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こえあらず ほうに恋ありけり  作者: ぶりかま
九章 恋の強化学習
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40/40

第40話 今日だけでいいから

 楽しい。

 いや、訂正しよう。

 私は今、人生で一番のピークを迎えている。心拍数は有酸素運動並みに跳ね上がっているし、ドーパミンもドバドバ出ている自覚がある。

 夢にまで見た、ハルとのお出かけ。

 正真正銘のデート(仮)だ。


 今までは、ハルとどこかへ行く時は必ずセットで誰かがいた。芦名家のきょうだいたちや、ケンちゃん。

 賑やかで、楽しくて、私の大好きな日常。もちろん、それが残念だなんて思ったことは一度もない。全部が私の宝物だ。

 でも、今は違う。

 私の視界には、ハルしかいない。今日は、二人きり。

 もしかしたら……これが最初で最後かもしれない。ハルと二人きりで遠出なんて、こんな確率はもう二度と引けないかもしれない。


 だから。

 もう、全力で楽しむしかない。一秒だって無駄にはできないんだ。

 ふと隣を見ると、ハルが頭をガシガシと掻きむしり、どこか上の空で遠くを見つめていた。

 あの顔は知ってる。何かに詰まってる顔だ。

 うんうん。辛いよね。わかるよ。右を見ても左を見てもカップルだらけ。

 このリア充だらけの空間は、私みたいなラノベ脳じゃない、硬派な理系男子のハルからしたら、ただの雑音でしかないだろう。

 可哀想なハル。

 私が守ってあげなきゃ。お姉さんとして、この甘ったるい空気から君を救い出さないと。


 ――なぁんて思っていた私が、バカだった。

 あいつ。

 さっき「コーンのソフトクリーム一緒に食べる」って言ったくせに。私の乙女心を理解した風な口を利いたくせに。

「スプーン貰ってくる」だと!?はぁぁぁぁ!? こっちはどんだけ緊張したと思ってんだッ!!心臓が口から飛び出るのを必死に飲み込んで、「一緒に食べる(=直でシェアする=間接キス)」というミッションに挑もうとしたのにッ!!


 一緒にペロペロしたかったのにッ!!

 あのアホちんがッ!!


 だから、あいつの口に熱々のたこ焼きを放り込んでやったのだ。揚げたて、中身トロトロのマグマみたいなやつを。

 ※ただし、ハルは特殊な訓練を受けています。嘘だけど 良い子は真似しちゃダメだよ?


 ……なんでたこ焼きを選んだか?

 それは、私がハルと初めて遊んだ日の記憶への、ささやかなリベンジだ。あの日、彼は無意識に私にたこ焼きを「あーん」してくれた。

 まだ私が、この胸の痛みが「恋」だなんて気づいていなかった頃のこと。ただハルが私の口に運んでくれただけなのに。頭の中が真っ白になって、息ができなくなって。

 顔が真っ赤で、それを見たハルに「熱あるんじゃないか?」って本気で心配されたっけ。


 ふふ。懐かしいな。

 そう。あれがいわゆる「知恵熱」ってやつ。

 好きな人の「あーん」ってさ。もはや暴力だよねぇ……。

 物理的なダメージはないけど、ライフポイントはゼロになるもん。

 まぁ、そんなの? 恋人でもない私がやったら「なんだコイツ? 罰ゲームか?」みたいに思われるのは仕方がない。

 ハル、すまないッ!でも、私の乙女心をスプーン一本で粉砕した罪は重いのだよ!

 コーンを一緒に食べるって、そういう「不合理」を楽しむことでしょがッ!

 ……まぁ。ハルが「笑ってるからいいか」って顔したから、もう許してあげるけどッ!


 それにしても。移動の電車から、このフードコートでの攻防まで。凄く、楽しかったな。

 周りのカップルみたいに手を繋いだり、甘い言葉を囁き合ったりはできないけど。こうして隣で同じものを食べて、笑い合えるだけで。

 恋人かぁ……いいな。ハルとお付き合いできる未来の彼女さん。羨ましいな……。

 きっとその子は、毎日こんな幸せな時間を過ごせるんだろうな。


「ねむ、早く行こう? 久々だね、この景色。……なんか俺、ちょっとワクワクしてきたかも」


 トレイを片付けたハルが、少年のように目を輝かせて振り返る。

 その無邪気な笑顔。


 (……ッ、可愛いかよ、もう)


 反則だよ、その顔は。

 お願い、神様。今日だけでいいから。

 この時間が、永遠に続けばいいのに。ずっと、この人の隣にいれたらなぁ……。


 チケット売り場へと続く列。

 あと数メートルで、青い光に満ちた水槽の世界へ手が届く。

 私とハルの鼓動は、期待で同じリズムを刻んでいたはずだった。


 けれど。


 ポケットの中で、二つのスマートフォンが同時に震えた。

 それは通知音というより、いつもと同じ振動のはずだった。画面に表示されたのは、ママからのメッセージ。


『千代子さんが、亡くなった』


 その一行の意味が分かった瞬間、何も考えられなくなった。

 隣でハルの腕が力なく垂れ下がり、握りしめていたスマホが、重力に負けたように傾く。

 私たちは無言のまま列を離れた。

 ゴールデンウィークの喧騒。笑顔で溢れかえる家族連れや恋人たち。

 楽しそうな人たちが、立ち尽くす私たちを避けて通り過ぎていく。笑い声が、やけに遠くに聞こえた。


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