第23話『クエストへ』
「――さて」
エル・ウィグリーはそう言って、ギルドの掲示板の前に立った。
「待ち合わせの時間までは……まあ、あと30分ってところですかね。些か早く来すぎましたが、まあ、遅れるよりかは遥かに――」
「エルさあああああん!!!!!!」
エルは聞こえてきた大音声に思わず身を縮こまらせてしまった。
間違いない、この声はフィオナのものだ。エルは辺りを見回して、彼女がどこにいるのかを探した。
「あ、あの子は一体どこにいるんだ……?」
「普通に前から来まあああああああああああああああああああああああああああす!!!!!」
「うわあああああああ!!!!」
フィオナはさも当然と言ったように手を振りながら、ギルドの中央の道を突っ切って来た。別段驚かされたわけでもないし、突然現れたわけでもないのに、エルは思わず恐怖とも言える叫びをあげる。
「エルさんエルさん、今日はようやく実戦で運用していくんですよね! 私もう楽しみで楽しみで、いてもたってもいられず待ち合わせの40分前に来ちゃいました! あ、そだそだ、私お弁当作ってきたんですよ! ふっふっふ、お昼ご飯を見越してこうして密かに準備をしてくるのがスーパーかわいいフィオナちゃんクオリティ。頑張ってご飯作った私を褒めて褒めて!」
ぴょんぴょんと跳ねながらエルに迫るフィオナ。それはまるで、飼い主に撫でられることをねだる犬のようだった。エルは心臓をバクバクさせながら、ひとまずここは笑っておこうと「あはは」と声を出した。
「そ、その、ご配慮ありがとうございます。えっと、10分前からここに?」
「はいっ! 遅れるよりかはいいかなって!」
「いえ、その、お待たせして申し訳ございません。まさかそんなに早く来るとは……」
「いいんですよ、早く来すぎた私が悪いんです。そんなことより、早く依頼を受けましょうよ! 私、自分が今どんな状態なのか知りたいんです!」
ワンワンと散歩を急かされている気分だ。エルはフィオナの勢いに引きずられながら、「わかりましたよ」と苦笑した。
……今日がこの子の、初めての実戦だ。危なくないよう、僕がしっかりしないと。エルは改めて決意を固め、掲示板から素材集めの依頼書を引き剥がす。
受付まで歩き。そしてエルは、フィオナと並んで依頼書を受付嬢へと手渡した。
「こ、こここの依頼を……」
「すまない、この依頼の受理を頼む」
と。エルが依頼書を置くと同時、隣から凛とした女性の声が聞こえた。
「えっ?」
「ん?」
エルが隣の人物へと目をやると、そこには、生徒を数人引き連れたラザリアがいた。
どうやら、今日も外での授業らしい。後ろにいる生徒たちの中には、フィオナと以前話していたリネアという少女も混じっていた。
「え、えあっ、あっ、ラザリアさんっ……!?」
「え、エル・ウィグリー……! き、貴様、一応聞くがあの時の事は誰にも言ってないなっ!」
え、最初に聞くのそれ? エルは顔を真っ赤にさせるラザリアに内心でつっこんだ。
「師匠、なんの話をしているのですか?」
と、ラザリアの後ろに居るリネアが、首を傾げながら尋ねてきた。ラザリアは「あああいやなんでもないんだ!」と半笑いになりながら、さらにエルへと詰め寄った。
「いいな、あの事は誰にも――特に、私の生徒には言うんじゃないぞっ! フィオナにもだっ! ここ数日間恥ずかしくて恥ずかしくて仕方なかったんだからな!」
「わ、わかってますよ。僕だって他人の秘密を明かすほど悪趣味じゃありません」
「ならば良し! ふう、これで一安心だ」
ラザリアがため息をつき微笑む。エルは「あはは」と苦笑しながら、『これで安心できるのか』と呆れさえ感じていた。
と。
「あ、そ、その、師匠……」
フィオナが、エルの後ろから気まずそうに顔を出した。
「お……おひさし、ぶりです」
「――フィオナ。……そうか、今日はお前もクエストに行くんだな」
「は、はい……そ、そそその、えと……実戦訓練、です。よ、ようやく、エルさんに認めてもらえて……」
