第1話 死水症の流行
追記①:ジャンルを『ローファンタジー』に変更しました。ただ恋愛要素が根幹にあることは変わりません。
追記②:全5話という短い構成で完結します。
びしゃっ。
ある日の朝。オフィス街でひとりのサラリーマンの肉体が水と化して排水溝へと流れていった。
しかしこの時は意外にも大騒ぎにならず。都会の喧騒と忙しさは非科学的な超常現象など簡単にかき消し、いつも通りの日常が過ぎていく。
常識が崩れ始めたのはそれから数日後、生放送で行われていたお昼のワイドショーでの出来事から。
司会役のタレントが突如として水となり、それは床に飛び散って地面を濡らす。
するとスタジオは大きな悲鳴に包まれて大きな混乱へと陥った。
床に落ちているのは濡れている衣装やピンマイク。
それらの下には人間だったものによる水たまりができていて、これを目にした共演者やスタッフは状況をすべて飲み込めなかったものの、嘔吐を始めてしまい放送は中断された。
当然ながらネット上ではこの出来事についての『考察』が人気を博す。
ある者は「AIで作ったフェイク動画」だと、またある者は「どうせ新しい映画やドラマの宣伝でしょ」だと。
ところが人間の肉体が水になる現象は、世界中で次々と確認・報告されていくこととなる。
事態を重く見た各国政府はこの現象を「原因不明の伝染病だ」と捉えて緊急事態を宣言。あらゆる国境は瞬く間に閉鎖された。
だがそれでも状況は落ち着かない。
ずっと家に引きこもっていた貧乏人も。
屈強な肉体を持った健康体の富裕層も。
絶大な権力に守られている独裁者だって。
『感染経路』は不明のまま、彼/彼女らは水に変化する。
遂にはこの混乱に乗じて侵略戦争を開始する国家も出てきたが……兵士も、指揮官も、政治家も、水になってしまう。
この病は驚くべき速度で広まり、立場や肩書など関係なく人は平等に死んでいく。
こうして世界は崩壊した。
法も秩序も道徳も失われて、人々は「いつ自分が水になるか分からない」という恐怖心と諦めを抱えたまま、理性を失い日々を過ごすことになったのだ。
◇◇◇
「それじゃあ行ってきます」
秋原久太。
18歳の彼は大きなリュックを背負い、生まれ育った家を後にして歩き始めた。
久太の父と母は真面目な教員だった。
しかし人が水になる現象──通称『死水症』が流行し、世界が壊れてしまってからおかしくなってしまう。
口数の少ない父は見知らぬ女性と頻繁に肉体関係を持つようになり。
堅物の母は酒浸りになり暴食まで繰り返して極度の肥満体型になり。
久太は昔から両親との仲は良くなかった。
外面を気にする彼の父親と母親は息子の人間関係にもしつこく口を挟み、職業柄か成績にもうるさかった。
そのため幼い頃から親が期待する成績を残せなければ──決して他者にバレて通報はされない程度の──暴力まで受けていたのだ。
だから世界の崩壊と比例して様変わりしていく両親の姿に、久太は心を痛めない。
「父さん、母さん、さようなら」
それでもここまで育ててくれた恩を蔑ろにするほど彼は冷徹になれなかった。不自由なく生活ができていたことも事実だからだ。
だから久太は「たとえ返事が聞こえなくても一言だけ」と別れの言葉を口にする。
玄関に残っているわずかな水滴を、じっと見つめながら。
「ね、ねえ! ひとりで歩いてる高校生っぽい男の子! お、おじさんといいことしてみない? 気持ちよくしてあげるからさ!」
「おい! そこのヒョロガリの男! アタシのサンドバッグになってよ! どうせいつ死ぬか分かんないから女から殴られたって構わないでしょ!」
町に出ると、まだ生き残っている人間からこのような声をかけられるのは、壊れた世界の日常茶飯事。
今まで抑圧されてきた欲をここぞとばかりに露わにしているのか、もしくは逃げられない恐怖やストレスによりこうなってしまったのか。
しかし直近でも多くの人が死水症で死んでしまったのだろう、最近は雨も降っていないのに地面には水たまりが目立つ。
それにこんな状況を利用するたくましい人間もいる。
手書きで作られた怪しいビジネスや新興宗教への勧誘が綴られたチラシも、その一部が濡れながらも地面に落ちていた。
