森のベリーのタルト⑤ ふわっと香る、ティータイム
大きな盆に赤い実の絵の模様の取り皿と、
ガラスのコップ、ケーキナイフ、カトラリーを用意する。
「ああ、それと……」
先ほど外へ出た時に氷室から持ってきた、青みがかったルビーのような液体の入った瓶。
まだキンキンとまではいかないが、冷たくなっている。
台所の隣の部屋、カルぺが待っている部屋に運び込む。
星の模様のキルトの敷かれた二つのはす向かいになったソファ、
低めの木製の丸テーブルが小さな部屋に、かなり椅子とテーブルの間を近く寄せてセットしてある。
背の低いファティは、普通のダイニングテーブルだと支度がしにくく、いつの間にか客間のセットのような部屋で食事を取っていた。カルペもソファに座っり、顔だけ出して食べることができた。
ペット……いろいろな意見もあるだろうが、その方が楽しかった。
窓のガラスから、森の木の緑と、ファティのささやかな庭が見える。
「ああ、外で食べようか」
『ううん、ここでいいよ。景色だって同じだ。
やわらかい椅子がいい……』
「ははは……」
「どうしたの」
『……さっき、つまみ食いして……ごめんね』
厚みのある耳を伏せ、しおしおと両手を揃えて佇んでいる。
目の周りの茶色い模様の中の目が、垂れて細くなってしまっている。
その上の丸いちいさな眉毛のような模様も相まって、本当に情けないほどしょんぼりと見えた。
「……」
『せっかくのタルト、崩れちゃっただろう』
「……それなら、ちょっと待っててごらん」
ターコイズブルーの木綿にカラフルなパイピングが入ったクロスが敷いてある上に、赤い実のテーブルセットを置いて行く。
真ん中には、もちろん、
あの“女王のタルト”。
最後に台所から持ってきて真ん中に置くと――
『わあああ、きらきらだぁ!』
まあるいタルトの端が見えないくらいたくさん載った丸く大きな一見苺のようなビルベリー。
シロップを纏って、つやつやきらり、
とても立派でおいしそうだ。
『わあ、タルトがきれいになってる!』
「うん、きれいにできたでしょ」
『うん!』
(思った以上に、豪華なのができちゃった。
わたし、もしかしてすごいかも)
「ふふふふ」
カルぺの縞々の尻尾が、ぶわんと太くなった。
いつも笑っているような顔が、余計に笑顔に見えた。
ジュースの入った瓶の蓋を外す。
コポポポポ……
青っぽい涼しげな透明なグラスに、紅色がかったジュースを注ぐ。
少し花のような甘酸っぱい香り。
そっとそのグラスの縁に指を差す。
『ーフレジドゥス・パウロー』
ファティは小さくジュースのグラスに唱えた。
グラスの内側が、霜のように凍っていく。
「おおっと、やり過ぎないようにっと」
『その赤い瓶はなんだ』
「ああ、ビルベリーのジュースよ」
『ジュースか』
「カルぺも飲む?」
『そうだな、少しだけな』
ティーカップのソーサーに少しだけジュースを注ぐ。
「冷たくしようか」
『ううん、いいよ。ところで、なんで赤っぽいんだ』
「ううーん、なんでだろうね。
ここの森のビルベリー、確かに加工すると赤っぽくなるのよね」
「でも、ベリーのタルトは紫みが強いよね」
『はやく食べたい!』待ち切らないカルペが叫んだ。
「はいはい」
さくっとケーキナイフで切り分ける。
「わぁ、きれいにできてる」
切り口からのぞく中は、クリーム色とベリーがかわいい模様のように散っている。
上にかかったジャムの部分とのコントラストがきれいだ。
小皿にカルぺと自分の分を取り分けてゆく。
「さあ、食べよう。召し上がれ、カルぺ」
『やったぁ』
ぱくっ――
『うまあい!』
「おいしいぃ」
クリーミーなアーモンドとヨーグルトチーズの酸味、
しっかりと甘いジャムと、外側のほろほろと崩れるタルト生地。
それに大きく載った宝石のような果実――
口の中で、ぷちんと弾け、じゅわっと華やかな果汁を滲ませる。
外側の薄くかかったシロップゼラチンもそののど越しに花を添えている。
まさに、“女王のタルト”だった。
『あまあい。うまい』
「本当に、おいしいわね」
カルぺは止まらないようで、むぐむぐと食べ続けている。
「そうだ、ジュースのお味も……」
きれいな色のジュースの入ったグラスを傾ける。
コクン。
「ううん、ちょっとすっぱい……でも……
わあ、さわやかで冷たい……あまくて……おいしい」
『おいら、このジュースも好きだけど、
このタルトには、ミルクが欲しいな』などと、カルぺがわがままを言っていた。
「はいはい」
笑いながら台所へ取りに行く。
(まだ、氷室まで取りに行かなくても残っていたな……)
ソーサーにミルクを張る。
『やった、このタルトにはクリーミーなミルクが合うと思うんだ』
そう言って、一口タルトの欠片を頬張り、ぺろりとミルクを舐めた。
『んんー、ほらっ、ほら、おいしいよ』
口にミルクとジャムをつけてばくばくと食べる。
「あとね、甘さも強いし、女王じゃなくても大きめなんだ。
きっと、この森のせい」
フォークの先のタルトを見つめながら、ファティは呟いた。
『ふうん、そうかぁ……そうだな、まだ、妖精の住処も近くに残っているしな』
カルぺが聞いていたのか、顔を上げて答えた。
「うん、精霊もね」
『あんなのホタルみたいなもんじゃないか』
「そんなこと言っちゃだめだよ。力を借りてるんだから」
『ふふん、オレのほうが役にたつだろう』
「うん、そうだね。でも……ミルクとか、なかなか手に入らなくなっちゃうよ」
『ええー、やだぁ』
口の周りをミルクの白でまあるく汚したカルぺが、本当にいやそうな顔をした。
「は、ははははは……」
ファティは涙がでるほど笑った。
「そうだ、ならあそこに、“一切れ”、持って行かなくちゃね」
『ええー』
「だって、ミルク、もっと欲しいでしょ」
『ちぇ~』
そして、やっと落ち着くとまた、にこにこしてタルトを楽しんだ。
「んー、おいしい」
『はむはむはむ……』
「ふふふふ……」
窓の外が、赤らんでビルベリーのジュースのようになってきた。
木々の色もわずかに紫がかり影を落とした。
カプリコーンの森からくる、ひやりとした風が、窓から流る。
それが、ファティのふわふわの巻き毛を撫でた。
微かに熱くなった頬と、くるんとした角の根元を気持ちよく冷ました。
一人と一匹、のんびり暮らし。
「素敵な午後ね」
風が、ふわりと吹き抜けた。




