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10話『フィオナ・レインフォード 6』

 フィオナ・レインフォードはささくれ立った気持ちを抱えながらも、1人ギルドの掲示板の前に立ち依頼を眺めていた。


 エル・ウィグリーについてくるな、と言われてから早3日が経った。彼は乱暴なままにあの場から去った後、一度としてフィオナの前に姿を現していない。



『……諦めろ。こんな胡散臭い男に縋るしか道のない夢なら、追わない方がいい。それよりも、普通の暮らしを目指した方がいい』



 フィオナは頭の中でエルから言われた一言を思い起こす。


 もはや何度も聞いた、糞食らえな発言だ。チェイン・アームズを除籍になってから3年が経ち、夢を語る度に何度も同じことを言われた。


 ある者は嘲笑で。ある者は真剣に自分の身を案じて。気持ちも意味も、しっかりと伝わっている。だがだからと言って、フィオナはそれを聞き入れる気にはなれなかった。



 幼い頃、武闘大会で見た聖騎士の姿。あの人たちのようになりたいと言う一心で、幼少の頃から今に至るまで、片時も忘れずに努力を積み上げてきた。

 それをたかだが『共鳴不全』などという障害に阻まれ、諦めるなど、彼女にはあまりに悔しくてできなかったのだ。



 大丈夫だ。頑張ればいつか夢は叶う。共鳴が使えない聖騎士などいなかったが、しかしそれは前例がなかっただけだ。自分が最初にその立場になってしまえばいいだけのこと。フィオナは妄執するかのようにその言葉を何度も口にするが、その度に不安は強くなっていった。


 実際問題、魔力を知らないというのは致命的であることをフィオナも理解している。故に、彼女にとってエルという男は、まさに自分の未来を切り開いてくれる存在だったのだ。


 しかしそんな男でさえ、諦めろと自分に告げた。彼女は強がり、怒りを孕んでエルに反発していたが、それはとどのつまり、膨れ上がった絶望の裏返しでしかなかったのだ。



「……諦めちゃだめよ、フィオナ・レインフォート。大丈夫、あの人たちがいなくたって、私は強くなってみせるから」



 そうしてフィオナは掲示板に貼られた、Dランクのクエストを引き剥がす。と、直後。



「ねえ、君さ」



 突然妙な男が、自分に話しかけてきた。


 腕章を見ると、Bランクの人間だとわかる。それなりに実力のある人間なのだろう、たしかに、立っている姿からはあまり隙が無いように思えた。無論、彼女の師範であったラザリアに比べれば、そうでもないのだが。



「最近ずっと1人でクエストしているよね? 以前までいた、連れの男の人はどうしたの?」



 紫色の髪をした男は、軽い口調で自分に話しかけてくる。フィオナは男の様子になぜか無性に苛立ってしまった。


 なぜかと言われれば、具体的には言えない。だが、女の本能と言えるなにかが、自分の中でうごめいているのだ。フィオナは男を無視して、クエストを受注するためカウンターへと向かおうとした。



「ちょ、ちょちょちょ、待ってよ」



 男はそして自身の腕を掴んでくる。フィオナは「離してください」と男の手を振り払った。



「なんなんですか、あなた。私になにか用です?」


「いやぁ、実はね。もしも以前の男とパーティーを解散したのだったら、俺と組んでくれないかなぁって思ってさ。ねね、いいでしょ?」


「……嫌です。あなたと組むくらいなら、1人でいた方が断然マシです」


「えぇ~、そんな手厳しいこと言わないでよ。あ、そうだ、君今Dランクでしょ? ランクを上げる手伝いをしてあげるからさぁ。俺、一応Bランカーだし、色々とアドバイスできるよ?」


「結構です」



 フィオナはきつく突き放し、再度歩き出した。と、その時。



「――あの男が使っていた技を、教えてあげるから」



 フィオナは男のそのつぶやきに、思わず動きを止めてしまった。



「――ふざけたこと言わないでよ。あの人の技はね、あの人が作り上げた技術なの。あんたが使えるわけないじゃない」


「本当にそう思ってる? じゃあ聞くけど、君はエンチャントの魔術が創始者以外には扱えないと思っているの?」


「――それ、は」


「でしょ? ほかの魔術も全てそうだ。ジャミング、シューティング、ライズ……色々な魔術がこの世界には存在するけど、魔術を学びさえすれば、みんなそれを使えている。じゃあ魔術を作ったのは誰? 当然、大昔の創始者に決まっている」