「……」
「ちょ、ちょっと! おじさんのこと無視しないでくれ! 水になる前に一度でいいから! ね!」
「おいシカトこくなよ! 今の時代、性別なんか関係ねえんだぞ! 男だからって調子に乗るなよ!」
それでも久太はかけられる声にも、足元にあるチラシにも、一切反応することなく黙々と足を進めていく。
彼はどこかに目的地を設定して歩いているわけではない。
ただ、ただ。
自分の願いによってできあがってしまった世界の雰囲気を、それに伴う罪の意識を、肌で感じたいだけだったのだ。
◇◇◇
「高校が見えてきた」
久太の視線の先には大きな校舎が見えてくる。
死水症が蔓延するまではごく普通の私立進学校で、久太自身も通学していたところだ。
しかしここはもう若人たちの学び舎ではない。
世に蔓延る死水症対策の『登校見合わせ』は解除されることなく、今では社会が麻痺に陥ったことで廃校同然。すでに教育機関として機能していない。
同級生の生死は不明。
まだインターネットが使えた時は顔なじみに連絡がついたが、次第に返信が来る人数も減っていき、とうとう回線そのものが使用不可になる。
世間では当初こそ死因が死水症で遺体はなくとも、形だけの葬儀は行われていた。
だがかろうじて存在していた頃の報道によると『葬儀中に僧侶や参列者も水になる事例』が多発し、そういうことすらもしなくなったのだ。
「ちょっと疲れたな……」
見慣れたはずの校門に寄りかかって座り込む久太。
自宅を出てすぐは生き残っている人間に意外と会ったが、学校の周辺になるとおかしくなった人すらいない。
「もう車や電車なんか走ってない。聞こえるのはカラスやハト、もしくは飼い主を失った犬や猫の鳴き声ばかりだ。死水症、人間以外の動物はならないからな……」
この世界に法律などあってないようなもの、秩序も崩壊してしばらくは凶悪犯罪も多発した。ただ犯人を捕まえたってもうどうしようもない。
なぜなら血を流して絶命した被害者のそばに、誰かが着ていた衣服が落ちていて、その下には水たまりができているのだから。
それに被害者も検死中に水となってしまうように、死水症になる対象は非常に幅広い。
生きている人間はもちろん死因に関係なく死体全般、さらに納骨されていた遺骨なども水へと変化。
それらはじきに蒸発し、川や海に流れ、動物に飲まれる。
これにより何か事件が起きたとて捜査をする意味もなくなってしまった。被害者も加害者も、いずれ死水症になってしまうのであればどうしようもない。
現代科学を総動員しても原因の追究は不可能。誰がいつ水になるのかも一切分からず、研究者たちも絶望してしまった。
それでいつしか世界は死水症を『神による人類という種への罰』だと解釈するようになったのだ。
つまり抵抗することをもう諦めてしまう。
「違うよ。これは神による罰なんかじゃない」
もうダメになってしまったが、最近まで電気は通っていた。
久太は「いつ停電するか分からないから」と事前にいくつかのモバイルバッテリーを充電し所有。
そのうちのひとつの力も借りながら、まだ動いているスマートフォンを操作する。
もちろんインターネットも通じていないが、オフラインでも端末内に保存していた写真などは見ることができた。
久太は休憩がてら、以前スクリーンショットしていたものに目を通す。
『有名哲学系配信者が語る! 死水症は罰か、救いか?』
『死水症の感染経路は依然不明。医学界・薬学界は困惑』
『ノストラダムスの大予言の答えが死水症だったのだ!』
『でも死水症って怖くなくない? 若者は大丈夫でしょ』
下世話なゴシップ。大手新聞の社説。無名雑誌の妄想記事。一般人の投稿。
死水症を巡る報道が大きくなるにつれて、久太は目につくものをとにかく画像として保存していった。
それは『自分のせいでこうなった』という罪の気持ちをずっと持ち続けるために。
「僕はただ……千鶴がいない世界なんていらないと願っただけなのに」
そして久太はスマートフォンを操作し、ある写真を選択。画面いっぱいに表示された笑顔の女性をじっと見つめる。
死水症が流行る前にこの世界を旅立った、幼馴染・愛染千鶴の姿を。