途端、ラザリアは「なに……?」と呟き目の色を変えた。
ラザリアがエルを睨みつけ、エルはそれにドキリとする。狼のような迫力だ、エルは心臓をバクバクとさせてやはり苦々しい笑みを浮かべることしかできなかった。
「………………お前たち、今からどこへ向かう?」
「あっ……そ、そそ、その、グリムの森です」
「行き先は一緒、か。…………よし。
みんな、すまない。今日はフィオナとこの男もクエストに同行させる」
生徒たちが驚き、ざわざわと声を漏らす。エルも同じように動揺し、「ちょ、ちょっと待ってください!」と思わず声を上げた。
「な、なにを勝手に……! あなたは僕たちとは関係ないじゃないですか!」
「そうだ。だが、だからと言ってフィオナをおいそれと危険な場に行かせるわけにはいかない。いくら剣術が優れているからと言っても、魔術は扱えない。危険な動物と出会ったらどうする?」
「彼女には3年以上、1人で冒険者として生きた実績があります!」
「Dランクでな。それも、他のメンバーに守ってもらえていたからだ。……お前たち2人では、任せられん」
「なんで、僕を信頼したんじゃ……」
「したわけじゃないとは言ったはずだぞ。気持ちと覚悟は、認めてやる。そのための協力も、惜しまない。
だが、おかしな術が使える程度では危険と立ち会うことはできん。いくらなんでも破滅的過ぎる。その結果フィオナが死んだのでは、協力もクソもない」
エルはなにも言えなかった。無意識に拳に力が入り、しかし、ラザリアの立場から自分たちを見た場合、あまりに正論で言い返すことができなかった。
――不甲斐ない。フィオナの実力を説明できないことが。なによりも、この状況でも『大丈夫なのだ』と言ってもらえない、そんな信用を獲得していない自分自身が。エルは奥歯を、噛み締め。
「――別に、いいですよ」
後ろから聞こえた声に、ハッと目を見開いた。
エルはフィオナの方を見る。彼女は強い意志を帯びた目で、ラザリアのことを見つめていた。
「当然ですよ。私は、学園の落ちこぼれです。そしてエルさんも、Dランク帯にずっとずっと居座り続ける『無能』です。そんな2人が、信頼してもらおうなんて考えること自体間違っている」
「フィオナさんっ……!」
「だったら、示すだけです。私たちは、大丈夫なんだって。劣等種である私たちは、そうして積み重ねるしかないのです」
その言葉は、エルに向けられたものだった。エルはフィオナの据わった目を受けて、一度瞳を閉じ、息を吐き。
「――わかりました。そうですよね。僕たちには、そうするしか道がない」
改めてエルは、ラザリアに向き直った。
「同行、承知いたしました。……どうか、僕たちのことをよく見ていてください、ラザリアさん」
エルはフィオナに倣い、強く言う。ラザリアはこちらをじっと見つめた後、
「よろしく頼む」
そう言って、エルへと手を差し出した。エルは「ええ」と言いながら、しかし、その手を取ることはなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
エルたちはグリムの森の中を進んでいた。
不安定な地面とそこから伸びた木々の根で、どうにも進みにくい。加えてエルとフィオナは、ラザリアが連れて来た数人の生徒たちに取り囲まれた状態で進んでいた。
これは嫌がらせでもなんでもない。言わば護衛だ。ラザリアは今回の事を、『護衛の修練』ということにして、彼らに自分たちを護らせているのだ。
「ねえねえフィオナ。その、えっと、なんでこんなことになってるの?」
護衛をしている生徒のうちの1人――リネアが、フィオナに話しかける。フィオナは少し呆れた顔で、彼女の問いかけに答えた。
「私もわかんない。……けど、師匠が私のこと、あんまし信用していないってことだけはわかるよ」
「……うん。まあ、そう受け取っちゃうよね。
ところで、だけどさ。あの男の人、誰? 以前なんか、突然叫んで逃げ出していたけど……」