「なにが言いたいのよ」


「つまりね。たとえその男の人が独自の魔術を作り上げたとしても、俺がそれを使えないとは限らないってことさ」



 そんなバカな話があるわけがない。あの人の魔術は、他の魔術に比べてあまりにも異質だったのだ。こんな、何も知らない男が使えるわけがない。フィオナはすぐにその考えに至った。


 ――だが。



「だから、もしも君さえよければ、だけど……俺があの魔術を使えるようにしてあげるよ。だから、パーティーを組もう」



 これがもしも、本当だとしたら。フィオナの頬を一滴、汗がつたった。


 わかっている。胡散臭い。あまりに、出来すぎた話だ。そんなことはわかっているのだが、たとえ0.1%であったとしても、その可能性があるのなら、フィオナはそれを、信じたかった。


 魔術が使えない自分が、魔術を扱えるのなら。夢への扉が、どれだけ押しても引いてもビクともしなかったその先が、見えるようになるかもしれない。



 迷い、迷い、迷い、迷い。フィオナは差し出された手を何度も見返し、そして。



 ゆっくりと、その手を握った。



「パーティー成立、だね」


「――本当に、教えてくれるんですよね?」


「ああ、もちろん。俺に任せてよ」



 男はそう言って微笑んだ。と、直後。



「待てよ」



 彼の肩を、後ろにいる誰かが掴んだ。


 そこにいたのは、緑色の髪の毛をした少年だった。鎧に身を包み、同い年位に見える見た目には不相応な眼力を男に向けていた。



「その子さ、エルさんについてきていた人だよね? ――あんたさ、その子に何の用なの?」


「何の用って、パーティーに誘っただけだよ。君の後ろにいる、2人の女の子と同じだって」



 紫髪の男は少年の方を振り向きながら言った。少年の後ろには、彼と同じく男を睨みつけた2人の少女がいた。



「同じ? 僕たちは真剣に互いを仲間だと思って集まっているパーティーだ。アンタとは違う」


「いやいや、俺もそう思ってるって。ほら、この子はもう、仲間」


「信用できない。……君、この男についていっちゃいけない。エルさんと何があったかはわからないけど、少なくともコイツよりかは、エルさんは信頼できる……」



 直後。


 紫髪の男は、少年を強く殴り飛ばした。


 鎧が一瞬にして砕け散る。少年は吹き飛び、口から血を吹いて地面を転がった。



「あらら、簡単にのされちゃって。Cランクになりたての新人さんだったかな? 喧嘩を売った相手が悪かったね。って、聞こえてないか」



 ギルド内が騒がしくなる。少年は動く気配を見せない。と、彼の後ろにいた2人の少女が、武器を構え、男の前で臨戦態勢に入った。



「おいおい、面倒だな。女の子に手を挙げる趣味は、ないんだけどなぁ」


「うるさい。リュカを殴り飛ばすなんて、許せない。覚悟して」


「ヒヨッコが何言ったって効きはしないよ。それに、もう……」



 直後、ギルドの床から石柱が飛び出した。五角形をしたそれは2人の腹を突き上げ、そのまま宙を舞わせた。



「勝負はついてる。ごめんね、これが実力の差だ」



 少女たちは倒れ、伏した。フィオナはゾクリと、背中に悪寒が走ったが。



「さて、行こうか」



 男は改めて手を伸ばす。強くなった不信感を拭えなかったが、それでもフィオナは、その手を取った。



「――なん、で」



 と。倒れた少女の1人が、声を絞り出した。



「なんで、そんな奴についていくの……」



 フィオナは呼吸を乱し、そしてゴクリと唾を飲んだ。汗がつたい、体の熱が消えていく。不安を全身に浴び、なお歩き出した彼女は、少女を振り向くこともなく、一言、告げた。



「私には――これしか、道が無いから」



 何年も焦がれた夢を、叶えられるのなら。断絶した未来を、それでも繋げられるのなら。それがどれだけ怪しくても、どれほど低い可能性だとしても。

 自分はそれでも、夢を諦めたく無いのだ。フィオナはそして、男に連れられるままにギルドを出て行った。

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