちを襲った。
「お前たちを捕らえ、騎士団の公安部に引き渡す。
どうやら、挑む相手を間違えたようだな。――私の生徒は、優秀だぞ」
ラザリアは笑う。風の刃が男たちを切りつけ、血しぶきが舞う。
エルはラザリアの生徒たちの動きに舌を巻いていた。
凄い。彼らはラザリアの指示を受けることなく、しかし一斉にこの判断をして、誰一人欠けることなく敵に攻撃を当てたのだ。
とてつもない団結力と判断力だ。エルはこの瞬間、彼らの優秀さと、そしてラザリアと言う1人の女が如何に高い指導力を持っているのかを理解した。
「お前たちッ! ゆめゆめ、警戒を怠るな!」
瞬間、ラザリアが大きく叫ぶ。
「奴らは『何か』を隠している! でなければ私たちに挑むなどという愚行を犯すはずがない! 相手の動きを常に見ろ、不審な動きが有れば直ぐに共有しろ!
なんとしてでもこの少女を、そしてフィオナたちを守り抜けっ! 傷一つでも付けようものなら私たちの敗北だと思え!」
「「「はいっ!!!」」」
ラザリアの声に応え生徒たちが叫ぶ。エルは彼らに圧倒され声を出せなかった。
これが、チェイン・エンチャンター。ラザリアという女とその生徒たち。エルは自分には無い強さを持つ彼女らに気後れしてしまった。
「エルっ!」
ラザリアがエルたちの元へと駆け寄る。エルは我に返り「は、はい!」と反射的に叫んだ。
「この子を頼む! いいな、お前たちがこの子を守れ! それが、お前たちの役割だ!」
ラザリアはそう言い残すと剣を抜き、飛び出すようにして敵へと向かっていった。
「私は奴らを叩く!」
ラザリアの剣に火が灯る、そして彼女は生徒たちの円陣を抜け、仮面の男たちが並ぶ木々の中へ飛び込んだ。
瞬間に、男たちの悲鳴が飛び交う。ラザリアがこのわずかな時間で奴らを切り捨てているのだ。
「やっぱすげぇぜ、師匠!」
「アレでおおよそ5割ってくらいの力か。ま、こんな奴らに本気を出してちゃあ体力が勿体ないもんな!」
男子生徒が言いながら、ラザリアの攻撃を逃れ襲いかかってきた男を切り捨て、蹴飛ばす。エルは流れていく戦況に固唾を飲んでいた。
「――フィオナさん。僕達も、なにか……」
と。エルは、話しかけたフィオナの様子を見て、目を見開いた。
青ざめて、膝をついている。額を押さえ、必死に痛みに耐えている。エルは動揺の色を隠せずに、フィオナへと駆け寄った。
「フィオナさんっ!」
様子がおかしい、どうみても、何かを患っている。この短い間に毒でもうけたのかと、エルは不安に冷や汗を流していく。
「なにが、なにがあって――」
「エル、さん……まず、い……です……!」
フィオナは顔を歪ませながらも。必死に、何かを伝えてきた。
途端、仮面の男の1人が護衛陣を切り抜け、フィオナに切り掛る。エルは気付き、咄嗟に彼女を守ろうと前に出るが、瞬間、リネアが男の攻撃を剣で受け、弾き、風を纏った斬撃で吹き飛ばした。
「なにやってんのよ、フィオナ!」
「だめ、リネアっ……! 師匠、みんな……っ! ……こわ、い……!」
エルは。そこに不穏な空気を感じ、咄嗟に地面にペンで文字を書いた。
「――来るっ!」
フィオナが叫んだ、直後。
ドス黒い牙のような何かが、1本の木の裏から飛び出した。
それはいくつにも分かれ、茨の蔦のようにねじ曲がりながら、四方八方にいる生徒たちへとその牙は向かい、そして彼らを一切の例外なく貫いていた。
エルは声を出すこともできなかった。否、もはやそんな速度ではない。貫かれるその瞬間を、視認することさえできなかったのだ。
「なっ、なにが――」
エルはふと目前を見て、声に詰まってしまった。
目の前に――目の前に、あの黒い牙が迫っていた。しかしそれは、エルやフィオナに当たる直前に、不自然な形で折れ曲がっていた。
足元の文字が光り、それを境に牙は折れている。エルはこの牙が現れる直前に、自身とフィオナに防護の魔術を使っていたのだ。
「はい、残念」
と。牙が現れた木の裏から、声が聞こえた。
ゆっくりと、仮面を着けた男が現れる。
男は右手に牙の生えた球体を持っていた。エルたちを襲ったこの牙は、あのガラス玉のような物体から現れた物のようだった。
「いくら奥の手があるって理解していても――『見えなきゃあ』対策のつけようがないよなぁ……?」
『見えない』――? エルは男の言葉に違和感を抱いた。
見えない、だと? これほどまでの魔術が、『見えていない』――? エルは腹部を貫かれた生徒たちを見回す。
「あっ……なに、が」
「痛い……なんで、なんで」
「なんで……腹に、穴が――」
誰も理解していなかった。今なにが起きて、彼らの身になにが起きているのかも。
そう、見えていないのだ。彼らには、この凶悪な魔術が。見えているのは、自分と――
「エルさん……!」
目の前で手折れた牙を恐怖の目で見つめている、フィオナだけだ。
すなわち。
「…………フィオナさん。どうやら、これは僕たちの専売特許じゃあなかったみたいです」
エルは奥歯を噛みしめ立ち上がる。フィオナも「はい」と言いながら、鋭い眼光で男を見つめる。
「この魔術は――僕たちと、同じ力で使われている!」
エルは男を睨みつけながら言い放った。
考えてみれば、当然だったのだ。自分たちの魔術が、人間に備わった力を利用しているのだとしたら。
それを扱う人間が他にいたとしても――一切不思議では、なかったのだ。