「エルさんよ。私の、今の師匠。あの人からはそう呼ぶなって言われてるけど」
「師匠!? え、でも、Dランクじゃない! それにさっきもおどおどしてて、すっごく頼りなさそうだったよ!?」
「言いたいことはわかるよ。けど、凄くいい人よ。それに、ああ見えて結構強いんだから」
「うっそだ。どう見たってダメな人だったじゃん。ねえフィオナ、やっぱりあんた騙されてない?」
「騙されてない」
「もう、本当? フィオナはすぐ人を信用しちゃうんだから。ねえ、やっぱりさ、またなんとかして学校戻ろうよ。再入学とかも全然ありだと思うし、何度も挑戦すれば――」
「それができないから、私はあの人について行ったの。分かってて言ってるよね、リネア?」
「いや、でも――あの人よりかはマシだよ、絶対」
「ううん。そんなことはない。私はだって、あの人のおかげで魔術が使えるようになったから」
「――うそ」
なんとも、トゲトゲとした会話だ。エルはあまり良くないと思いつつも、2人の話を盗み聞きして、肩を落としていた。
わかってはいたが、やはり自分は信頼されていないらしい。先ほどからどうにも、自分をバカにしたような言葉ばかりが気になってしまう。エルは漫然とした不快感を胸の中にふつふつと煮立たせていた。
――落ち着け。あんな言葉、僕が活躍すればそれだけでなくなる。エルは何度も、頭の中でその言葉を反芻させた。
しかし問題となるのは、今の状況だ。エルは自身を取り囲むチェイン・エンチャンターの生徒たちに内心で舌打ちをしていた。
彼らは生徒とは言え優秀な冒険者だ。ランクは自分たちよりも高く、なにより指導にはラザリアがついている。おおよその害敵は、自分が何かをする前に彼らに倒されてしまっているのだ。
これは別段、ラザリアがエルたちを活躍させないよう悪意を込めてしていることではない。真剣にフィオナの身を案じて、合理的な判断のもと行なっている。それはすなわち、この護衛陣がどれほど優秀なのかをものがたっていた。
――どうすればいい。エルがふと、そんなことを思った時。
「止まれ」
ラザリアが全員に指示を出した。
「――女の子が、倒れている?」
ラザリアの声が聞こえ。エルは彼女が見ている方へと目を向ける。
視線の先では――ボロボロの衣服を纏い、傷だらけになった幼い少女が、地面に倒れ込んでいた。
「た、大変です!」
と。慌てたフィオナが駆け出そうとする。エルは瞬間、「待ってください!」とフィオナの腕を掴み彼女を制止させた。
「ちょ、早く治療しないと――」
「いいえ、不自然です。なぜこんな幼い子供が、森の中で1人で倒れているんです?」
エルの説明を聞き、フィオナはハッと気付いたように目を開いた。
どうやら、ラザリアもこの事に思い至っていたらしい。困惑して動けない様子だった生徒を、「絶対に、勝手な行動はするな」と指示を出して制止していた。
「――エル」
と。ラザリアが、自身を呼んだ。エルは小さく頷き、そしてラザリアの隣に並ぶ。
「どう思う?」
「ここは森の中でも結構深い位置です。か弱い女の子が1人で来るには危険過ぎる。それにこの辺りは危険な生物がでやすい」
「ああ。生きていること自体が不自然だな。となると――」
「――何者かに、この場所へと連れてこられた可能性が……」
瞬間。エルは思い至ったように顔を上げた。
「――人攫い!」
直後、辺りの草木がガサガサと揺れ出した。
「っ――!」
人の気配。それも紛れもない敵意を感じる。エルは直感的に、何が自分たちを取り囲んだのかを理解した。
途端、ラザリアがダッと少女の元へ駆け出した。ラザリアは少女を抱き上げ、辺りを見回す。
「おいおいおいおい、俺たちの縄張りに入り込んだ奴らがいるぜぇ」
卑しい声が聞こえる。悪意のこもった、憎々しい声だ。エルがゴクリと、唾を飲み込む。
いつの間にか。エルたちは、何十人もの仮面を被った男たちに、囲まれてしまっていた。




